第236話 山登りの準備2


 「わたしもやるの……!」


 ムムムといった様子で何やら集中している小夜は、全身を黒いエッセンスの渦で取り巻いたと思えばすぐに霧散させる。相変わらず大袈裟な登山服のままで何も変化はないようだけど……


 「ふぅ。んしょ……んしょ……」

 「おいおい、こんなところで脱ぐな」


 息をき、そして突然脱ぎ出す。止めても聞かない小夜をどうやって隠そうか焦っていると、肉襦袢にくじゅばんのような登山服の中から、ジャージを履いた学校の制服姿の小夜が現れた。それを見たミライが目を輝かせている。


 「なんだ、中に着てたならそう言ってくれよ」

 「今着てそれから脱いだのよ。もしかして期待したの?」


 悪戯な視線を送ってくる小夜。ログハウス流・揶揄からかいの遺伝子でも植え付けられているんだろうか。小夜にとってのお手本はログハウスの女性陣が主だからなぁ。俺にとって嫌な揶揄われ方ってわけじゃないし、それはそれで楽しいともいえるんだけど……困ったもんだ。


 「小夜は【ゲート】を換装のように使用したのですね」

 「自分と登山服の間に服を……? 器用すぎるだろ。ってかそれができるなら登山服と交換する感じで良かったんじゃね」

 「今の小夜は着るか脱ぐかしかできないようです。もし登山服を先に脱いでしまえば、探検者の行き交うこの往来にてあられもない姿を晒していたでしょう」


 なるほど。でもそれってもう一回、今度は登山服を脱ぐ換装をすれば良かったのではと思ったが、思えば疲れたところなんて見たことのない小夜が溜息を吐いていた。俺が思っているよりも大変な事なのかもしれず、そうであるなら登山服は普通に脱いだのにも合点(がてん)がいく。


 「いいなー。悠人兄ちゃん、オレにも【換装】ってできないの?」

 「んー。ちょっと難しいんじゃないかなー」


 【換装】は【転移】と保存袋をリンクさせたものだ。そもそもの話、例外を除いて自力で【転移】ができなければ無理だろうな。模倣できる香織でさえできないし、下手をすれば体を保存袋に【転移】させてしまうとエアリスが言っていた。正直どうして俺がエアリスの手を借りずにできているのかについては、“超越種”という人間でありながら人間を超えた存在だからだろうとエアリスは予想している。そう、予想しているだけで断言できていない。つまりわからないらしい。超越種についてフェリシアに聞いてみたけど詳しく教えてくれないし。


 「じゃあさ、そういうアイテム作ってくれよー」

 「ちょっとガイア! 少しは遠慮しなさいよ!」

 「だってさー」


 便利だもんなぁ。更衣室要らずだし戦闘中でも武器を入れ替えられるからな。

 ガイアはモンスターを倒すと稀に武器が手に入る特殊な能力を持っていて、それによって今は四本の剣がある。その内三本を気分や相手によって替えているから、それらを瞬時に入れ替えながら戦ってみたいんだろう。ちなみに残りの軽くて斬れ味に特化している片刃の剣はミライに貸していて、そのミライは時々経験豊富な香織やカイトに扱い方を教えてもらっている。俺が子供の頃に道場で指南されたレベルは既に通り過ぎていて、出来の良さに感心するばかりだ。カイトはそろそろ実践的な事をと言っていたし、もしかしたらアニメを参考にした独自の剣技を扱うガイアもうかうかしてられないかもな。瞬時に武器を入れ替える戦法がモンスターを相手に役立つかはわからないが、実は限界を感じ始めているように感じるガイアには必要な事なのかもしれない。


 「まぁ出来て損はないか。考えてみるから楽しみにしてな」

 「やったぜー! さっすが悠人兄ちゃん、話がわかるぅ〜!」

 「もう! 我儘言って! 悠人お兄ちゃん、難しかったら無理しないでね?」


 そんなことを言われたらやる気が漲るのがエアリスだ。それにミライの目は言っている。出来れば私のもよろしくね、と。貪欲さを垣間見た瞬間だった。それに人心掌握というか扇動というか、そういう才能がありそうな目をしているが、それは危機感の表れかもしれないと思う。もしかするとミライは俺たちなんかよりずっとダンジョンは命懸けだって事を真に理解しているのかもしれない。多くが馴染みのある動物に似ているとはいえ、モンスターが跋扈ばっこするダンジョンにおいて、着替えに時と場所を選ばない事がいろいろな場面で有効なのは想像に難くないしな。



 そんなわけで登山開始だ。でもここから歩いて行くのでは麓の森を抜けて登り始める頃には暗くなってしまうから、【空間超越の鍵】で岩肌が剥き出しの六号目あたりに扉を開く。以前からワイバーンを狩っていた岩山の麓にあたるこの場所は、魔王の一件の際にダンジョン変遷が起き地面が盛り上がり、岩山自体も伸びた。さらに魔王として小夜が放った【破局之暴君ネロ・カタストロフ】による刺激が影響したのか、ダンジョン的にも予定外に“復元”された場所、とエアリスは予想している。


 「うおー! ワイバーン肉がいっぱいいるなー!」

 「ガイアには空飛ぶ肉にしか見えないのか」

 「近付けば負けねーもん!」

 「近付いてこなかったら?」

 「う……それは」


 ガイアはバリバリの近接系。というか遠距離の手段がなくそれはミライもだ。ましてや飛ぶ事なんてできないから、空飛ぶ鳥竜相手に自分から倒しに向かうというのは無理がある。


 「悠人お兄ちゃん、ワイバーン襲ってこない?」

 「来るけど大丈夫だ。二人はここを登り切って記念写真を撮るのが今日の目標な」

 「うん、頑張って登るね!」

 「ミライー、競争しようぜ〜」

 「ふふっ、負けないよ!」


 なんだろうな。ミライの笑い方とか仕草が時々香織そっくりに見える。やっぱり女性としてのお手本がログハウスには多いから、みんなから良くも悪くも吸収して成長してるんだろうか。でもそれって小夜も未来もログハウスに馴染んでるって事だとも言えるわけで……まぁ良い事だよな。



 成長を垣間見た二人に心の中で頷き見上げると、二千メートルくらい上方に頂上がある。こっちも育ったなー。

 普通に考えてこれを半日も掛けずに登れというのはいくらなんでも無理だ。でもここはダンジョンで、それはつまりダンジョン腕輪を持っていればステータスの恩恵がある事を意味する。ガイアとミライはステータス調整済みだから普通の探検者には無理でも登るだけなら問題ない。それにまだ中学生だからな、楽しめている間の体力は無限だろう。


 「俺とエアリスと小夜は護衛な。二人は軽く走る感じで行けばすぐ着くからさ」

 「わたし二人よりお姉さんなのよ。大型宇宙船に乗ったつもりで安心すると良いの」

 「ではワタシは銀河要塞級の平穏をお約束しましょう」


 エアリスがよくわからない対抗心を燃やしているのはおいといて。俺たち三人は全員が飛行できるし遠距離攻撃も問題ない。ここでは最適なメンバーと言えるだろう。

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