第254話 病院にて2


 「ってかさー、入院までする必要なくね?」

 「検査は明日の朝からですし、大事をとって病院にお泊りです」

 「母さんは帰ったけど香織ちゃんと小夜までいる必要なくね?」

 「あります!」

 「あるの」


 なんでこの二人は嬉しそうなんだろうな? それになんの検査をされるんだ。俺に対してエアリスが毎日のように診察モドキをしてるじゃないか。


 「だいたいなんでいきなりやってきた一般人に検査入院の宿泊が受け入れられるんだよ。おかしーだろ。さてはまたなんかやったなエアリス?」

 「いいえ、何もしていませんが。ところでこの姿はどうでしょう?」

 「この姿? あっ、そういう事か」


 【神眼】を抑え込むよう意識するとエアリスの偽りの姿が現れる。【不可視の衣】でそう見せているんだが、ものすごく仕事が出来そうな秘書って感じだ。長い黒髪を纏めて後頭部に髪留めで固定し、眼鏡まで掛けている。着ている服はさくらのスーツを真似ているな。俺にとっては逆に意識をしなければわからないようだが、エアリスは地上にいる間ずっとこの姿に偽装していたらしい。いつもなら姿を偽る事を嫌うエアリスとはいえ、地上では気を遣うようだ。


 「いいんじゃないか?」

 「雑ですね」

 「完璧なエアリスにはどんな褒め言葉も陳腐になっちゃうだろ」

 「まあ! どこで覚えてきたのです、そのような嬉しい言葉」

 「カイトがやってたっていう演劇を探し出してな……」

 「小夜ちゃん、演劇だって。後で一緒に見よ?」

 「別に興味な——」

 「一緒にみようよ。ね?」

 「しょうがないの。そこまで言うなら一緒に見てやらなくもないのよ」


 幼馴染の俺にとってはむず痒くなるような内容だったが、それでも笑いを堪えながら楽しく見れたかな。無駄にキザっぽいセリフのオンパレードで。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「それじゃあ悠人さん、待合室で見てきますね」


 香織様は小夜を伴ってカイト様主演の演劇を見るようです。マスターは既に閲覧済みですしここは病院、気遣っているのでしょう。


 「マスター、先程の続きですが」

 「見つけたら必ず殺すよ」

 「よろしいのですか? これまで不殺を貫いてきましたのに」

 「ああ」


 白夢と同化しているクロノスはワタシにだけマスターの宿命を知らせてきました。話そうとしても言葉にできず伝わらない。おそらくこれは“枷”なのでしょう。ワタシの存在はクロノスにとって不測、箱庭であるダンジョン創造主にとってもそうでしょう。それでも尚ワタシを縛るこの世界のシステム、その在処がクロノスの言っていた場所なのでしょう。

 しかし先ほどのように迷う事もなく言い切ったご主人様。素敵です。しかし優しいご主人様には荷が重いとも感じますね。


 「その際はワタシが手を下します」

 「いや……俺がやる」

 「いいえ、ワタシが。香織様や他の皆様もマスターがヒトを殺す事を望んではいません。ワタシであれば」

 「黙れエアリス」


 いつもであればどうぞどうぞとでも言いそうなマスターですが、思いの外意志は固いようです。ともあれワタシのご主人様は時々頑固で困ります。香織様であれば代わりに説得を……それも愚策ですね。『香織がやります』と躊躇なく言ってしまうでしょうから。それはマスターが望まないでしょうし、であればやはりワタシがやるべきでしょう。

 それにしてもこの殺意、気配に鈍感な小夜はいざ知らず、香織様に気取られていてもおかしくありませんね。お気を鎮めて頂かなければ。


 「ご主人様、伽(とぎ)はいかがですか?」

 「こんな時に何言ってんだ」

 「こんな時だからこそですが」

 「……俺は香織ちゃん一筋なんだよ」


 一線を越えないという意思は固いようですが、押せばなんとかなるかもしれません。実体化して以来初ですが、これは好機と言わざるを得ませんね……むふふ。


 「実体化してから初めてなのです……優しくしてくださ」

 「すまんエアリス、ちょっと『一人にしてくれ』」


 【神言】による強制力への抵抗はワタシにとって朝飯前と思っていましたが……悲しいことに抗えません。今日のところは諦めるとしましょう……ヨヨヨ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 なんでエアリスは急にあんな事を言い出したんだ。“彼女”を殺した犯人を殺したい事を思い出させただけでなく、伽(とぎ)って。まさか慰めようとしてたり? ……いや、興味があるとかそんなところだろうな、エアリスだし。ってか散々夢の中で……おっと香織ちゃんが来たみたいだ。


 「悠人さん、今いいですか?」

 「あ、うん。もう見終わったの?」

 「エアリスが泣きそうな顔で出てきたので……何かあったのかなって」

 「え、あー……あったというかなかったというか」


 ぽつり、『辛そうな顔』と俺の顔を撫でた香織。言ってしまおうかと一瞬過ったが言えるわけがない。それに嫌な事を思い出してイライラしてるところにエアリスから夜のお誘い。一瞬乗ってもいい気がしてしまったのが悔やまれる。こんな話、同性のカイトや玖内になら何の気なしに言えてしまいそうだけど、香織は異性で彼女なわけで。一番ダメだろう。


 「昔何かあってそれでイライラしてるんですね。エアリスはきっといつもの悠人さんに戻って欲しかったんじゃないですか?」


 いやいやまさか。大体香織にとっては嫌な話だろう。

 って……あんれ? 俺の考えてる事筒抜けになってないか? 通話のイヤーカフは外してるしスイッチもオフだよな。


 「もちろん複雑な気持ちですよ? でも、以前から言ってますよね? 香織は悠人さんに、その……そういう人が他にもいたって構いませんからね?」


 気のせいじゃなくこれは読まれている。まさかとは思うがミライの能力を模倣したのか? いや、意図してそうなってるわけじゃなさそうだな。ってかそんなことよりも香織はまたとんでもない事を言い出したな。


 「えっとですね……日本は一夫一婦制でして……」

 「もちろん香織が正妻ですよ? ふふっ」

 「いや、そういう心配じゃないです」


 ダンジョンは価値観ブレイカーな側面を持つと度々思うことがあったが、ものすごく大事な部分がぶっ壊れてないだろうか。


 「銀刀の一振りで普通より硬いダンジョンの木を纏めて伐採したり、ダンジョンの中に住むところを簡単に作ってしまう悠人さんには言われたくないですー」

 「それに関しては誰も迷惑しないと言いますか……」

 「ところでどうしてそんな話し方なんですか?」

 「え、いや、なんだろうね……ははは」


 例えるなら浮気未遂現場を彼女にバレそうになった心境だろうか。まぁ実際そうだった事がないから想像に過ぎないけど、状況的にそれっぽい感じだったしな。でもまぁ……


 「その話はまたの機会で」

 「もう。悠人さん、そういうところは思い切りがないんだから」


 それまでの丁寧なものから一転した口調に変えられるとなんだかドキドキしてしまうがそれはともかく。思い切りとかそういう問題でもない気がするんだが……まぁいいか。

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