第259話 懐疑会議


 「やあ御影君。香織から聞いてるよ。体はもう大丈夫なのかな?」

 「あっ、ご心配お掛けしました。でも人間ドックに行っただけなんで」

 「人間ドック? 以前から予約していたのかね?」


 予約していたわけではないが普通に受けられてしまったんだよな。俺としてはそんな簡単に通る話なのかとも思ったし、総理や統括たちも普通は無いと言っている。まぁ深く考えるのも面倒だから運が良かっただけって事でいいか。実際LUCは最大限高めてるし……そういう事に効果があるかは未だにわからんけどな。


 「さて、始めましょうか」


 香織が肩に寄り掛かってうとうととしている中、俺と総理と統括が和気藹々と話し、幕僚長が愛想笑いと揉み手を担当、そこに冴島さんが柏手を打つと一気に場が引き締まる。


 「全く、こちらは忙しくしていたというのに貴方はずいぶんと楽しそうに過ごしていたんですね」


 香織を一瞥した冴島さんが悪態をつく。香織がこうなったまま人前に出るのは珍しいし、そもそもここまで飲まない人だから今回はたまたまだけど……実際楽しく過ごしてはいるしな。


 「はい、まぁ」

 「チッ……皮肉もわかりませんか」


 そういえば冴島さんてこういう人だった。いちいち突っかかってくるし、クラン・ログハウスや俺の悪い噂を広めようとしている“ゴースト”の第一容疑者なんだよな。でも香織はその考えに懐疑的だった。冴島さんを以前から知っているようだし、庇っているんだろうか。どちらにしても調べておいて損はないかと思い、人間ドックで病院に滞在中エアリスに調べさせていた。ただインターネットで検索することに意味がないことはわかっていたため、監視という形を取ったところ、“ログハウスちゃんねる”の投稿動画にアクセスしている事が判明した。動画はほとんどが“モンスターの倒し方シリーズ”で、主に鹿や牛、熊のモンスターとその上位種や特殊個体のような変異種に関してだ。変異種は動きこそ動物の域を超えはしないが、俺たちの能力のようなものを備えている場合が多いため誰であっても注意が必要だ。とはいえエリートの冴島さんがそれを見る意味を感じない。コメントや怪しい動きはなかったが、それが逆に怪しいとも思えてしまう。よくないコメントが順調に増えているかの確認かもしれないからな。他にはいろんなダンジョンに行き短時間で戻ってくることの繰り返しをしているようだった。ふと、まさか冴島さんが特級クリミナルで下見をしていたなんて事は、なんて思いも過ぎる。

 ヘンゼルも冴島さんを怪しんでいるようだった。だからこそ一緒に調べようということに……思い返してみると“調べる”と言える程の事をしなかったな。まぁ俺たちのファンだとも言っていたし、グレーテルに至っては能力を使って俺の気を惹こうとしていたのかもしれず、冴島さんを調べる事よりも俺と行動を共にする事が主目的だったのかもしれない……ってのは自意識過剰か。でもそうじゃないとすれば、金持ちの道楽で依頼したんだろうか。それとも二人が特級……いや、まさかあの気の良いヘンゼルたちに限ってそんな事は。


 「……という事で、やはり次の犯行はこのダンジョンである可能性が濃厚と思われます」

 「そこって……」


 冴島さんが示したのは前回の会談でも過去に事件が起きた場所とされていた、つい最近ヘンゼルとグレーテルと共に行った場所だ。


 「先日行ったらしいですね。もちろん中の地図は頭に入っていますね?」

 「えっと……なんとなく……?」

 「チッ」

 「すみません……」


 言い訳をするならグレーテルに何故か気に入られてしまい能力を使われた事で頭がボーッとしていたからだが……そんなこと言えないよなぁ。一応依頼者との信頼関係ってのもあるし。ってかグレーテルの能力は俺以外に使ったらどうなるんだろうな。危険かもしれないと考えると情報は共有した方がいいんだろうか。でもなぁ。


 「悠人さぁん……むにゃ」


 寝言か。腕にしがみつくようにしている香織に顔が緩んでしまわないように気を張っているつもりだし、冴島さんから鋭い気配が突き刺さって来ているおかげでたぶん緩んではいないはずだ。緩んでいるとしても冴島さんからは見えない側だけだろう。


 「ここはキャバクラではないんですがね」

 「まあまあ冴島君。孫のこんな幸せそうな様子、なかなか見れないからね。私としては嬉しい限りだよ」


 やれやれと冴島さんは首を振る。親馬鹿ならぬ祖父馬鹿……爺馬鹿だろうか。俺としても味方をしてくれてありがたい反面少し呆れていたりする。


 「まあ眠っていてもいいでしょう。女性はこの作戦に参加しないのですから」

 「被害者はほとんど女性なんですよね、ほとんど」

 「ええ、ほとんど女性ですね。ほとんど」

 「ちなみに男の被害者はどんな感じで……?」

 「女性と同じですよ」


 つまり男も掘られた挙句惨殺されている、と。


 「うわぁ……こわっ」

 「そうでしょうね。特に貴方のように顔が良く若く見える男性が狙われる傾向にあると見ています」

 「……最近よく言われるので若く見えるかもしれませんが、顔は大した事ないと思いますけど」

 「チッ! 自覚なしかよ」


 言葉を選ぶ事を辞めた冴島さん、実はガラが悪いらしい。


 「まあまあ冴島君。彼のそういうところも良いところだと私は思うよ。自分の顔が悪いとまで言っているわけではないのだし、謙虚ではないかね?」

 「ってか冴島さんの方が“顔は”いいじゃないですか、顔は」

 「私に喧嘩を売るとはいい度胸だな……」


 軽い気持ちで仕返しにと言った皮肉はしっかり伝わったようだけど……目つき怖いなぁ。それはそうと総理や冴島さんまで顔を褒めたんだが、カイトが言ったみたいに俺の感覚がおかしいのか……? いや、おだてて木に登らせるつもりかもしれないか。その方が扱いやすいだろうしな。でも冴島さんはともかく総理はそんな上辺だけのことをするだろうか。うーん。なぜだか疑心暗鬼に陥っている気がするなぁ。

