第211話 迷いの草原
「眩しっ! うわっ落ちる……っ!」
ーー ッ!! いいえ、落ちません。皆様も落ちません。既にその足は地を捉えています ーー
ゲートを抜けた直後地面が消えたように感じたのに、エアリスがそう言ったと思えば地面に立っていた。しかも周囲は明るい。まるで昼間の草原みたいだ。みんなも同じ事を思っていたようで表情に困惑が窺えた。
「なんだったんだ、今の感じ」
ーー 白夢でのマスターの記憶によると、“アーク”と判断しました。白夢と呼ぶあの空間と性質が似ています ーー
「アーク……ノアの
ーー 想定より早いような……。マスター、白夢という言葉だけは覚えていてください。良いですか? “
何かが頭からすっぽり抜け落ちたような感覚だ。隣を見るとあら美人……じゃなくて、目を覚ましたらフェリシアと抱き合っていた人がこちらを見ている。名前は……クロノスだったはずだ。顕現したエアリスと瓜二つだが雰囲気は違っていて、どこかで見たような感覚がある。
「実は私、その白夢にいたのですよ」
「え、マジか……」
言われてみれば知ってたような気がしなくもない。クロノスは何がおかしいのか、口元を手で隠してクスクスと笑っている。もしかして揶揄われたんだろうか。
「悠人ちゃん、白夢って何の事?」
「前に旅の夢を見るって話したろ? それとは別の夢も見たりするんだけど、そっちの夢の事……だったような?」
ーー それよりも香織様の元へ急ぎましょう。マスターが白夢を忘れてしまえばワタシの記憶も曖昧なものとなるかもしれません。現にここへ入った瞬間から綻びを感じています ーー
「そ、そうだな。そう言えばそうだった」
なんだか
「【神眼】は……ダメか」
「み、御影つぁん! ……御影さん!」
そういえばレイナと組んでるアリサ、話した事なかったな。言い間違いは誰にでもあるし時間も惜しい。ツッコミは無しだ。
「あっちな気がします!」
アリサが指差す方向は一見何も見当たらないただの草原だ。でもよく見ると真新しい足跡だろうか、数人が争ったかのように荒れている。
「アリサって勘が鋭いみたいなのよ。玖内君がいなくなったのは誘拐かもしれないって気付いたのもアリサなのよ。お手柄ね」
さくらが言い、アリサは照れていた。そういえば杏奈とタイプが似ている気がするし、勘が働くところも似通っている。こういう活発なタイプの女性は野生の勘というかそういうものが備わってるんだろうか。
「じゃあそっちに向かってみよう。さくら、馬は……」
「……ダメみたいね。『嫌じゃもん!』って。なんだか拒否されてるみたいでお姉さん悲しいわぁ」
ここは制限が厳しいな。でもそうも言ってられないか。
さくらから聞いた話によると玖内と思しき男が目撃された時、他に六名いたようだ。その中に普段着姿、小柄の女性が一人。おそらくケモミミ団の紅一点、綾乃さんだろう。彼女は玖内と幼馴染で双方が意識し合っているようだった。でも玖内にそれっぽく話を振ってみても付き合ってるって話は聞かなかったんだよな。ともかく玖内は綾乃さんを守ろうとするだろう。香織たちもそうするはずで、でも複数の足跡があるここには誰もいない。つまり移動しながら、守りながら戦っているかもしれず、足は遅いだろう。
ーー 既に連れ去られた後に草原の一部がこちらへと連れ去られたとは考えないのですか? ーー
「いや、みんなここにいる気がする」
ーー 根拠は? ーー
「勘だけど」
「私の勘もそう言ってますよ!」
エアリスの声はレイナとアリサには聴こえていないから、急に独り言を話し出す変なやつに見えてないか不安だったりするけど……まぁいいか。勘が鋭いらしいアリサが同意してくれるなら心強いな。相変わらず根拠にはならないけど。
それで、エアリスはここにみんながいないと思っているんだろうか。
ーー ワタシも信じていますよ。皆様がそう簡単に
もしかするとエアリスにも不安や心配があるのかもな。魔王の一件の際も俺に“主人公補整”を付与、なんてわけのわからん試みをしてたし。あの時と一緒で何かに縋りたい感情が伝わって来ている。それくらいここに異常を感じているのかもしれない。
「大丈夫だ」
ーー ……はい ーー
アリサが指差した方角へ向けて進んで行くと周囲に霧が立ち込める。それでも進むと突然霧が晴れ、また同じような足跡と見覚えのある二つに“切断された”金属製の棒が落ちていた。
「これって……」
さくらはその先を言葉にする事を拒むように手で口を覆っている。フェリシアも信じられないとばかりに目を丸くする。
「御影さん……?」
「あ、あぁ……」
レイナの声に反応した自分の声を聞き、俺も動揺していた事を知る。でもそれも仕方ない。だってこれはそう簡単に折れるようにはできていない。ましてや断面が鏡のように切断されるなんてあり得ない物だからだ。
「エリュシオンとだって打ち合えるくらい頑丈なはずだぞ……」
【魔法少女】という能力によって魔法を使う際の触媒の役目を持ち、それでいて20層草原にいる亀を甲羅ごと殴り倒せるよう設計されている。ミスリルや桜鋼、リキッドメタルαを素材にエアリスが作ったログハウス最強の鈍器……
「悠里の長杖だ……」
断面を撫でると表面が脆くなっていたのか指に粉末が付く。製作過程で何かミスがあったのかと思ったが、そんなわけはない。エアリスによると付着した粉末は桜鋼の成分に似ているらしく、最も多いはずのミスリルだけが全く無いようだ。
ーー おかしいですね。桜鋼自体がミスリルの成分を多く含んでいるはずです。それが全く無いとなると…… ーー
ここだけミスリルが消された? あり得るか?
