第250話 身元証明


 「うーん、偽物ではないようですねぇ。すごい人と同姓同名なんですねぇ?」


 怪訝な視線を向ける職員さんにデータベースとの照合をしてもらう事になった。


 しばらくして戻ってきた職員さんの顔は真っ青だ。足取りもどこかフラフラとしていて先ほどの勢いはまるでなくなっている。


 「さ、先ほどは申し訳ありませんでした。まさか探検者No.03……香織姫だったなんて……同姓同名だと思ってまして……」

 「いえ、職員さんの義務ですから気にしないでください。それで……」

 「す、すみません! それでも決まりは決まりで……」


 ここではそれがルールって事になってるんだな。まぁ仕方ないかと諦めかけたその時、香織のスマホから演歌が流れ始めた。香織が「おじいちゃんにお願いしたんです」と言っているからあの人か。それにしてもこんな事に総理パワーを使おうなんて思って実際にできるのは香織くらいのものだろうな。

 少し話した後スピーカーモードにし、聴き慣れた声が聴こえてきた。


 『あー、私は大泉というものだが』


 初めこそ疑っていた職員さん。総理が俺の名前を呼び免許を見せてやってはどうかと言われ従った結果……


 「探検者No.01……」

 『そういうわけだから、私に免じて彼らの入場を許可してやってくれないだろうか? 彼らなら問題ない事を保証するし、なんなら見なかったことにしてくれてもいいのだが』

 「……いいえ! ダメです!」

 『ダメか……』

 「宣伝に使わせて頂けなければ許可できません!」

 『真面目な職員なんだね……え?』


 俺たちは職員さんが何を言っているのかわからなかったが、何やら事情があるみたいだ。

 ヘンゼルとグレーテルには待っていてもらい、別室で話を聞くことに。それによるとこのダンジョン、特級クリミナルと思われる事件が起きてからこっち、探検者の数が激減したらしい。支部が併設されているということは以前はそれだけ利用者数が多かったということだ。それがなくなった今、このままでは別の場所に勤務先を移す事になるかもしれないという。そのくらいはと思ったが、実家通いの彼女にとってこのダンジョンは通勤に適しているという。


 「それに地上のダンジョン化を防ぐために、モンスターの間引きが必要なんですよね? このまま利用者が減ってしまえばこの付近がダンジョン化してしまって、実家にまで影響を及ぼす可能性が……」


 こんな話を聞けば公私混同と思う人もいるかもしれないが、俺はその気持ちを汲んであげたい。日本では後発のダンジョン化は確認されていないが、言い換えればどのダンジョンもマグナ・ダンジョンを除き日本第一号となってしまう可能性があるということだしな。それにここは俺にとっても地元だ。


 「御影様御来場実績アリ! という幟旗のぼりばたを置かせてくれるだけでいいんです! それか“御影様、香織姫御用達デートスポット”の看板でも可、です!」


 看板や幟旗が並ぶ光景を想像し、なんだかとてもゲンナリした。正直どちらも嫌なんだが、この職員さん、さっきから悪そうな顔が見え隠れしている。総理から規定外の事を頼まれたというのは職権濫用と言えなくもないからな。断れば脅してでも、と思っているかもしれない。


 「デートスポットは勘弁してください……」

 「では仕方ありませんねぇ。ログハウスの御影様御来場幟旗で!」

 「できるだけ地味に目立たない方向でお願いします」

 「う〜ん。じゃあ御影さん、握手してください! それで手を打ちましょう!」

 「握手なんかでいいなら」

 「ではワタシからも。念のためこちらにサインを。もしも反故にするおつもりであれば相応の覚悟をしていただきます」


 エアリスは今この場で誓約書を作ったようだ。そこに俺もサインすると職員さんは飛び跳ねて喜んでいた。内容は酷いものだったがまぁ大丈夫そうな気がする。

 真面目というよりも熱心な職員さんからの許可も出たし気が変わる前にさっさと行こう。それにしても迷宮統括委員会、自由だな。


 「誓約書の内容はなんだったんです?」

 「反故にした場合、誓約書が自動的に破棄される、だってさ」

 「それでエアリスは誓約書を燃やして……。職員さんはミーハーだったみたいですし、効果覿面こうかてきめんでしょうね」


 職員さんを見ると誓約書を大事そうに抱えている。つまり、俺のサインが入った誓約書を燃やされないために違反しないって事か。うーん、本末転倒だしなんだか背中が痒いけど、控えめにしてくれるならいいか。


 「物好きだなぁ」

 「僕もユートのファンだって言ったじゃないか! もちろんプリンセス香織とエアリス、それに新しい君もね!」


 部屋を出てつぶやくと、興奮した職員さんの大きくなった声が聴こえていたらしいヘンゼルが割り込んできた。まぁエアリスが何も言わないんだし、聞かれない方がいい話は聞かれていないだろう。ともかくヘンゼルも俺のファンだって言ってたっけ。でも香織と小夜、そしてエアリスに目移りしているようだからやっぱ嘘くさい。


 「さあ! チーム分けをしよう!」

 「またか。一緒に行動すればいいじゃないか」

 「調査なんだろう? せっかく人数が多いんだから二手に分かれた方が効率的じゃないかな?」


 それはそうなんだけどな。そもそも調査ってのが嘘だし適当に散歩してもらうだけのつもりだからなぁ。まぁその嘘はエアリス提案だし、上手くやってくれとエアリスに目配せしておこう。キリッとした表情を返してきたしこれで問題は何もな——


 「チーム分けですか。ではヘンゼル様には香織様、小夜、そしてワタシが。グレーテル様にはマスターが付きましょう」


 ……どういうつもりだ? エアリスの考えがちょっとよくわかんないぞ。男女別で、という俺の意思は伝わっていなかったようだ。


 「僕はそれで満足さ!」


 だろうな。ヘンゼルめ、本当に満足そうな顔しやがって。


 「ユート、私たち二人きりね? ちゃんと守ってね?」

 「じゃあ離れてくれるとありがたいんだけど」

 「だーめ」


 美人は美人なんだが、なんだろうな。近付かれると甘い匂いがするしドキッとはするけど……それだけだ。やっぱり香織の存在が俺を真人間側に引き止めてくれて……この際、俺が真人間かどうかは考えないことにしよう。それにしても喫茶・ゆーとぴあで俺が女性探検者に話しかけられるだけでほっぺたを膨らませる事の少なくない香織が何も反応しない。ちょっとした寂しさのようなものを感じたりする。まさか香織の考えを押し切るように冴島さんを疑う俺にまだ怒っているのでは。でもさっきまではいつも通りだったしな……。


 「それではレディーたち、参りましょう」

 「おかまいなく」

 「おかまいなくなの」

 「ヘンゼル様、ログハウスの女たちはそういった事を好みませんよ」

 「そ、そうかい? それは失礼したね……」


 自然なエスコートといった様子でヘンゼルが差し出した手を躱して行く三人。一方俺はグレーテルにガッチリと右腕をホールドされてダンジョンへと入った。何のかはわからないが相変わらずいい匂いがする。それと力が強いのも相変わらずだな。

 すぐに分かれ道がありそこから別行動。特級クリミナル出没予想ダンジョンとはいえ今日はいないだろうけど、もし何かあっても通話のイヤーカフで連絡を取り合えるし大丈夫だろう。

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