第224話 私の


 あれから数日が経った。フェリシアは甲斐甲斐しくクロノスの世話を焼いていて、一方俺たちは同じところに住んでいるのに時々部屋から出てくる以外ほとんど顔を合わせていない。でもその際に見かけるクロノスはフェリシアといることが嬉しそうに感じられ、俺たちは口出しをしないようにしている。

 カイトはレイナ、アリサと共にクランを立ち上げるらしい。悠里の許可も得たから勧誘してみたんだが、頑固なカイトに断られた。理由としては経緯はどうあれ誘拐犯たちに手を貸してしまったからと言っていた。


 「そんなつもりはなかったからといって簡単に赦されて良い事じゃないからね」

 「でもカイトは綾乃さんが襲われないように守ってあげてたんだろ? 気にしてないどころかお礼言われてたじゃん」

 「だけどそんな事をしなくても助けることはできたんだ。それに悠人の大事な人も傷つけてしまうところだったし」

 「なるほど確かにそれは大罪だな」


 時間を巻き戻される前の記憶、その断片によるとカイトは逆に死ぬ寸前だったんだけどな。まぁ言わないけど。


 「それに悠里さんの武器も斬ってしまったし。杏奈さんの技はどうしようもないから玖内君にしたように殴ってしまったし」

 「杖はすぐ直したから大丈夫だろ。杏奈ちゃんには……怒ってるなら俺も一緒に謝ろうか?」

 「それには及ばないよ。これは俺の罪なんだから」


 悠里も杏奈も怒ってはいないらしく、むしろ勘違いで先制攻撃した事を謝られたらしい。それでもカイトは今現在自由にさせてもらえている事に罪悪感を感じているみたいだ。


 「案外ウジウジしてんのな。再会した時はあんなに強そうだったのに」

 「あれはなんというか……きょうが乗ってしまって」

 「どゆこと?」

 「俺、演劇部だったんだよ。それで悪役を演じてみたかったのにいつも姫を守る騎士とか英雄役ばかりさせられてたから」


 演劇部……香織たちはその演技に騙されて敵だって思い込んでたのか。それに俺がいない間、代わりにペルソナを演じることができたのもそういうことか。声は仮面で勝手にペルソナボイスになるから、あとはさくらがペルソナっぽさを教えたんだろうな。


 「さくらに演技指導してもらったのか?」

 「玖内君とリナさんもだね。あの二人はペルソナ姿の悠人に憧れているみたいだったから、随分と熱心に教えてくれたよ」

 「へー。って玖内も俺がペルソナだって知ってたのか!?」

 「知ってたみたいだね」

 「そうだったのか……俺が言わないから知らないフリしててくれたんだな。やっぱ玖内っていいやつだなー。ハッキングが趣味のヤバいやつだけど」


 玖内は大学卒業後クラン・ログハウスに内定しているけど心変わりがないとは言えない。もし探検者を続けるなら絶対に横取りされないようにしないとな。今のところ公表されたくない事をいろいろ知ってるのもあるし。


 「それと最愛の妹が『あんなことしておいてこれ以上お世話になるなんて厚かましいでしょ』って」

 「シスコンめ」

 「ふっ。そんなに褒められると照れる」

 「褒めてはいねーよ」


 カイトじゃなくレイナを先に説得するべきだったのか。アリサはログハウスに入りたいみたいだったらしいけど、レイナと一緒じゃなきゃダメっぽいしな。となると、どうするか。やっぱレイナをおとすべきか。


 ーー ご主人様。お忘れですか? カイト様はさくら様によって逮捕はまぬかれました。しかし“保護観察”の対象となんら変わりません。それに探検者免許を未取得です ーー


 なるほどな。脅せと言うか、親友を。


 ーー 人聞きが悪いかと。諭すための助言ですので ーー


 ふむ……そういえばペルソナって誰かを推薦できたりする?


