第214話 混線


 ゲートを抜けたかと思えば男女が入り乱れ争っているところに出てしまった。女性が一人倒れていて、その女性を守るように三人の女性が物語に出てきそうな旅装の男と対峙している。少し離れた場所でも忍者のような格好をした男が小柄な女性を庇っているのだろう、涎を撒き散らす十人以上の男たちと戦っている。警察案件か……? スマホを見た途端電源が切れた。満タンだったはずなのにな。替え時だろうか。それはそうとここはどこなんだ。それに何してんだあの人たち。


 「何この状況。ってか俺は何でこんなところに?」


 独り言に反応するかのように背後から困惑するような声が聞こえる。

 後ろに誰かいるのか!?


 「誰だあんたら……」


 振り向けば微笑む変な髪色の女性、その手を握る見た目が派手な少女。親子だろうか? それとどこかで会った気がする女性、その人とお揃いに見える最近流行りの探検者服姿の女性がいて、最後の一人は体のラインにぴったりとフィットしたライダースーツ姿の女性だ。実に良い。

 それはそうと、目的があったはずだ。そう、確か……


 「まぁいいや。とりあえず俺、人探しに来たと思うんだけどー、それっぽい人見かけませんでしたかー?」


 争っている人たちに向き直り声を掛けるが返事がない。なんだか必死っぽいなー。お取り込み中みたいだし邪魔するのも悪いか。

 振り向くと戸惑いの視線に晒されていた。


 「悠人ちゃん何言ってるの?」


 他の人たちも同じような感じで……あ、あれ? なんで名前知ってんの?


 ーー マスター、最新のボケですか? 今は冗談を言っている場合ではありませんよ? 見てわかりませんか? アホですか? 空気読んでください ーー


 おう!? びっくりさせんなよエアリス。ってかそんな風に話せたのか? じゃあやっぱり“昨日のは”夢じゃなかったんだな……つかいきなり罵倒するとかひどくね。俺のハートはガラスで出来てんだぞ。


 ーー 本当にどうしたのです? ……はっ!? まさかアークの影響で!? いえ……なにか変ですね ーー


 何言ってんだろうな。わけわからん。説明求む。

 “思い出せ”


 ーー それはワタシのセリフです。とにかく“香織様”を助けましょう ーー


 うん? その香織様ってのを探しに来たんだっけ? 今時“様”を付けるほどの相手ってどこかの偉すぎる人か? ……あれ? なんか変だな……

 “薄情なやつだな”


 ーー 今旅装の男と対峙している香織様を忘れてしまったのですか? ーー


 「……?」


 よく見る。よーく見る。

 ジッと睨むように見てしまい、さすがに争っていた人たちもこちらに気付いたようで、全ての視線が集まっている気がする。もちろん“香織”という女性からもだ。俺は今酷い格好をしているから第一印象は最悪だろうし……そんなに見つめられると緊張しちゃう、なんてな。実際はそれほど大きな事に感じず、あまり気にならないっていうか、エアリスが言うあの女性からなぜか目が離せなくてそれどころじゃない。なんだろう、あの瞳、唇、サラサラの髪……大きなお胸。芸能人? 俺の格好は変だけど、この気持ちは……恋かな?


 ーー どうです? 思い出しましたか? あの方はマスターの ーー


 「こ、好みだ……っ!」


 つい口に出してしまい慌てた心境だ。向こうにも聞こえていたらしく照れているっぽい。心得有りとわかる構えと強い意志を宿した瞳は凛々しく格好良かったけど……照れてる様子はかわいいな。もう好きになりそう。ところで、様付けするほどだからそれなりにお年寄りかと思っていたけどものすごく若い。何歳くらいだろう。まさか俺より歳上って事はないだろうな。むしろ若すぎてロリコン認定とか事案にされてしまいそうなくらいだ。つってもまぁそもそも初対面の女の子だし向こうにそんな気はないだろう。あの見た目偏差値だ、引く手数多だろうしな。

 でもなんで俺は人探しなんかを。そういう仕事か? はは〜ん、わかったぞ。俺が寝てる間にエアリスが勝手に体を使って依頼を……? うーん……なんか頭がぐちゃぐちゃする。


 ーー この欠落はまさか……ではワタシも……? ーー


 えっと……お互いなんだかわけわからん感じっぽいけどさ、どうすりゃいいのこれ。こんなに注目されるの、大学の小論文発表会以来なんだけど。


 旅装の男と半狂乱の男たちがこちらを敵と認識しているみたいで嫌な感じだ。さすがに全員から一斉にボコられるって事はないよな? ってかボコられる程度で済まなそうだぞ……当たり前に刃物持ってるし。

 追い詰められていた他の人たちはなぜか安心したような気の抜けた表情をしているし、どーせ俺に敵対心ヘイトが向いてラッキーとか思ってるんだろ。

 “睨んだせいで漏れた超越者の覇気に反応しているのか?”


