第263話 ログハウスの囮たち1
「という事で明日は参加できる人はみんな参加で!」
ログハウスに帰ると香織は星銀の指輪を使い酔いを消し、みんなに“囮募集”の説明をした。統括室での出来事について『あまり覚えてないですけど楽しい気分でした』と言ってはいたが、目が泳いでいたのを俺は見逃さない。おそらくサプライズの件を暴露してしまった事が脳裏を過ぎったんだろうな。そもそも説明できている時点でしっかり話は聞いていたのだろうけど、覚えてない事にしたい程度に失言や失態を晒した自覚はあるんだろう。
「あたしたちログハウスの女たちは大丈夫っすけど」
杏奈が答えると悠里、さくら、リナ、クロが頷いた。さらに珍しくフェリシアとクロノスが部屋から出てきており、なぜかクロノスも頷いている。
「母様はダメだよ。悠人ちゃんたちは危ないところに行って悪い奴らをやっつけるお仕事なんだから」
フェリシアの言葉にクロノスはあからさまに不快感を露わにした。だがそれは悪い奴らに対してではなくフェリシアに対してだった。
「そ、そんな顔をしてもだめだってば〜」
助けを求めるようにフェリシアがこちらに目で訴えかけてくると、クロノスもこちらを見る。しかしその表情は期待に満ち、青に金の模様が入ったように見える目をキラキラさせている。その様子を見ているとどちらが母でどちらが娘かわからなくなるな。でも感情が表情にまで表れるようになってきたのは良いことのように思え、同時に期待には応えたくなるというか、そんな気持ちにさせられる。
「クロノスも囮になりたいって事?」
一応聞いてみるとそれに対して首を傾げる。見たところ嬉しそうでもない。先ほどまでの期待に満ちた眼差しでもなくなっている。ってことはそういう事じゃないのかもしれないし、聞き方を変えてみるか。
「うーん……洞窟と森、どっちが良い?」
左右の人差し指を洞窟と森に見立て質問すると、クロノスは右手、つまり“森”の方を見た。俺、わかっちゃったかも。クロノスが望んでいるのは俺たちの作戦に参加する事ではなく……
「もしかしてだけど、散歩に行きたいだけじゃ……?」
「え? そうなの? 母様」
クロノスが目元を細め、若干口角が上がったのは正解という事で間違いないんだろう。俺の中で彼女は自由人であると定義された。
「じゃあ明日は散歩にでも行ったらどうだ? 今なら護衛もつけるぞ」
「えっ、でも明日は少しでも戦力を揃えた方が……」
「まぁそうなんだけどな。さっき香織ちゃんが言ったけど、今回の作戦は四箇所でその内一箇所には俺とエアリスが行く。他の三箇所にはカイトと玖内、あと軍曹たちが行く事になってて、飲んだくれたちにもついてってもらうつもりなんだよ。で、一人余るから問題ない」
「それってまさか悠人ちゃんのところには連れて行かないって事?」
「うん、だって俺のところが本命だからな。あんまり大所帯だと一番捕まえたいやつが警戒するかもしれないだろ? だから——」
「わふっ!」
「そうそう、チビを連れてくから平気だ」
実のところ特級クリミナルに関して未知な部分が多く、その力量は推し量るしかない。推測の材料に出来るのは被害者しかなく、その被害者たちの中には迷宮統括委員会が実力者と認める探検者が何人もいた。中にはエテメン・アンキに通っていた人もいたことから手練れと考えるべきだろう。そうは言ってもどれだけ警戒心の強い相手かもわからないため、出来るだけ少人数の方が良い。だから野生の勘があって且つ小型犬サイズにもなれて……ペットとしてしか見られないチビを連れて行く。
一方模倣犯は一般人からすれば脅威だが俺たちにとってはそうではないと見ていて、そこに飲んだくれの自称神々を付けるんだから大盤振る舞い、過剰戦力と言えるほどだろう。それにその神々は悪意に敏感だったりするから、相当な演技派でもない限りやり過ごそうとしても無駄だ。それでも全員捕まえられるかはわからないが、最低限抑止になれば良いとも思っている。まぁ全員捕まえたい総理たちには悪いけど、安全が最優先だ。
「って事で、今回の作戦に一番向いてない嵐神に護衛させるよ」
「嵐神かぁ」
「なんだよ、フェリは不満か?」
「う〜ん。だってあいつボクよりかなり弱いじゃん」
嵐神を作戦から外した理由はそこじゃない。嵐神は他の三人のように悪意に敏感ではないし、索敵のような事をするにもいちいち風を起こす必要があるらしい。つまりプライベートダンジョンのような周囲を壁で囲まれた狭い環境では本領を発揮できない。それでもやってやれないことはないかもしれないが、一般探検者を強風が襲うことになる。それでは迷惑にしかならず、端的にいえば今回に限っては他に比べて役に立たない。
でもその場所が広い場所、20層や今俺たちがいる層、ログハウスのあるアウトポス層ならどうだろう。場合によっては周囲に嵐を起こす事で並大抵のモンスターを寄せ付ける事もなくなる。一般の探検者もいるが、それを風によって察知すれば影響が出ないようにも出来るだろう。要は適材適所って事だな。だから嵐神が弱いとかそういうことではないんだ。まぁあの四人の中で最弱なのは否定しないし、実際に見たわけじゃないとはいえエアリスも弱い点に関しては同意しているからそうなんだろう。
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