第3.9話 ダンジョンにて回想する6


 サクサクと買い物を済ませ、ついでに武器になりそうなもの、その素材になるものも見て回る。エアリスに言われた通りの買い物を済ませると、お会計なんと十八万円。まぁお高い! なぜかというと、欲しい金属があったらしくそれが混ざったアクセサリーまで買う羽目になったからだ。それで十八万なら安いものなのかもしれない。……いや高いだろ。残高が足りませんって言われたらどうしようかと不安になったくらいだ。これで防具として意味がなかったらどうしてやろうか。


 今は無職の俺だが我が家には少し……いや、かなり大きすぎる家庭菜園がある。そこで採れたものは直売所で販売していて、ある時期だけ農協に出荷もしている。つまりは兼業農家をしていたわけで、俺も一時期その手伝いをしていた。その際に得ていたお金が役に立ったというわけだな。近頃はスマホや旧型パソコンを使ってゲームをしていたり、家庭用ゲーム機のものは昔やっていたソフトを引っ張り出してきて再プレイするような感じだった。そうして新しいものはほとんど買っていなかった事もプラスに働いた。


 「ただいま」


 ーー お帰りなさいませご主人様。今日はお疲れでしょう? あとの事はワタシがしておきますので、お昼寝でもなんでもしていてよろしいですよ? ーー


 「そう? んじゃ頼むよ。ちょっと寝るから適当に起こして」


 ーー はい。お任せください。その前にご主人様の権限をワタシに委任していただけますか? 能力の行使が必要なので ーー


 「権限? よくわからんけど『任せる』」


 ーー はい。ではまた後ほど ーー


 意識が途切れ、しばらく経っただろうか。目が覚めた時のような、夢の中のようなふわふわした感覚だ。


 ーー もう………ったら……………さん………ね…… ーー


 んぅ? あぁ、また夢かな。はぁ〜、枕やらかいなぁ〜。ちょっとひんやりしててちょっと湿り気を帯びてて……え?


 ーー あんっ、ご主人様ぁ、そんなに強くしては……ーー


 はぁぅん!? ……あー、これはやらかいわけだよー。おっきな二つのワールドカップ……ってまてぇーい! エアリス! またお前だな! 良い加減悪ふざけで起こすのやめてくれよ!


 ーー ワタシ、知ってしまったのです。ご主人様にこうすれば、知識として得ていた『かわいい』というものを感じることができる、と。知識というものは罪深いものですね…… ーー


 何を言ってんのこの人は。人かどうかも怪しいけれども! つーかこの状況でどういうかわいいがあるんだよ。


 ーー 『かわいい』はご主人様のリアクションの事ですが……ご主人様もいろいろおっきなさったご様子。ワタシが得た知識は間違いではなかったようですね! ーー


 何の知識をどう得たのかしらんけど、いろいろ間違ってるよきっと!


 ーー ところでご主人様、ご要望の品、完成しております ーー


 マジ? 早くね? まだそんなに時間経ってなくね?


 ーー ご主人様のおかげで“人類の叡智”、インターネットに触れることができるようになりましたので。執事が武器防具くらい簡単に作成できずにどうします? あくまでご主人様の執事ですので ーー


 いろいろ間違ってるだろ。それにおまえ、しつじ、ちがう。どうせ黒歴史と似た風な言葉を探してて、どこぞの悪魔執事に触れてしまって影響されまくった挙句いろいろ混ざってるんだろう。うんうん、あの漫画は男の俺が見てもおもしろかったもんな、ってそうじゃない。まったく……エアリスは困ったやつだ。


 ーー さすがでございますご主人様。正解でございます。よもや一度で正解なさるとは…… ーー


 何がさすがか! はずれていてほしかったよ! まったく!