 ーー 問題ないでしょう。特務の、ペルソナとしての推薦であれば総理大臣と同等でしょうし、保護観察官と同等以上の保護司ともなれるかと ーー


 保護観察官と保護司の天秤が逆転してる気がするけど都合が良いし問題ないな。とにかく現在の特務であるペルソナとさくらは無制限に推薦できるようだ。しかも推薦とはいうが何かしらの実力が秀でた者を対象とするのが条件なため、迷宮統括委員会ギルドに対する探検者免許の発行要求は実質強制であり決定事項なんだと。知らんかったわ。でもこれは利用するしかないよな。


 ーー 総理大臣と言えば。迷宮統括委員会本部にて非公式会談の要求が。スマホでご確認を ーー


 魔王の一件以来だな。やっぱり大陸の国がダンジョン化して壊滅状態だからその事かな?


 ーー はい。それに加えて少々問題が発生しているようです ーー


 問題かー。俺さー、のんびりと平穏な生活がしたいんだよ。


 ーー 存じております。喚んでいただければ完全に近い実体化も可能になりましたし、ワタシが代行しましょうか? ーー


 うーん。魅力的な提案だけどエアリスだしな。悪い意味で期待を裏切らない気がする。


 ーー ヒトに対してダンジョンの支配は魔王としての小夜に任せ、地上はワタシが支配してしまえば良いと思いますが ーー


 ほらな。この危険思想がこわい。出逢った当初もそんなことを言っていたが今はその時よりも現実味があるように思え、以前よりもそういう面が強くなってるように感じるのは気のせいだろうか。ともかくエアリスの独断に任せるっていうのはダメだろうな。



 翌日チビとおはぎの散歩がてら香織と一緒にカイトたちが滞在している喫茶・ゆーとぴあへと赴いた。


 「カイにいが保護観察……?」

 「そうそう。カイトはそういうことになっててさ。だから完全に自由にするわけにはいかなくて、それにカイトって探検者免許持ってないから、それを知られるのは良くはないんだよ。罰則はないけど一応探検免許未所有者のダンジョン侵入を原則禁止するっていうダンジョン基本法もあるし……」


 日本はダンジョンの数が世界で最も集中している。その数はわかっているだけでも陸自と警察が連携しておそらく半数すら管理できていない程だ。もちろん全ての自衛隊員と警察関係者を集めれば可能かもしれないが、未発見、未報告も数多くあると見込まれていて、しかしその発見に人員を割いたからといって完全な把握は不可能だ。それに通常任務をないがしろにして良いわけがないからな。そういった理由もあり前もって生存率を上げるための指導も出来るということで一応免許制になったという背景がある。受験料がなかなか高額なことにも理由はあるが、主に政治家や官僚の都合と言えなくもない。


 混乱を招くかもしれないしそもそも眉唾としか思われないだろうから一般に公表はしていないが、ダンジョンを放置しすぎるとエッセンスの氾濫が起きるかもしれない。誰も入らないように封鎖というのは将来的に危険かもしれず、これに関して迷宮統括委員会が定期的に放ったらかしのダンジョンが無くなるように依頼を発行している。この依頼で犠牲が出ないとは言えないが、そうした事態を極力回避するため陸自による偵察と、依頼を受けた探検者たちに陸自のダンジョンエリート組や迷宮統括委員会のお墨付きを得た探検者が同行しモンスターを間引いている。そこには悠里、香織、杏奈の元雑貨屋連合も含まれていている。俺もだが、俺がその要請を受ける場合は基本的に他の探検者たちとは組まずにチビを連れて行くことにしている。


 「大陸の国がダンジョン化したのはそれが原因かい?」

 「はいカイト君たぶん正解」

 「たぶんって、悠人のそういうところは昔のままだね」

 「はっきり確実にそうだとは言えないからなぁ。でも無関係ではないっぽいんだよ。で、話戻すけど」


 保護観察と同等のカイトを野放しにするわけにはいかないから、クランを立ち上げるのは良いとしてもクラン・ログハウスのグループに加わってもらう。そうなると無免許でダンジョンを彷徨うろつかれるのは評判的にもよろしくないからペルソナかさくらの推薦で名実ともに探検者になってもらう。実力は申し分ないから要件は満たしているはず。ダンジョンに入るのを辞める選択肢ももちろんあるけど、それは選ばないだろう。だってカイトは極度のシスコンだからな。


