第218話 二人でひとつ


 エアリスがカイトに放っていた飛ぶ斬撃、【剣閃】と言うらしいそれをもう一人の俺が放ってきた。咄嗟に手を前に突き出すと見えない壁が現れたようだった。


 「ばっかやろうあぶねーだろ! 殺す気か!」

 「記憶には無くても体は憶えてるって事か。一応教えておく。今お前がやったのは【拒絶する不可侵の壁】だ。じゃ、次行くぞ」


 嫌でも感じる重い圧力。まるで空気の壁が押し寄せてくるようだった。


 「これは【超越者の覇気】ってやつな。能力と似たようなもんだ。人前であまり漏らすなよ? 下手したら殺すことになるぞ。んじゃ次な」


 見えない壁は望むままに俺を守ってくれる。しかし見えない位置から何かに脚を撃ち抜かれる。これまで感じた事のない熱さと痛みに呻き声を上げつつもなんとか意識を保つ。


 「今のは【ルクス・マグナ】だ。無意識で使うのは難しいかもな」


 激痛で意識が飛びそうになり、次の激痛で引き戻される。その繰り返しだ。でも俺はまだ立っている。不思議だ。


 「つか容赦ねーな……いてぇだろが」


 「集中しろ。人間の細胞はどうなってる? 今撃ち抜かれた脚はどうなれば痛くなくなる? 大体でもいい、ふわっとした感じで良いから元に戻すイメージだ、考えろ」


 言われた通り考え……いや無理。痛すぎてそれどころじゃないし医学の知識なんて無いのと変わらないんだぞ。


 「さすがに無理か……? 仕方ない、サービスな」


 気付けば目の前にいたもう一人の俺が手を当てると瞬く間に傷が塞がった。痛みもなくなっている。


 「今のが【不可逆の改竄】ってやつな。普通は他人にはやらない方がいいみたいなんだが……お前は俺だからな。大丈夫だろ」


 俺の脚を治すと姿が揺らめき景色に溶けていく。四方八方から声は聴こえるのに姿は見えない。


 「これは【不可視の衣】な。音も遮断出来るけど、こういうのを探すのが得意な能力もあるから過信は厳禁な」


 それから何度も能力を使った多彩な攻撃を受け続けた。流れ込んでくるエッセンス、説明される言葉がすんなりと入ってくる。まるで知っていた事を思い出していくかのように。

 順調だ。もう一人の俺から渡ってくるエッセンスと記憶が繋がっているのを感じる。少しくらいやり返してやろうと鞘に納めたままの刀を振り回したが返り討ち。熱いし冷たいし腕は一度吹き飛んだ。死ぬかと思った。時間は掛かるものの【不可逆の改竄】を使えなければむしろ死んでいたと思うほどだ。

 ダンジョンでログハウス生活を始めてからしばらく経つってのに、こんなにボロボロにされたのは初めてだな。

 ……かなり思い出した気がするな。でもなんだか記憶と記憶の繋がりはまだ曖昧だ。


 「どうだ? 思い出せてるか?」

 「あぁ……断片的にだけどな。まさかこうなるってわかってて……?」

 「可能性として香織のエッセンスで香織を少し思い出したなら、ってな」

 「なるほど。でもなんでこんな痛い思いしなきゃならないんだよ」

 「もしも上手くいかなかったとしても出来る事を一応教えとこうかと思ってな。それに……興味あったんだよ、自分と戦うってどういう感じかってな」


 毎朝鏡で見る顔なのにちょっと邪悪な表情かおしやがって。でもなんとなくわかるぞ。表情で煽って思い出した事をやって見せろって事だろ。


 「本気で戦ってみたいのか?」

 「ただの興味本位だけどそれ良いな。わかるだろ? 自分の限界を知りたいって気持ち」

 「……たしかにログハウスで生活するようになって、モンスターなんてものがいて、でも死ぬか生きるかなんて気になったのはあんまりないよな。それに万全の時に全力を出した事なんてほとんどないかもしれないな」

 「だろ? いつもなら色々気にする事が多いしな。でも今は俺たちしかいない。それにこの空間、もし死んでもしばらくは死にきれない気がする」

 「完全に死ぬ前に【不可逆の改竄】で治せるって?」

 「治すっていうか……戻すの方が正しいけど、まぁ同じ事だな」

 「ふ〜ん。なるほど、なっ!」


 それから互いに不意の居合、二つの刃が斜めに十字をつくり、抜留ぬきどめのまま弾き合って距離が空く。【ルクス・マグナ】も【アーク・マグナ】さえも同じタイミングで放ち防ぎ合い打ち消し合う。一方が何かをすればもう一方も同じ事をしていて完全に均衡を保っている、客観で見ればそう見えるだろうな。でもわかる。もう終わりだ。終わってしまう。