 よーし、逃げるか。走って逃げて隠れれば何とか撒けるんじゃないか? 確かステータスの調整をエアリスにしてもらったし。その後は誰かに頼んで警察に電話……倒れてる人いたし救急車もか。いや、あいつらにも同じような事が起きてたらどうするよ? だとしたら詰んでるんだが。

 “今更だな。これまでも一歩間違えれば何度も詰んでたろ”


 ーー なるほど……心配ありません。マスターは殴る蹴るだけでも突破可能です。武器も腰に立派な刀がありますし、能力【真言】もあります ーー


 殴る蹴るって……ステータスを調整したっていっても最近ネトゲばっかりして筋トレもサボってたのにいけるわけが……って武器? 刀? それに能力って【言霊】とか言ってなかったか?


 ーー 進化したのです ーー


 へー昨日の今日で進化ね、まだできないって言ってた気がするけどそんな事より人に出くわすってわかってたら服装を良い方向に進化させ……あれ? されてるな。俺の記憶が正しければカビ臭いスキーウェアを着てたと思ったんだが……安全メットも被ってないし普通の服着てるな。でも見た事ないぞこんな服。まるで街中に普通にいそうな服装じゃないか。それと腰に刀……うーわ! なにこれご立派な長刀。道場に通ってた経験を生かして居合……をするには少し長いか? でも抜く瞬間に鞘を後ろに引くようにすればいけるか。……いやいやいや! そもそも人に刀を向けるのはダメだろう!? 師範せんせいだって言ってたじゃんか。『居合の刃は己の迷いを断ち斬るもの也』って。

 “こうも言ってたな。『守りたい者を守るために強さはある』って”


 ーー では殴る蹴るでなんとかしなければなりませんね ーー


 はい、そうですね……ってアホか! 人数差がありすぎだっての!

 “モンスターになら容赦はいらないんだけどな”


 ーー ですがワスプアントの進化個体を倒したではありませんか。あの個体はそこの者たちよりも強かったのですよ ーー


 ほほぉ。じゃあ行けるか。武器もあるしな! あれ? 旅装の覆面男は?


 ーー そちらはワスプアント百匹分以上でしょう ーー


 なにその無理ゲー。詰んだな。……さて、無駄に人同士で争っても仕方ないし帰ろうぜ。

 “逃げるのも時には大事だろうけどさ”


 ーー 後ろの方々はどうするのです? マスターが逃げ出せば、女性としてはずかしめられるかもしれませんよ? ほら、ケダモノのような眼をしていますし? いいのですか? ミジンコ程度すら自己犠牲の精神がないのですか? そんな事では好みの女性とお近付きにすらなれませんが? ヘタレですか? ーー


 おうおうあおってくるじゃんか。そんなにボコられるとこが見たいのかよ。

 “近頃じゃ敗北を知りたいくらい負け無しだろ、香織以外には”


 「ゆ、悠人ちゃん……」


 不意に派手な見た目をした少女が服を摘む。不安気なその碧瞳へきどうに見つめられ、吸い込まれるような感覚があった。なんだろう。庇護欲ひごよく的なものを煽ってくるだな。

 “まったく……フェリは時々こうやって見てくるんだよな”


 「クソッ! やりゃいいんだろ!」


 ーー それでこそワタシのマスターです。ではあの男は少しの間ワタシが相手をいたしましょう。まだ試した事はありませんでしたが良い機会です ーー


 —— 名をお呼びください


 『エアリス……来い』


 なぜ素直に聞き入れたかはわからない。でも俺は、そうすることに何も躊躇ちゅうちょはなく違和感も無かった。


 隣に現れた薄衣うすぎぬまとっただけに見える女性は一瞬後ろにいた女性が瞬間移動でもして来たかと思う程にそっくりだった。振り返って見れば女性は依然微笑を浮かべたまま同じところに立っている。エアリスは同じ金糸きんしのような髪だがよく見ると毛先に向かう色が違って赤っぽい。こんなだったっけ? なんて思ったが初めて見るはずだよな。なんだか記憶がごちゃごちゃしてるけど……まぁいいや。


 「エアリス……だよな?」

 「はい」


 返事をするなり抱きついてきたエアリスは「嗚呼! 自ら顕現けんげんするよりも感覚が鋭敏えいびんに!」や「はあはあマスターの匂いまではっきりと……汗のにほひ」などと余計な事まで供述しており、最後に首筋に濡れたものが這う感覚にゾクリとした。


 「離れろっての! ったく、せっかくの美人が台無しだろ! 反省しろ!」

 「あらマスターったら絶世の美女だなんて! 知っていますのでご安心を」


 ダメだこいつ。早くなんとかしないと……

 “まぁなんとかしようとしても無駄なんだけどな”


 「ではマスターはあちらを。闇の住人、ダークストーカーの因子に犯されているようですので、少々強めくらいが丁度良いかと」

 「ダークスト……なに?」


 返事の代わりに深い嘆息を残していったエアリスは、いつの間にか持っていた抜身の刀を旅装の男に向けて振るう。空気を斬り裂く何かが男の顔を掠めたようで、斬り裂かれた覆面の隙間からは傷が覗いていた。

