第229話 非公式会談 クリミナル
「冴島さん、態度がよろしくないのでは?」
「香織さん……」
「あら、馴れ馴れしく呼ばないでいただけます?」
「こ、これは失礼。大……三浦さん」
「それで、態度を改める気はおありですか?」
「それは……ありませんね。私たちは国の未来を賭けた話し合いをするために集っているのです。なんの解決案すら持たない自称専門家などに払う敬意はありませんよ」
「それを言うなら貴方だって——ッ」
「香織ちゃん、熱くならないで」
「悠人さん……」
「実際解決案なんてまるでわからないからさ。マグナ・ダンジョンだって少しずつ広がっている状態だし」
「ふん。専門家が聞いて呆れる」
「あー、あとその専門家って、名乗ったことないんでそこんとこはよろしくお願いします」
「言い訳をするのか」
総理と統括が気まずそうにしている。なるほど、この二人が俺をそう呼んでいたってことか。
「すまないね、冴島君。わかりやすくするために御影君を専門家としていたんだよ。誤解を招いたようだ。この通りだ、許しておくれ」
「い、いえ! 総理は何も……頭をあげてくださいっ!」
総理に対してリスペクトが半端ない。腰を折る総理よりも下に潜り込むようにして総理の肩を押し返している。高身長のハンサムモデルみたいな人がそうしてるのってなんかおもしろいな。
「総理にここまで気を遣わせて、何も思わないのか!?」
「えっと……ありがとうございます?」
俺の答えに何故か冴島さんの血管が切れそうになっているが、総理は必死に笑いを堪えている。
「冴島君がこんなに取り乱すなんてねぇ。大泉君、やっぱり御影君は只者じゃないね? ……ククッ、クヒィ」
「何を今更……しかし……ぶふっ」
「その胆力に脱帽でありますッ!」
統括、笑いすぎだろう。総理まで。幕僚長も口の端がピクピクしていて、冴島さんは自分を笑われていると勘違いしていそうな羞恥の表情を浮かべている。俺が何かおかしな事を言った自覚なんてさらさらないが、十中八九対象は俺だろう。なんだか巻き込んでしまったような気になってしまい、ちょっと冴島さんに同情してしまうな。よし、俺はこういうことに慣れてるし話題を変えてしんぜよう。
「そういえば最近、ダンジョンで強くなった人を“ネクスト”、その中の犯罪者を“クリミナル”なんて呼ぶらしいじゃないですか」
「あ、ああ、ワイドなショーではそう呼んでいる。一般にはネクストは探検者の事を指すが、探検者免許を持っていなくともそうなっている人も一緒くたにされている。進化した人類、“進人類”とも言っていて、細かい区別はされていないようだね。その中で得た力を悪用する者という意味で定着しているのがクリミナルだね」
「そのクリミナルの事件が増えたって」
気を取り直した冴島さんがこちらを見据えて言う。
「それについても今日話を聞こうと思っていた。クラン・ログハウスにペルソナという人物がいますね?」
どうしてここでペルソナの話になるんだろう。
「……ペルソナとなにか関係が?」
「単刀直入に聞きます。ペルソナがクリミナルを育成、保護、統率している疑いがあります」
「え? あり得ないですけど?」
冴島さんの様子から、俺がペルソナだという話は聞かされていないようだ。この場でそれを知るのは香織、エアリス、そして総理だけか。
「何故そう言い切れる」
「なぜって言われると……」
「そもそもペルソナとは一体なんなのだ。仮面で顔を隠し身分を明かさない。卑怯者ではないか」
ペルソナという人物について詮索しない事は政界では暗黙の了解とされている。総理はそうではないと思うが、いざという時のスケープゴートに出来ると踏んで了承している議員がほとんどかもな。しかしこういった場であればペルソナの個人情報についての追求は多少許されると考えてもおかしくないだろう。なにせここには総理がいる。言わば現時点この場所が日本の中枢とも言えるからだ。でも総理はこの件について脛に傷があると言えなくもなく……
「冴島君、その辺にしておきなさい」
「しかし総理!」
「君は賢い。わかるだろう? そこに触れてはならないことくらい」
「まさか……総理でさえ不可侵、と?」
「うむ」
「わかり、ました……」
総理には忠実だな。少し狂犬ではあるけど。
それはそうと冴島さんはその不可侵領域に踏み込みたくて仕方なさそうだ。でも今は大泉総理という権力の頂点によってブロックされていて、なんというかとても悔しそう。声を掛けるとすれば……俺たちにとっても謎は多いですがそういうことに関しては信用できるやつです、とか、ふははは総理大臣になってから出直すんだな! だろうか。などと考えているとイヤーカフから『煽ったら本当になってしまいそうです』というエアリスの声がした。顔に出るどころか香織とエアリスのイヤーカフに声として届いてしまっていたようで、香織も顔を伏せ声を殺して笑っている。エアリスの言うことがもっともに思えた俺は、何も言わずそっとしておく事にした。
「すまないね、御影君。冴島君に悪気はないんだ」
「いえ。ペルソナの事は俺たちもそれほど知っている事はありませんが、正体がわからないのが不気味なのはわかりますから」
総理のおかげで一応誤魔化すことはできたんじゃないだろうか。これで俺もペルソナの正体を知らないと自然に嘘を言えたわけで。まぁそれで何か起きた時に正体不明の人物を野放しにしている責任とか言われたらどうしようもないけどな。
とはいえ近頃多発しているらしいクリミナルによる事件、世間では日本人ではない認識の強いペルソナとの関係を疑うということはつまり。
「クリミナルは日本人じゃないってことですか?」
「うむ。相変わらず察しがいいね。その全てではないが……幕僚長、頼めるかな?」
「はっ! 総理大臣閣下!」
「女性には刺激が強いかもしれませんので」とことわりを入れる幕僚長。香織とエアリスが重く頷いたのを確認すると自らも覚悟を決めるかのように深く息を吐いた。
ホワイトボードに被害者の写真、発見者等の証言、偶然街角カメラが捉えた映像から抜き出したものを貼り付けていく。それはほんの一例で、主に海外からダンジョンを経由して密入国したネクストによると思われるものをピックアップしたようだ。
「しかし日本人にいないわけでもありません。日本人クリミナルによる犯行はこれらほど酷くはありませんが、強盗や婦女暴行といった重犯罪、またはそれらの未遂も起きています」
少ないが男性もあり、多くは犯されボロボロにされた若い女性たちの遺体写真だ。損傷具合は様々だが、ダンジョン内の場合一定以上の期間放置されるとおそらくダンジョンに吸収されてしまう事から、腐乱したものがない理由はそれだろうと思われる。日本では入場の際に迷宮統括委員会の受付が設置されていれば予定を聞くことになっていて、滞在目安の日数を超えると捜索される事もあるというのも被害者を発見できている理由だろう。
説明の締めとして、体の一部が欠損、あるいは意図的に切り取られトロフィーにされているかもしれないと幕僚長は言った。
それにしてもこれはきついな。顔の一部がなかったり内臓がないものまで様々。被害者は一般人だけでなく探検者も少なくないようだ。犯行場所は主に人目に付かない場所にある建物かプライベートダンジョン内。誘い出すか
「海外の情報によると、全身の皮膚を剥がれた被害者もいるとか。最新の被害者の遺体はまだ検死中で写真はもうじき届くはずです」
こんな写真を見ると帰って来たあの子の事が頭を過ぎる。首を、声帯まで噛みちぎられていたあの子を。
「クズが……」
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