第260話 こうどなおやくしょ的はんだん…よりも優先されるのは勝者の意思


 「むにゃぁ……」

 「器用な寝言だなぁ……」


 今日の香織はミニスカタイツにうさ耳パーカー。すりすりとされる度にうさ耳が当たってくすぐったい。ってか俺と年齢は一緒なのにこの服装が自然に見えてしまうなんて……どこか未成年にも見えてしまうほどで、俺の彼女はとてもかわいい。そして俺はロリコンではない。決して。


 「マスター、強制的に酔いを覚まさせますか?」

 「……いや、せっかく気持ちよさそうに寝てるんだ。寝かせておこう」

 「わかりました」


 エアリスの言う通り今回は抑止のための作戦じゃないから、確実性を高めるなら“囮”がいても良いように思う。でもそれも……


 「我々は囮捜査ができないのですよ。法的に」


 冴島さんの言う通りだ。とはいえ敢えて“法的に”と付け足した事に打算を感じる。


 「ワタシたちの勝手ならば感知しないという事ですか」


 まぁそういう事だろうな。あくまで俺たちが勝手にやって、且つ作戦とは無関係ということにしておけば法の隙間を突けるんだろう。


 「ですが、女性の不参加は決定事項です」

 「ですからワタシであれば」

 「貴女であれば、なんです? 人間とは、我々とは違うからですか?」


 部屋は沈黙に支配された。エアリスの事はここの誰にも言っていないはずだ。ブラフか? いや、そもそも人間の姿をして会話する相手に対してそんな想定をしないだろう。じゃあ冴島さんは何か確証があって言ったことになる。


 「……まあいいでしょう。バレてしまっては仕方ありません」

 「お、おいエアリス」

 「マスター、冴島の能力によるものかと。違いますか?」


 鋭い視線を向けられた冴島さんは臆することもなく不敵な笑みを浮かべた。


 「ええ、正解です」

 「何が見えるのです?」

 「オーラのようなものが。個人差はありますが、エアリス嬢は特に異質ですから」


 オーラってのはもしかするとエッセンスの事かもな。ん? じゃあエッセンスの保有量がエアリス以上の俺はどう見えているんだろう。


 「御影さんもエアリス嬢と似通っていて明かに異常ですが……おそらく人間でしょう」


 どうやら冴島さんは、ダンジョン外ではエッセンスが抑制されている事にも気付いている。しかしそれでもなお異常というのにもかかわらず俺を人間だと思うのは何故だろう。


 「輪郭が見えますからね。それに御影さんには戸籍がありますから。姿を真似た人外だというなら別ですが」

 「戸籍ですか」


 冴島さんの眼、一応【魔眼】とでもしておくか。その【魔眼】で見た際、実際の肉体を持つ俺は輪郭が見え、エアリスはオーラが霧のように見えているらしい。って事は実体化しているエアリスは触れれば感触はあるのに肉体はないって事になる。エアリスは自ら実体化できるようになった際『器は必要なくなった』と言っていたが、肉体があるからという理由ではなかったんだな。じゃあなんだろう……ってそれはまぁいいか。

 そういえばエアリスは自分の戸籍がない。でももし実体化を機に戸籍を偽造していたとして、経歴がおかしな事になるだろうからバレそうだ。って事はいくらエアリスが書類上細工し、賢者の石から創った肉体があるとはいっても小夜もヤバいよなぁ……。ご近所さんも知らないいきなり湧いて出た“妹”だもんな。なんとか誤魔化せる言い訳を今から考えておいた方がいいか。もしも魔王だって事がバレたら本格的にマズいし。


 「あれぇ? 悠人さん?」


 もぞもぞと香織が目を覚ます。酔いは……まだあるみたいだけど。


 「……お話終わりましたぁ?」

 「ごめんね、まだ終わってないからもうちょっと寝てていいよ」

 「囮って聞こえたんですけどぉ、香織は囮になれますかぁ?」

 「いや」

 「ダメだ」

 「危険だよ〜」

 「却下ですね」

 「それはなりません!」


 俺を含めた男性陣は寝ながら聞いていたらしい香織の提案に反対だ。思えば初めての全会一致……と思ったがエアリスはそうではないようだ。


 「香織様であれば良い餌になれるかと」

 「じゃあ香織、やりまぁす!」


 なんだかやる気になっている香織だがさすがに許可なんて降りないだろう……と思ったが冴島さんから思わぬ言葉が飛び出した。


 「……我々は聞かなかった事に致しましょう」

 「え、でも」

 「貴方がッ! 守ればいいでしょう! 御影悠人……ッ!」


 うわぁ……すご〜い剣幕。でもなんでいきなり……突然キレるタイプなの?


