第228話 悪態をつく男
「やあ御影君、待っていたよ」
「お待たせしてしまったようで……」
「こちらが早く来すぎただけだから無用の心配だよ。ねぇ、大泉君?」
「来てもらっている側でもあるが、なにより年寄りの時計は早いからね」
予定の時間より少し早めに来ても毎回先に揃っている。気を使わせてしまっているとは思うが、だからと言って総理たちより早く来ようと張り合うのはなにか違うとも思っている。なぜなら話す内容を俺たちよりも早く来ることで共有する時間に充てているかもしれないし、さらに早く来るようになるかもしれない。それは悪循環だろう。
「時計が壊れているのですか? 宜しければ修理いたしましょうか?」
「エアリス、そういう話じゃねーんだ」
「おお、貴女がエアリスさんだね? いつも孫娘がお世話になっている。私は——」
「存じております。大泉純三郎ですね?」
「おいエアリス、遮るな。あと“総理”とか“さん”くらい付けろって」
「では大泉総理、と」
迷宮統括委員会本部、統括執務室。
ここは俺が来る時だけ会議室のように扱われている。通常の会議室は常に使用中だし、基本的に俺がここに来ているという事について記録には残されていないらしい。職員の皆さんはそれについてなにも言わないことから統括による指示が徹底されているんだろう。
「お初にお目にかかります。内閣総理大臣付き情報官の一人、
そう自己紹介をしたのは大泉総理の側近、若手のホープらしい。二十代、いや三十代だろうか。高身長で切れ長の目、サラッサラの髪はモデルと言われても疑わないだろうな。
「あ、ご丁寧にどうも。俺は——」
自己紹介を済ませ革張りのソファーへと腰をおろす。沈み込むようでいて適度な反発力、ログハウスにもこういうの欲しいな。牛のモンスターの革余ってるけど中身がなぁ。
両隣に香織とエアリスがそれぞれ座り、対面には総理、統括、幕僚長が座った。冴島さんはテーブルを挟んだ俺たちの横にパイプ椅子を置いて座る。予定外の人がいると緊張するな。
「では非公式会談を——」
「冴島君、堅苦しいのは無しだ」
「しかし総理、体裁くらいは整えませんと」
「相変わらず堅いねぇ」
「統括まで……」
どうやら真面目な人みたいだな。対面する俺たちの間、仕切るような位置にいる事からもそれだけ信用があるってところか。
「では本日の議題、アメリカでも観測されたミアズマバースト……“
「ダンジョン化したんですか?」
「君の言っていた通りだったよ。海外は日本と違って車両の入れる規模のものが多くある。そういったところで瘴気爆発が起き、付近はマグナ・ダンジョンのようにモンスターと化した動物が徘徊するようになったらしい。それに自然発生のおまけ付きだ」
総理が言うには各国はその殲滅に躍起になっているようだが、爆心地に近い場所ほど銃弾の威力が落ちてしまい核使用を検討する国もあるのだとか。
「核兵器はダンジョンが嫌っております。使用した場合、その地域一帯が核以外の脅威に晒される可能性があります」
「グループ・エゴがいるもんな。でもあれって地上に出てくるもんなのか?」
「地上とはいえダンジョン化した場合、無いとは言いきれません」
頭上にハテナマークを浮かべた四人に軽く説明すると揃って頭を抱えていた。
「北の国は持ち込んだ、という事ですか?」
冴島さんへの答えは、おそらくイエスだ。アレクセイの部隊が護衛していたと思われる超小型核兵器はグループ・エゴによって静かに処理された。その事実にさらに頭を抱えている。
「不味いですね」
「ああ、まったくだ」
「何がまずいんですか?」
「
冴島さんの説明はとてもわかりやすかった。とはいえいちいち『それくらいのこともわからないんですか』という嫌味が混じる。まぁ俺は冴島さんのようにエリートなキャリアでもないし仕方ないと思うんだが。ちょっとイラッとしたが、幕僚長が腰を浮かせるほどビクついたことで冷静さを取り戻す。
「なるほど。核廃棄物をダンジョンに捨てる可能性ですか。それとグループ・エゴを手懐ける……これはできなそうですけど」
「最も起き得る可能性が高く実行に移すのも早いと思われるのがその二つでしょう。しかし貴方はそれを口外しなかった、その点は評価できますね」
なーんかな。一言多いんだよな。まぁね、俺だって大人だし、チクチクと嫌味っぽかったり上から目線されても気にしないけどさ。
とはいえイラっとはするもので、都度幕僚長は腰を浮かす。居心地が悪いのか既に二杯目のお茶を飲もうとしていたところだったらしく隊服に染みを作らせてしまった。
「冴島君、我が国では新たなダンジョン化について未確認なんだね?」
「はい。……幕僚長殿、報告を」
「は、はいっ! 指示通り放置されていたダンジョンを陸自ダンジョン先鋭部隊により監視・観察を行ったところ、黒い霧が僅かな時間噴出しましたがその後特段変化無しとの報告を受けています!」
立ち上がり勢いに任せるように言った幕僚長は冴島さんの頷きに安堵したような表情を浮かべ再び腰をおろした。
「日本も実験などしていたのですか? 馬鹿ですか? 死ぬんですか?」
「ダンジョンに詳しいとはいえ民間人の言う事に信憑性がないのだから仕方ないでしょう。それに周囲に民家のない場所ですし安全は確保していますからご安心を、お嬢さん」
「んまっ! お嬢さんだなんて! ……ワタシそんなに若く見えます?」
「ええ、とても」
すごい笑顔の冴島さん。対して素直に喜んでいるエアリスだが、完全に嫌味だぞ。ここしばらく実体化させたままだけど知能が下がったように思えてしまうな。俺の頭の中にいた頃ならこうはならなかっただろう。やっぱりごはんの食べすぎで頭の中に食べ物でも詰まってんだろうか。食事制限、必要かもな。
「日本はダンジョンの数が把握しきれないほど存在しているようです。つまり未確認を含め各地で瘴気爆発が起こる可能性は高い。しかしそれとダンジョン化の関連性について我々は無知です。ですから場面に合わせた対処を考える必要もあるのですよ。お嬢さんには少し難しいかもしれませんがね」
冴島さんの言うことはわかる。闇雲にダンジョンのモンスターを狩るよりも、どれほどの規模なら間引く必要があるのかを知っておくのも大事なんだろう。なにせ他国と違ってダンジョンの数が多すぎて人員不足だしな。
迷宮統括委員会が発行する依頼には“間引き”がある。それを受けることができるのは探検者の中でも精鋭と言われる人たち。そこに陸自や俺たちログハウスのメンバー、それに次ぐ探検者ナンバーの若い中でも最精鋭といえる者たちが加わり短時間で行われる。迷宮統括委員会発行の依頼は現在これが多くを占めている状態だ。ちなみに俺は単独で、悠里はカイトたちクラン・鎌鼬を連れて行っている。俺が単独なのには理由があって、ぶっちゃけ一人の方が手早く済むからだ。それに実際は一人じゃないしな。
「それで御影君、ダンジョン化した地域を元に戻す事は可能かね?」
「すみません総理。それができるか、方法があるのかすらわかってません」
「チッ」
……ん? 舌打ち? 総理……いや違うな。音の場所からして冴島さんか。
「冴島さん、さすがに態度がよろしくないのでは?」
その声は俺の隣から。微笑みを湛えながらも明らかに怒っている香織だった。
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