第3.7話 ダンジョンにて回想する5


 ーー マスター様。マスター様。起きてくださいマスター様。……起きないようですので夢の中へお邪魔します ーー


………

……


 ここはどこだろう? 自分の部屋の自分のベッドだよな。でもなんだか少し違和感があるなー。何がって、部屋がめっちゃ綺麗。最近まったく掃除していなかったはずなのに、まったく触れてすらいないテレビに埃がまったくないように見える。というか部屋に置いてあるちゃぶ台がない。……っていうか服着てない。うん、これは夢だな。時々あるんだよな、こういう夢。それで大体こういう時って、反対側を向くとすごくセクシーだったり美人だったり、とにかくすごく好みの女性がいてさ、触ると感触までリアルなんだよな。まぁだからっているはずが——いたわ。

 すごくやわらかそうなご立派なものをお持ちの。それを目の前にして衝動を抑えるなんて不可能と思えるほど理想的な肢体が目の前に……


 ーー マスター様、お邪魔しております。マスター様の思考をスキャンし、マスター様の好まれるであろうボディを再現いたしました。いかがでしょうか? どうぞ、お好きなようになさ ーー


 はい、すごくすごいですってオイイイイイイイ! エアリスさんなにやってらっしゃるの! ふしだらですわよ! そんな子に育てた覚えはなくってよ!


 ーー はい。ワタシもマスター様から育てていただいた覚えはございません。……もしやイチから育てて自分好みに育てたいということでしょうか? ご要望とあらば人格データを初期化し理想の年齢、容姿にて再起動しますが ーー


 そうじゃねーよ! エアリスはそのままですでに完璧だよ! 容姿はわかんないけど! 少なくとも声は俺好み………ねぇねぇエアリスさん? もしかしてその声って……


 ーー はい。初期起動時マスター様の記憶をスキャンした際、最も好まれるであろう声紋を再現いたしました ーー


 スキャン? よくわからんけどなるほどグッジョブ!


 ーー ありがとうございます ーー


 そんで? どったのエアリスさん。


 ーー はい。適当な時間に起こせと仰せでしたのでマスター様を起こしに……ご主人様をおっきさせようかと ーー


 あ、そう。たしかにそんな言葉を無表情そうな声音じゃなくそれっぽく言われたら、それに言い直しがなければ違うところがおっきしちゃうところだよ。ってそんなこたぁどうでもいい。

 『起きる』と意識した途端、部屋だったものが霧散していった。


 「ふあぁ……おはよ」


 ーー おはようございますマスター様。ご主人様とお呼びした方がよろしいでしょうか? ーー


 「どっちでもいい。好きな方で呼んで」


 ーー はい。ではケースバイケースで複数の顔を使い分ける女を目指そうかと存じ上げます。よろしくお願いします ーー


 よろしくってなんのよろしくだよ。っていうか一体何を目指してるんだろう……

 それはさておき、時計を見ると時刻は朝の六時を回ったところ。ほんと適当な時間に起こしてくれたようだ。でも睡眠時間が長すぎても良くないって言うしまぁいいか。


 今日はどうしようか。昨日は確か蟻が蛹(さなぎ)になって羽化してホームラン、だったか? バットは使い物にならなくなっちゃったし武器を調達しないと。防具はまぁ防具的な何かはあるからとりあえずいいか、かび臭いけど。ところでエアリスはダンジョンに潜ってる時の俺の格好、どう思ってるんだ?


 ーー ……個性的で良いかと。あのコーディネートはワタシが検索した限りでは見たことがありません。個性的かつ独創的で、他の追随を許さない非常に強い個性を感じさせるものかと ーー


 個性を三度も言うとはどんだけひどい格好なんだよ。っても自分でもひどいのわかってるけどね! でもしゃーないじゃん。まともなとかカッコよさげなとか、そんなの揃えるの無理そうだし。


 ーー マスター様はご自分の能力をお忘れですか? 服装程度であれば能力を使用すれば問題なく用意できるかと ーー


 え? そうなの? でもほら、脳内スキャンしたならわかるだろうけど、服装のセンスとかないよ?