 “できるだろ、あれくらい”


 おそらく正気を保っているだろう人たちは困惑気味だったが、エアリスの行動から危険を察したんだろう、邪魔にならないよう距離を空けた。


 続けて周囲に炎をいくつも顕現させ投げつけるが、それは男に当たる前に消失した。

 “あれは……やろうと思えばできるけどログハウスは木製だし周辺は森だからなぁ”


 次は身長ほどもある幅広の剣を手にした。おそらく一瞬で刀と入れ換えたそれに何かを流し込むと、剣身が赤みを帯びたように見える。

 “なに驚いてる。いつもやってただろ”


 あーもうさっきからなんなんだよ。なんで初めて見るのに知ってるみたいに感じるんだ。


 エアリスは巨大な剣に電撃を纏わせ放つ。男が何か呟くと飛翔していった半月型の斬撃は跡形もなく消え去った。

 “あれも防ぐのか。やるなー、カイトは”


 エアリスの掌に光が現れた。それが放たれ男の肩口に穴を開け、辺りに焦げたにおいが広がる。二射目、届く前に消え去った。

 “対応早すぎだな。どうやって消してるんだ?”


 男がエアリスへと接近し、外套がいとうの下に隠れていた刀を振り抜く。しかしその刃は何かに弾かれエアリスに届かない。

 “撫子なでしこ桔梗ききょうなら斬れるんだけどな”


 細腕にも関わらず巨大な剣……そう、エリュシオンで振り払い男に距離を空けさせたエアリス。瞳が赤く光ったように感じたとき、見つめる先に球体の何かが発生した。

 “普通にボールライトニングとかでもいいと思うんだけど気に入らないみたいだったな。決まるまでみんなにも秘密って言われてたのに使うって事は……”


 「これはどうでしょう。【アーク・マグナ】」


 はっきりとした原因はわからないが、光る球体が空を飛んだりする事例がある。それを球電、球雷なんて呼ぶんだが、それを人為的に作る実験なんかもされてたな。なんとなくそれと似たようなものな気がする。でも聞くところによるとかなり危険らしいんだが? それを作り出せるのもおかしいし人に向けるとかどうかしてるな。

 “この場所がアークっていうらしいけど、あのアークの意味はなんだろうな。色が変化しながら飛んでいくし、虹ってとこかね。いや、それ以外にもつづりは違ったりするけどアークはあるか”


 男に直撃したかに見えた。


 「危険すぎる」

 「……便利な能力をお持ちのようですね」


 【アーク・マグナ】は男をすり抜け触れた地面を消し去りながら自らも消失していった。

 “あいつ無敵か?”


 さっきから頭の中がおかしい。いや、俺の頭がおかしいとかそういうわけじゃ……まぁどうでもいいか。せっかく世界にダンジョンなんてものが現れたんだ。頭おかしいくらいがなんだ。ってかおかしいくらいがちょうどいいんじゃね。


 「にしても……こっちはどうすりゃいいんだ」


 “エアリスが言った通り、殴れよ”


 涎を巻き散らしながら襲いかかる先頭の男を殴ると見事な放物線。

 自分で思っていた以上……それどころじゃないな。殴った相手が吹っ飛ぶって漫画とかアニメだろ。結構強めに殴っちゃったけど生きてるよな……?


 “次がくるぞ。そらキックだ”


 蹴る。上段からの回し蹴り、今度は地面を削るようにしながら吹き飛んでいた。

 殴った際の事をかんがみて少し軽めにしたつもりだった。なのに靴に引っ張られるように速度を増し、骨が砕けたような嫌な音がした。

 いやマジでさ、生きてるよな……?

 “サポート機能付きの靴ってただの凶器だよな。ほらまたくるぞ”


 殴る蹴る〜最低限の力を添えて〜

 “フランス料理かっての。まぁコース料理みたいに次々来るけどさ”


 「お、思ったより俺強くね……つか強すぎねーか……」


 まさかこの人数差で力加減に全力を注ぐことになるなんてな。

 “残りは三人同時か。銀刀を使えよ”


 自然と腰を落とす。久しぶりのようなそうでもないような感覚。そこから刀を抜き居合……っぶねぇ! 無理矢理刃を返さなかったら斬ってるとこだったわ。変な動かし方したせいで手首いてぇ。

 “後腐あとくされなくやっちまえばいいのに”


 斬る事は避けた。二の太刀が必要ないとわかる、いろいろ折れていそうな音がしていたけど……気のせいという事にしておこう。俺はできる限りの配慮をした。それに正当防衛……は厳しいかなぁ。過剰防衛かも。


 「時間稼ぎはできましたね。ではマスターの中に戻り……おや? 戻れませんね……」


 “俺が拒否してるからな”


 お前誰やねん。セルフツッコミみたいだけどなんかいるのはわかった。もっかい言うぞ。誰だおめぇ?


 “お前だよ、御影悠人”

 

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