第235話 山登りの準備1


 店内は変わらず繁盛している事が窺えた。フロアスタッフに新しい人が入っていて、派手目な色と刺繍ししゅうに一見タイトなロングスカートにも見えるが、太腿のだいぶ上の方までスリットが入った、なんとも目を惹く衣装を着た女性がせわしなく動き回っている。鼻の下を伸ばす男性探検者の中には彼女を忙しくさせればスリットから覗く脚を見られると思ってか、一品一品小刻みに注文しているのが見受けられた。


 「そりゃ繁盛するわな」

 「男性探検者にとって砂漠の中のオアシスでしょうからね。かと言って女性客が減っているというわけでもありません」

 「その理由はあっちだろ?」


 視線の先には日本人と西洋人のハーフ男性スタッフ。元モデルらしいが仕事が減り困っていたところを悠里が拾ってきた。彼は如何にスマートな接客をするかに情熱を燃やしていて、念のためと呼ばれた面接では接客論が止まらないという一種の事件が起きた。実際に接客技術は群を抜いていて、その見た目から女性客にとってのオアシスである事は勿論、男性客にも人気がある。男女平等に愛される将来有望な『バトラー』というものを目指す青年か……つーか見れば見るほどえらいイケメンじゃん。うらやましい。そんな俺の心情を察した対面に座るエアリスが「ご主人様の顔もそれなりである事をいい加減自覚なされては?」などとフォローしてくるが、例えそうであっても甘いマスクで繊細な対応、それを然も当然とばかりにこなす彼を前にすれば霞むだろう。それが気を遣われる人間とその必要のない人間の差だ。うーん、格差社会。


 「悠里ってどっから見つけてくるんだか」

 「顔が広いというのは現代社会においても強い武器である証明ですね。しかしあの破廉恥な女は大陸の国出身ですよ」

 「破廉恥て。スケスケの布がデフォなエアリスに言われたくないだろ。それにあれは色っぽいというのだ」

 「ワタシの基本服には飽きてしまわれたのですか!? ……と、それはともかくご主人様はあのスリットもお好き、と」

 「嫌いな男を探す方が難しいかもな」


 今はさくらの秘書っぽいスーツだが、それでも胸のところを大きく開けて着ているエアリス。テーブルに置いてあったナプキンを襟元から下げるまでは男性客の目を惹いていた。この見た目でエレガントさの欠片もない所作だからか、それとも大きく開けた胸元が隠されたからなのかはわからないが、それまでエアリスの胸元をチラチラと見ていた一部の男性客はもうスリットに夢中になっている。


 「それはともかくあの人って裏手に建てた避難所の人なのか」

 「はい。ですのでご主人様由来と言えるでしょう」

 「ふ〜ん。地上に戻ろうって人ばかりじゃないんだな」

 「ダンジョン化した故郷を逃れ、ここで暮らそうとやってきた者も多いので。ご主人様が避難させた者たちの国籍を移す準備は整っていますが、決めかねている者も多いようです。加えて自らやってきた者たちに関して、地域によってはダンジョン化の影響が薄くいずれ祖国に帰ることもできるでしょう。ですのでそろそろ家賃を請求した方が良いかと」

 「うーん。ここ以外に居場所を作れる状況になったとは言え……それはなぁ」


 そこまで面倒を見る義理も義務もないとはいえ、収入がない人がほとんどだというのに家賃を設定するのはなかなか勇気がいる。クラン・ログハウス批判が多い今は特にな。とはいえ匿っている形だし疑惑を持たれても仕方ないのかもしれない。

 疑惑というのは昨今世間に対し明るみになってきたクリミナルの事だ。実際はエアリスによって監視されているためあり得ないが、そこにいる人たちがマグナ・ダンジョンから日本に行って犯罪行為をおこなっている可能性があると思われても仕方ないか。腕輪がない状態でダンジョン内に留まるのはリスクが高いかもしれないから腕輪取得はさせたけどな。でもだからといって手に入れた力で悪事を働いているということではない。それはエアリスが断言している。


 「アーミカゲサン! 来店アリガトネー!」


 とりあえず昼食だ。俺はミートソースを、エアリスは量の割に値段が安い、とは言ってもお値段がダントツの超盛ちょうもりコースを頼んでいた。


………

……


 「ミカゲサン、マタクルヨロネー!」

 「ごっそさーん」


 昼食を終え外に出ると額に汗をかいた三人が登山服を脱いだり前を少し開けて待っていた。


 「悠人しゃん、暑かったの」

 「そりゃそうだろな」

 「オレもアチーよー」


 ミライは何も言わないが額に汗が滲んでいた。以前までダンジョン内の気候は一定だったが、魔王の一件以来気温が上下するようになっている。とは言っても地上のように四季を感じるほどではなく、標高が高い場所は寒いとか上空から吹き下ろされた風は冷たいとかそんな程度だ。変遷へんせんに伴い20層は成長して広くなっていて、徐々に球体に近付いているとエアリスは言う。果てが繋がるのはいつになるやらわからないが、このまま成長し続けていけばやがて四季ができたりするんだろうか。そうなったら今でさえダンジョンツアーなんてものがあるんだ、20層旅行なんてものも流行るかもしれない。うーん。金の匂いがするな。

 未来の話はともかく、これから行くのは頂上に雪を戴く岩山、中腹までは森があり一定以上の標高にはそれがないことから察するに森林限界があるのだろう。そこからさらに登った山肌が剥き出しになっている部分、雰囲気で言えばスイスとイタリアの間辺りにそびえるマッターホルンだな。まぁ流石にそこまで切り立っているわけではないけど。そんな場所に行くんだからガイアとミライに着せた服は防寒対策用であってこんな場所で着るためのものじゃない。小夜の登山服なんて特にな。


 「頂上に着いてから着ればよかったの」

 「それじゃ意味がないだろ……」


 エアリスが量の多いメニューを頼むから少し時間がかかった。とはいっても俺が食べ終わって五分ほどで完食していたから、その爆食具合は推して知るべしってところだ。その短い時間で汗をかくほどなら登山服はしっかり役目を果たしてくれそうだ。


 「悠人兄ちゃんたちは着替えないの?」

 「俺たちはこのままでも平気だけど、雰囲気を楽しむために寒くなってきたら【換装】してもいいかなって」

 「換装……悠人しゃん、それなのよ!」

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