 「……あっ?」


 どちらの声かわかっていない。きっと今の俺はこちらを見る自分と同じ顔をしているんだろうな。


 気付けば片方の脚が消えていてバランスを崩したようだ。

 特大の【アーク・マグナ】を使ってみようと思ったんだけどな。時間切れか。思ってたより早い。そういえば対峙してるだけで吸われてたな。

 まだ全身全霊ではなかったよな。これからだってのに……俺は今どっちだ?

 放った攻撃は腕輪に吸収され、その際に記憶も徐々に戻っていったな。やっぱ仮説は合ってたな。でもまぁ、どっちの俺として考えてるのかも曖昧になるんだな。不思議な感じだ。

 ともかくこれならどっちが消えるわけでも無さそうだ。そういえば……菲菲の母親探し忘れてたな。

 小夜にお揃いのコートも作らなきゃな。

 そうだ、良いこと思いついたぞ。ここから外に出ても出来るかわからないけどやってみる価値は——


………

……


 「マスター? 起きてください」


 エアリスの声が聴こえる。って事は夢か。じゃあ二度寝を……


 「仕方ありません。せっかく実体化しているのですから、初めての生身で……」

 「起きてるから」

 「おや、案外と早いお目覚めでしたね」


 夢じゃなかった。そりゃそうか。アークにいたはずで、エアリスは実体化していた。


 「どのくらい寝てた?」

 「数分程度かと」

 「俺は?」

 「もう一人のマスターならば既に合一を果たしているかと。その副産物でしょうか、マスターの存在力が倍ほどに膨れ上がっています」


 存在力が倍と言われても実感はないな。手を握ったり開いたりしても何もおかしなことはない。

 ふと周囲を見回してみると俺とエアリスしかいない事に気が付いた。


 「ところでクロノスは?」

 「それが……」


 まさか消えたのか? せっかく良い事思いついたのに。フェリシアにとって大事な人だろうしな。


 「ワタシが取り込みました」

 「……はい?」

 「マスターたちに感化されたようで『私も私もー』といったノリで戯れてきまして。あ、何ひとつ壊してはいませんので心配はいりません。ところでマスターは白夢での事を忘れてしまったようですが、ワタシは断片的に憶えています。それによるとワタシとあのクロノスは同じ存在を元にしていて……」


 エアリスとクロノス。そっくりな二人の共通点は……終末の意志・オメガか。

 そういえばクロノスは特別って言ってたな。若干その記憶が残ってるけど、もしかしてエアリスも同じ? 思い返してみればそんな話をした事があったような。ならエアリスって本当は器を必要としなかったりするんだろうか。じゃあ賢者の石を使った器を欲しがってたのは不自由無い実体になれるとは思ってなかったからか? まさかオメガの意思が影響してたなんてことは……ま、考えても仕方ない。


 「オメガは?」

 「オメガ因子はこの空間からヒントを得ましてマスターの中に虚数空間を作成しました。そこへクロノスと分離せず隔離しています。それだけでは不安ですのでここから出ると同時にアークを取り込もうかと。その空間ですが白夢にちなんで“黒夢”と名付けました。それが可能になったのはマスターの存在力が増え所謂“昇格”した事。そしてワタシもどうやらマスターと同じ“超越種”と呼べる存在になった……気がするからです」


 気がするのか。それにしても新情報満載だな。そういえばオメガを隔離するのはリスクがあるみたいな事言ってなかったっけ? 今ならどうなんだ?


 「あの時点であれば明らかな問題がありましたが、存在の器が大きくなった現在においては問題ないかと。それと先程健康診断を兼ねてこっそり覗いたところ、マスターの能力は進化しているようです」

 「成長止まってたはずだよな」

 「はい。ですがおおよそマスター二人分になったのですから、限界など超越出来るかと。そしてマスターの能力ですが、もはや【神言】と言って差し支えないかと」

 「まるで神様の言葉みたいじゃないか。宗教によっては差し支えそう」

 「問題ありません。ワタシにとってマスターは神にも等しい、むしろ神そのものですので」


 まぁいいか。エアリスが言うには数分寝ていただけみたいだけど一晩ぐっすり眠った気分だ。みんなは先に戻っているはずだし俺たちも早くログハウスに帰ろう。

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