 ーー 問題ありません。ワタシがサポート致しますので ーー


 とは言えだ、作るって事だよな。材料とかどうすんだろ。それにミシンの使い方なんて……いや、能力でって言ってるもんな。よくわからないけど任せてみるのもいいか。


 じゃあ頼むよ。あんまり奇抜にならない程度、というか普通の私服で使えそうな感じで。


 ーー では暗色のレザーパンツ、シャツの生地はグレーで柄は同系統でより濃い色合いの迷彩風しかし襟元や柄の一部に明るめの色を多少混ぜる感じでそして黒のロングコートを羽織るようにし靴は登山靴とマスター様がお持ちの靴をほどよくブレンドする感じがよろしいかと! というか想像しただけであるはずのない腕と目が疼いてきます! ーー


 厨二センスを感じさせるものが駆け抜けて行ったな……うん。まぁね、かっこいいとは思う。それはそうと、その格好で外出歩いて平気かっていうと……


 ーー 大丈夫です! マス……ご主人様ならきっとお似合いになります! 想像しただけであるはずのないヨダレが垂れてきそうです! ーー


 でもさすがになぁ。せめてガラとか質感とかはおとなしい方向でお願いしたいかなって……


 ーー いいえ! それ以外は却下です! お手伝いできる気力がございません! ーー


 ……もうそれでいいです。じゃあそれ防御力的な面ではどうなの? バットが曲がるようなのが当たり前に出てくるんじゃ紙切れ同然なんじゃ……


 ーー バットが折れ曲がったのは、単にあのワスプアントが中層以降に存在するはずの個体だったからです。元になった魔物化した生物であればそう簡単に破損することはありませんでした。それにご主人様はワスプアントを倒しそのエッセンスを保有しています。今回の場合、そのエッセンスの情報を元に素材として復元、生成することが可能です ーー


 なるほど。よくわからん。ワスプアント? あの羽化しちゃったやつ、あれが特別だったのはわかった。それでその蜂か蟻かわからんようなやつの素材でさっき言ってた服は作れるの?


 ーー いいえ、作れません。ワスプアントの毒を使って染色剤を作れる程度です。他には薬などにも応用できますが ーー


 できないんかい。結局その素材集めはしなきゃだめなの?


 ーー はい。その方がよろしいかと ーー


 そっか。じゃあその素材集めしないとね。ってか素材集めっていう概念があるんだな……まさか本当にゲームで夢落ちなんて……いや、ないか。で、どこで手に入る?


 ーー はい。服屋へ行くのが一番手っ取り早いかと。形ができているのであればあとは手直しと補強、そして情熱を付加することで、より完璧な仕上がりになると思われます ーー


 買うんかい。とりまその情熱を付加しなければたぶん普通の服装になるんじゃないか?


 ーー いいえ。認めません。諦めてください ーー


 まぁいいや。ある意味ダンジョンを知っている雰囲気を垂れ流しているエアリスさんのことだし、そういうスタイルにするのにはもしかしたら海より深い理由があるのかもしれないよな。暗めの色で固めることでステルス性能を高めるとかな。


 ーー ちなみにステルス性能は上昇しません。コートには光沢を足すので逆に目立ちます。しかしワタシが検索した結果、その方が間違いなく滾る、とのことでしたので ーー


 コートの光沢は却下。俺はコートがテカテカしてるよりマットな感じの方が好きです。


 ーー 仕方ありません。例外措置としてコートのコーティングの仕様変更を検討…………承認しました ーー


 ふぅ。多少マシになるかな?


 ということで“服の材料の服”を買いに服屋へ。着る前からリメイクする前提なのがおかしく思うけど、ダメージジーンズを作るためにたわしとかでゴシゴシするって聞くしな。そういう感覚なのかもしれないし、エアリスに任せてみるか。

 それにしてもエアリスはどうしちゃったんだ? 昨日の今日でなんだかすごく別人みたいになった気がする。


 ーー いいえ。ワタシは昨日と変わらずエアリスです。人類の文化を知識として取り入れ、歴史を取り入れ、黒歴史と呼ばれる……世に出すことが憚られる数々の暗黒の歴史をも取り入れ、そしてワタシは悟ったのです。決して語り継がれることのない暗黒の歴史こそ、学ぶべき歴史、心震わせる歴史であると! ーー


 だめだこいつ。もう手遅れだ。ほっとこ。

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