 目覚める事を意識し目を開けるとたった今みていた風景と同じ空間、しかしそこに夢の中のエアリスはいない。

 こんなの繰り返してたら夢と現実がわかんなくなっちゃいそうだな。それとナチュラルに聞き流してたけど、エアリスはインターネットができるようになったのか。エアリスって一体なんなんだろうな。俺史上最も謎……いや、ダンジョンができてから全部が俺史上を更新していってるけども。


 ーー それで、こちらが私服兼防具、そしてこちらがご主人様に似合うと見立てた武器でございます ーー


 服は……うん、ほぼエアリスの暴走妄想通りの品だな。そこは多少ブレていて欲しかった。そして武器は……へ? 刀?


 両腕を目一杯広げるようにし鞘から引き抜くと、思わず魅入ってしまいそうになるほど美しい波紋を刀身に宿した刃渡り百センチメートル近くはある長刀。片手で持つには重量を感じるなぁ。


 ーー ご主人様の腕の長さ、肩周りの柔軟性を加味し、通常の使用に加えて居合もできる長さで最長に設定しました。そしてもしも擬人化したのなら、きっと長身イケメンに変化することでしょう。世の刀剣女子たちへのささやかな贈り物でもあります ーー


 最後のささやかな贈り物はありえんから。意味ないから。あと擬人化していいのはゲームの中だけだから。


 ーー 良いのです。もしも人と成る手段を得たとて、そしてそれが大層イケメンでどこかの令嬢と恋に落ちてワタシの元を去ることになろうとも、良いのです。その時はその時……マスター様との新たな子を成せば良いだけですので ーー


 うん、いろいろおかしい! 本格的に手遅れなのでは?


 ーー ひどいですご主人様………エアリスは、エアリスはこんなにも頑張っているというのに……ヨヨヨ ーー


 最後の泣き真似にジェネレーション的なギャップを感じるけど……実際がんばってくれたと思う。刀はさすがに材料になる金属が足りなかったはずだから模造刀みたいなもんだろうけど、刃に紙を置くと普通に切れる……いやいや、待てよ、こんな模造刀あり得ないだろ。まぁそれはともかくとしてちょっとくらい頭がおかしくても温かい目で見てあげようと思う。


 ーー ……さてご主人様、只今の時刻お昼の二時二十分です。本日は如何致しましょう。試し切りにいきますか? それとも試し斬りにいきますか? それともワタシと子供を作ってみませんか? ーー


 試し斬りに行こうかな。実際真剣を使うのもかなり“久しぶり“だし。


 ーー ヨヨヨ……エアリスは強く生きようと思います。それではご主人様、昼食を食べてから行きましょう。腹が減っては戦はできぬと人類の叡智にも記されておりました ーー


 昼食か。そういえばそうだね。


 「今日は冷蔵庫に何かあるかなー。あ、買い物なんて行ってないか。なら久しぶりに蕎麦とかいいな。出前とか来ないかな」


 ーー 来るかもしれません。暫し待ちましょう ーー


………

……


 ピンポーン


 ん? 誰だろう。


 「どちら様ですか?」

 「そば処、仲庵なかあんですー」

 「そば? 母さん出前取っててくれたのかな。じゃあこれで」

 「はい、ありがとうございます。ぴったりでお代をいただいたの久しぶりでありがたいですよ! では器は玄関先に出しておいていただければ後ほど回収しますんで!」

 「時間指定の出前なんてあるのか。ま、いいや。食べよ食べよ」


 そうして昼食を済ませ、一応の非常食、水分補給として十秒も掛からず栄養補給ができるゼリー状の携帯食料とペットボトルのスポーツドリンク、他小物類をいくつか持ちダンジョンに入った。

 目標は……そうだな。新装備を試すのと、行けそうなら自衛隊がやられたっていう5層の様子も見てみたいな。別の場所にあるダンジョンだからうちのとは違うんだろうけど、階層だけでも同じところを見てみたいし。


 そんなことを思いながらダンジョンを進んでいき時刻は夕方六時。遂に5層へ到達し、入り口脇にあった小部屋で小休止を取るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る