 ふと思った。幕僚長が空気だ。出来れば関わりたくないとさえ思っていそうで、こちらを見ようともせずホワイトボードに視線を這わせている。視線に気付いた幕僚長が怯えたような表情を見せる。


 「ッ!? み、御影さん、何か……?」

 「あ、いえ、なんでもないです」


 とてもビクビクしていらっしゃる。俺なんかと違ってとても偉い立場の人なのに、その背中はハムスターくらい小さく見えてしまっている。でもそれも仕方ないのかもな。冴島さんには苦手意識を持っているようだし、総理はもちろんの事、今となっては統括の立場は幕僚長よりも上だ。印象として権威主義に思える幕僚長の肩身、狭いんだろうなぁ。俺みたいな一般人に対してまでそうなってるのがいい証拠。


 「それで幕僚長、作戦の運びはどうするつもりかね?」

 「ハッ! 総理大臣閣下!」


 幕僚長は今回の作戦を説明した。

 簡潔に言えば『男性隊員のみで構成されたチームが探検者に扮し候補となるダンジョンで隠密活動をする』という事らしい。その日に限って入場者が多くなってしまうと警戒される恐れがあるため、あらかじめ候補のダンジョンから20層へのルートを開拓済みで、作戦当日に合わせ既に順次進入を開始しているという事だった。総理を始め統括、冴島さんも頷いている。


 「俺は第一候補のダンジョンに行けばいいんですよね?」

 「はい。民間人である御影さんに最も危険箇所の担当を押し付ける形となりますが……」

 「それは大丈夫です。他のダンジョンにもチームを送り込んでいるのは?」

 「第一候補がハズレだった場合を想定しているからです。そしてもうひとつ、この機に特級以外も行動を起こす可能性を危惧しています。主に模倣犯ですね」


 聞けば裏サイトが存在しているらしい。つい最近立ち上がったばかりだが、書き込まれる数々の投稿内容はずいぶんキナ臭い。


 「一部界隈に限りますがどこから得たか特級の犯行情報が知られているようで、模倣の独白や犯行予告、その中には実際の事件と一致するものもありました」


 書き込まれた時間は発覚以前だったりと、犯人以外知り得ないと断定できる内容だったようだ。どうやら犯罪自慢をして自己顕示欲や承認欲求といったものを満たす目的もあるみたいだな。くだらない。


 「もしもその者共を発見した場合、処分しても構いませんか?」


 エアリスは過激だなぁ。気持ちはわかるけど……流石にそれはまずいだろう。いつもなら『バレなきゃ良い』と言うエアリスだが、ここでその宣言はな……とは思ったが何やら冴島さんからも怒りの感情が伝わってくる。もちろんそれはエアリスに対してではなく、むしろ同調するかのような。


 「心情としては私もエアリス嬢を推したいんですがね……この場に相応しくないでしょう。しかし、抵抗が激しくやむを得ない場合は仕方ないでしょう」


 うーん。総理は知らぬ存ぜぬといった様子で耳を穿(ほじ)っている。これは何も聞いてないアピールか。


 「し、しかし! 捕らえて罰し、それが公になる事で抑止にもなるかと愚行し……ますですハイ……」


 エアリスと冴島さんの二人からの視線に尻すぼみになってしまった幕僚長だが、俺もその意見には賛成だ。日本は死刑制度のある国だし、今回対象にされている事件は総じて凶悪犯罪、つまり判決が死刑になって当然と言えるものだ。なら司法に任せるべきだろう。それに正義や平和のために悪人を殺すのが当たり前なんて、そんなダークヒーローの真似事をしようとは思わないしな。


 「幕僚長」

 「な、なんでしょう冴島殿」

 「おかげで少し頭が冷えました。感謝します」

 「あ、はい、いえ、私は何も」


 一方のエアリスはそうでもないようだ。


 「冴島、裏切るのですか?」

 「裏切りなど。しかし日本は法治国家ですからね。私刑は禁止されていますし」

 「なるほど。ではその司法自体を破壊してしまうのが先ですね」


 「「「それはやめてくれ!」」」


 俺、総理、統括の見事なハーモニー。ずいぶんと平均年齢が高い。


 「なぜだろうね、わし今尿漏れしそうになった」

 「僕もだよ大泉君。お互い歳を取ったね」


 素に戻ってしまっている二人はエアリスが本当にそんな事をしてしまいそうと感じたんだろう。かく言う俺もそうだ。まぁ二人のように老人でもないしそれなりに場数は踏んでいるつもりだ。それにエアリスとの付き合いは一番長いからこのくらいじゃ尿漏れしそうにはならないな。エアリスの冷酷な瞳に悪寒が走っただけで。


 「ところでエアリス嬢、女性は作戦に不参加ですが?」

 「冴島、貴方よりもワタシは強いのですが。それに囮は必要でしょう」

 「香織も囮、できまぁす!」

 「!?」

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