 「なるほど」

 「え、なにが?」

 「冴島、貴方と香織様はそういった関係でしたか」

 「え? 関係?」

 「名前が違っていたので苦労しました」

 「……よく調べましたね」


 総理や統括、当事者らしい香織も知っている顔だ。って事は……わかってないの俺だけ? あっ、幕僚長もぽかんとしてるな、仲間か。


 「何の話を」

 「御影君、それはだね……」


 話すか話すまいかといった様子の総理を香織が遮る。


 「悠人さん、それは折を見て香織からお話ししますね」


 総理は安堵したような複雑そうな表情を浮かべていた。


 「幕僚長」

 「なんでしょうか、エアリス嬢」

 「作戦の変更を」

 「は、はぁ、しかしここでの変更は……それにプライベートダンジョン内には通信が届きませんので配置の関係上……」


 俺たちがどうするかについてはもう決まっていたらしく、作戦のためにすでに潜り込んでいる人員がいる。それに対しての連絡手段がなく、変更して新たに人員を送り込む事は現場の混乱につながるという事だろう。しかしエアリスにとってそこは問題ないらしい。


 「そちらはそのままで。主に特級クリミナルの好みに合わない人選をしているのでしょう?」

 「はい、それは抜かりなく!」

 「変更はワタシたち、クラン・ログハウスがどうするかについてです」

 「と、言いますと?」

 「こちらには餌が豊富という事です」


 再びの沈黙。エアリスが言った事を反芻し理解するために数秒、加えて『何言ってんだこいつ』に数秒だ。しかし当のエアリス、そして香織は我が意を得たりとでも言った表情だ。


 「それなら香織たちも悠人さんの役に立てるね、エアリス!」

 「はい、不埒な者共を一掃してしまいましょう」

 「ちょ待てよ。それじゃみんなが危ない目に……」

 「マスター、近頃バイトを始めた飲んだくれどもに仕事を与えられるのではないですか?」


 総理たちは突然知らない存在が話題にあがったからか、少し興味がありそうだ。でも教える必要はないというか、むしろ教えない方がいいだろう。だって意思疎通が可能な人外が喫茶・ゆーとぴあに入り浸っているなんて、話がややこしくなりそうだからな。まぁとにかく龍神、嵐神、酒呑童子、そして天照に護衛させようって事か。


 「それならたしかに……でも」

 「それじゃあ悠人さん、勝負しましょう! 勝った方の言う事は絶対! です!」

 「へ?」


………

……


 どうしてこうなったのか。エアリスが光の玉を浮かべ照らす迷宮統括委員会本部前にあるそこそこ広い駐車場、その中央に遅い時間にも関わらず仕事をしていた職員さんたちの視線が集まっていた。総理たちも職員と一緒になって離れた場所で観戦するようだ。


 「うさ耳パーカー着るような小さな女の子と模擬戦? うーわ、イジメかよ」

 「よく見るとあの人結構イケメンじゃない?」

 「アンタしらないの? あの人がログハウスの御影さんよ!?」

 「あー……ログハウスがハーレムって噂、真実味が増すわー」

 「アンタってあーいうのが好みだったの?」

 「今好みになったカンジ」

 「絶対毎日お盛んなんでしょうねー」

 「一緒に暮らしてるのに手は出さない紳士って話よ? この間、杏奈ちゃんが言ってたもん」

 「ソッチ系の趣味とか? 男の人が加わったらどうするのかしら!? どうなっちゃうのかしら!?」

 「こらこら、変な事言わない。それにあの小さな女の子が彼女らしいし」

 「「「え? ロリコン?」」」

 「年齢は同じって話だけど。あと雑貨屋連合って知ってるっしょ? あの香織姫よ」

 「えー。あれには流石に勝てないなー」

 「本気で狙おうとしてたのねアンタ」

 「チチでっか。パーカー越しでもわかるぜあれ」

 「あー。いいなぁ。あれで抱きしめられてみてーわー」

 「ここって残念なのばっかだもんな」

 「ちょっと男子ぃ、聴こえてんだけど? ケンカ売ってんのかコラ」


 うーん、優秀な人材を集めたって話だったな。でも同時に周囲に溶け込むのが苦手な人が多いって事でもあったからお役所としてみるとガラが悪い。それはそうと香織は本気みたいだ。武器が撫子ではなく【拒絶する不可侵の壁】で止めることのできる薙刀なのは、発動した方が負けというルールだからだ。一方の俺は予備の銀刀。これなら武器の条件は一緒……なんだけどなぁ。


 「では地上という事でステータスが三割程度に制限されている香織様に合わせ、マスターのステータスも同程度に制限します。加えて能力の使用は禁止、一本勝負です」


 ええい今更だ! それにここで勝てば香織やみんなを危険な目に遭わせなくてよくなる。例え最近の香織との戦績が全敗とはいえ、俺はやるときゃやる男! そうだ、気合と根性でなんとかしてやらぁ!


 「では……始め!」

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