 「それ、なんだかズルしてるみたいで……」

 「何を言うのかねカイト君。つか今だってズルしてるようなもんだろ。もう腰までズルズルの底無し沼に浸かってるんだよ君は」

 「……それで悠人、本音はどうなんだい?」


 本音とか、なんか恥ずかしいから言いたくないんだが。


 「悠人さんは……皆さんのことが心配なんですよ」


 味方だと思っていた香織にも言ってすらいないのにバレていたようであっさりカミングアウト。

 ああそうだよ。せっかく再会できたんだ、面と向かっては言えないけど心配だ。むしろログハウスのみんなからはなぜか俺が心配される側みたいだけど、それでもだ。


 「御影さん……ううん、ゆうにい。やっぱり“私の”ゆうにいは優しい……」

 「レイナ? 香織の悠人さんだよ?」

 「ゆうにいとは幼馴染なことがわかったので、私のゆうにいだった方が先ですよ香織さん」


 にこやかな二人の視線が交錯しているあたりがなんだかバチバチしてる気がする。今日の天気は晴れ局所的に雷か。まぁダンジョン内は基本晴れてるんだけど。


 「おいカイト、シスコンだろなんとかしろよ」

 「え? レナがそう言うなら悠人はレナのものなんじゃないかなって。……あっ、で、でも恋人の香織さんが言うことも尤もだと思うし」


 香織のニコニコ顔に曲げられるような意見なら何も言わなけりゃいいのに。

 アリサなら女同士だし二人を仲裁してくれるのではと思い口を開きかけた。


 「あっ! 急用思い出したので少し席外しますね! ごゆっくり!」


 逃げやがった。ってかこんな状況でごゆっくりしてたら神経すり減ってなくなっちゃいそうだ。


 「おっかー、れいにゃも落ち着くにゃ。とゆーかー、おっとーはニャーのおっとーにゃよ? ばちばちにゃ」


 うーん。もうなんか投げ出したい。うん、むしろそうしよう。俺にはどうすることも出来ないしな。


 「悠人さん、チビとおはぎちゃんにごはん食べさせてきてくれませんか? おはぎちゃん、悠人さんがたくさんお肉焼いてくれるよ?」

 「おにく! おっかーはニャーの好きなものがわかってるからすきにゃー」

 「おはぎちゃんはおっかーの味方だよね?」

 「トーゼンにゃ!」


 買収は恙無つつがなく執り行われたようだ。そういえばちょうど良い時間だな。席を外す大義名分も得た事だし遠慮無く肉焼きに行こ。


 「山里さんに調理場借りてくるね」

 「ゆ、悠人、俺も——」

 「俺だけで充分だって」

 「そ、そうか」


 そういうわけでごはんと聞いてウキウキのチビとおはぎを連れて部屋を出た。


 そういえば菲菲、母親は故郷の村から北に車で四日くらいのところにある街に避難していたらしい。そこはダンジョン化の影響を免れた地域で隣国にあたる。避難民として無条件受け入れの形になっていたようだが、毎日事情聴取されたんだとか。実際は情報収集のためだろうな。カイトと小夜が秘密裏にそこにいた数十人全員を喫茶・ゆーとぴあの隣に建てた避難所に連れてきていて、満員を超えて窮屈になっているのを解消するためこの数日の間にこっそり増設を済ませてある。でもこれ以上はな……。世界一の人口を誇った国だ、他にも大勢いるだろう。でも無制限に保護できるわけもないから見て見ぬ振りをするしかない。というか今だってクラン・ログハウスが生活の面倒を見ているわけで。エテメン・アンキ入場料、喫茶・ゆーとぴあ、みんなの依頼報酬等を合わせれば実はかなりの金額になる。具体的には月に八千万円ほどが見込めるが、そこから給料と経費が引かれ避難民に掛かるお金が引かれる。いくらズルをして他の国に避難してもらう事ができるとはいえ限度ってものがあるし、一気にというのはまずいかもしれず今は少しずつ移住してもらう準備をしている。でもここに残りたい人もいるようだし、国籍問わず自力でダンジョンを抜けて避難してくる人も増えている……どうしたもんか。

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