第213話 時の魔女
……あの旅装の男は、そのうち会える気がしていた俺の幼馴染、
「……また
いつの間にか阿修羅は香織のハンマーを振りかぶっていた。投げられたならそれはカイトとレイナへと向かうだろう。【拒絶する不可侵の壁】で守ろうとするのを見越してか妨害するように薙刀・撫子が振るわれ、さらに【真言】を
……実は香織の能力がうまく働いて元に戻ってたり——
ーー していません ーー
俺には効かないはずの香織が使う【模倣・真言】はなぜか抵抗を意識しなければ
「させないよ!」
それを止めるべくフェリシアが躍り出る。武器は持っていないが回転するハンマーの
少し不機嫌そうな顔をしながらも「戻って」と地面にめり込んだハンマーを阿修羅の手に戻す。模倣なのに俺より自然に【真言】を使いこなしているような。
「どうすれば元の香織に戻ってくれるんだ……」
「何言ってるんです悠人さん。香織は香織ですよぉ」
「カイトは俺の友達なんだ。早く手当てしてやらないと……」
「悠人さんのお友達……? そうだったんですね……ごめんなさい悠人さん」
一瞬元の香織に戻ったのかと期待しその顔を見る。でも香織は戻ったわけではなかった。眉尻は下がっているのに表情に見合った感情を一切感じない。
「それなら他の男たちみたいに、苦しまないよう一思いに殺してあげるべきでしたね」
香織に触れている事でエアリスは看破する。でもそれはいつものようにはっきりしたものではなく、内容も最悪だ。
ーー 自ら望んで阿修羅を降した事で香織様の能力が効果を発揮しなかったのでしょうか。それとも馴染む、慣れる方に働いている可能性も。そうであれば残念ながら…… ーー
諦めたようなエアリスに苛立ちを覚える。エアリスは無理に思える事だって平気でやって来ただろう。俺が望むなら知恵を貸してくれただろう。なのにどうしてだ。
自分が何も思いつきすらしないくせにエアリスに
「でもこんなに強く抱きしめてくれるなんて……あっ良い事思いつきました! 胸が高鳴っているうちに悠人さんを殺して香織だけの悠人さんにしちゃいます。心配しないでください。香織も一緒に逝きますから」
うっとりとした表情で俺の背に腕をまわし密着する香織。小さな背から生える阿修羅の腕が俺の頭上を越え背後へと向かい、握られた撫子の
「神でも仏でも誰でもいいからなんとかしてくれよ……!」
もちろんそれに応える神仏はいなかったが、応える者はいた。
「私がお手伝い致しましょう」
その声に香織とその背から生えた阿修羅は動きを止めた。……いや、違う。腕を回して動きを制限している香織の服越しに感じるはずの肌の感触はなく、服も凍りついたように硬いがしかし温度は感じない。フェリシアの手から滴る血は空中で
「時間が止まってる……?」
停止した時の中、思わず口にした俺にクロノスは微笑みを向けていた。
そうか、クロノスが時間を止めたのか。忘れていたが白夢でそんな魔法の存在を聞いた事が過り理解できた。
時間が止まっているのに見えるし動けるんだな。いるかもわからない時を超えられる存在なら別かもしれないが俺は普通の人間のはず、つまり術者の
「どうする、つもりだ……?」
「私は時の魔女。その
旅をしている夢、そこにいた女性を“時の魔女”と呼んでいた……はず。初めて知った感覚とは違う。一度思い出して忘れ、また思い出したような不思議な感覚だ。もしかすると
それにしても何の見返りもなく助けてくれるなんて、そんな都合の良い話はないだろうな。
「対価は……」
「記憶を。想いを。感情を。今の私では
記憶が代償なんて非現実的だ。でも非日常になったこの世界だ。だからこそ信じられるし、信じるしか、
「やる。必要なだけ持ってけ。だから香織を……」
「任せてちょうだい。あの人を感じる貴方の大切なものは“今度こそ”私が守らせてあげる」
堅い話し方をするかと思えば突然崩したように話す。もしかするとこっちが本来のクロノスに近いんだろうか。あの人ってのは夢の中で俺が視点を借りていた男の事だろうな。その夢の中で明るく話すクロノスの楽しそうな雰囲気を思い出し……少しだけ気が軽くなった。そういえばメシはゲロマズだったな。
それでも不安は湧いてくる。なのにそれは
「クロノスさんは、お礼は何がいいんだ?」
「そうね……いろいろ候補はあるけど、いらないわ。恩返しされたとでも思ってちょうだい」
「恩返し? 恩なんて売った覚えはないのに、最近よく聞くなぁ」
「私がこうやって一時的に“クロノス”の断片を取り戻せたのも、アルファとあの子にまた会えたのも貴方のおかげなの。感謝しているわ。だけどもし覚えていたなら……私の事は捨て置いて。でも私の代わりに、私のあの人を探してちょうだい。きっと全ての謎が解けるわ。そうそう、あの子達の兄妹も探してあげて欲しいわね。あと……」
よくわからないが恩を売っていたらしい。それにしてもお礼はいらないとか言っておいて要求が多いな。でもそれを憶えておこうと脳細胞をフル稼働させた。『私のあの人』は夢で俺が視点を借りていた男だろうか。探すにも心当たりなんて全く無い。皆無だ。『あの子』ってのは銀刀の中にいるベータのことだろうか。話してる様子は無かったしベータが起きている感じもないけどわかるのかもな。
それが終わると次は夢で見た世界の話だ。さすがにこれはと思ったが『憶えておいて』と青い瞳を向けてくる。恩人になるだろう人の生涯の記憶話だ、嫌ですとは言えないよな。目を閉じるように言われ従うと意識以外俺の時間も止まる。一度解除され体の時間が止まっているのに記憶出来ている事を確認したクロノスは「やっぱりこの空間は」なんて言いながら再び俺の時間を止め今度こそ語り出した。
語られたのは何度も繰り返される
魔法という現象を引き起こすには強い意志と原理についての知識がある程度必要らしい。でもそれだけでは足りずその現象との相性があって、それを日本語で言えば“資質”なんて呼称したのだとか。対価は決まってはいないが、大抵のモノは対価となり得る。資質や意志の強さ、代償によっては外に干渉、他者に強要する事もでき、その世界の最期はそれだった。いや、それ以前に終わっていたとも言える長い、永い話だ。
止まった時は動かない。まるで動き出す許可を待つかのように。
ありったけの記憶を吐き出すような語りにもやがて終幕が訪れる。どのくらいの時間が経ったのか、そんな感覚は既になかった。
「此処なら向こうの法則が強く働いてもいいと思うのだけど」
向こうの法則?
声に出せない疑問に答えは返って来なかった。
知らない言葉、知らない音でクロノスは何かを紡いでいく。それを聴きながら夢で見た光景を思い出していた。旅をする二人の頬を撫でる風は優しい。遠くの空が燃えたならば
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