ーー 無いとは言い切れません ーー
もしそうだとするなら、今香織たちはそういう相手と戦っている事になる。早く見つけないと……
「御影さん! 次はあっちな気がします!」
アリサの指差す方向へはよく観察しなければわからない程度の足跡がある……でもその向きはアリサの勘が示す方向とは少しズレている。
「よく見ると足跡があるけど、そっちとは向きが少しズレてるんだよ」
「う〜ん……でもこっちで間違い無いと思うんです!」
自信はあるみたいだけどなぁ。
「御影さん、アリサの勘よく当たるんです」
レイナはアリサの勘を信じてるみたいだ。まぁ立ち止まってる時間が惜しいし、とにかく進むか。
「わかった。信じるよ」
「やったぁ! これで見つけられたらご褒美に武器作ってもらえたりして!」
「ちょっとアリサ……今そんな事言ってる場合じゃ」
「いや、良いんだ」
なかなかちゃっかりしてるなぁ。でもなんだか少し気が軽くなった気がする。
「本当に見つかったら欲しいもの何でも言ってみてくれ」
「ほんとですか!? レイナのも!?」
「えっ!? 私はアリサみたいに図々しくないから……」
「レイナも欲しいものある?」
「い、良いんですか!?」
「もちろん」
「いよーっし! アリサさんの勘が火を吹いちゃうぞ〜!」
火を吹くより冴え渡って欲しいけどまぁいいか。とにかく早く行こう。
それから何度か突然の霧に包まれながら移動を繰り返す。霧を抜けるとアリサの勘は違う方向を訴えるようで、いつの間にか足跡は見当たらなくなっていた。
それからまた霧に包まれそれが晴れると、酷く踏み荒らされた場所に行き着く。
ーー なるほど。皆様は迂回してここへやってきたようですね。空間の繋ぎ目がデタラメで、まるで迷いの森……いえ、草原でしょうか ーー
じゃあ俺たちは迷いの草原を迂回せずに最短ルートを辿ったかもしれないのか。アリサの勘、すごいな。
「近いかも……! この先からビンビン感じますよ! バリサンです!」
「バリサンて……」
古いな、とは言うまい。今でこそスマホが主流だがその前はガラケーと呼ばれる携帯端末が主流だった。当時のディスプレイにも電波状況の表示があって、最良の状態ならアンテナが三本立っているように見えた事からそう言われていた。まぁ俺はほとんど使ったことはなくすぐにスマホが登場した事で切り替わったが。
あれ? アリサの年齢って……
ーー 女性の年齢を詮索してはなりません ーー
するとどうなる?
ーー デリカシー無し
よしこの話は終わりだ。
今度は足跡の向かう方向と同じだ。俺もアリサの直感を聞くまでもなく大きな気配を感じていて、フェリシアも何か感じ取っている事がその表情からわかる。でもそれは他のみんなにはわからない感覚のようだ。
「これが最後の霧だといいな」
霧が晴れる。そこに香織の姿はなかったが、倒れた男とその傍らで泣いている小柄な女性がいた。
「玖内!」
「み……御影……さん」
服はどこも破れてはいないようだが満身創痍といった様子。玖内の腕を抱えるようにした女性が「ごめんなさい」と繰り返している。
「香織は……みんなは無事か?」
「わかり……ません。一人危険な男がいます。僕の能力も封じられてこのザマです……。そ、それと狂ったようにこっちを襲ってきていた男たちが突然香織さんに向かって行って……」
まず玖内の心配をするべきかもしれないが余裕がない。立てないほどの状態、星銀の指輪が使えないか使い切ったか。調べるのはすぐだがそれすら惜しい。なぜなら玖内の言う男の危険度が相当であることは玖内を見ればわかるからだ。でもこのまま何もしないのもな。
「……よし、少しは楽になったかな」
呼吸が苦しそうだった玖内の胸に手を置き問い掛けると頷きが返ってくる。
「あとはさくら、頼める?」
「ええ、任されたわ」
「うわっ、これ折れてますよ!? 私手当てしましょうか?」
「じゃあ頼んでいいかな?」
「任せてください! レイナと組むまでは怪我ばかりしてたんで慣れてますから」
今召喚はできないみたいだけど、護衛として龍神か
「そうだ、アリサ。どっちにいけばいいと思う?」
「あっちにいると思います! たぶん最後です!」
「わかった。助かったよ、ありがとう」
足跡の向かう先と同じ大きな気配を感じる方をアリサは指差した。闇雲に進んでも目的地へ素直に辿り着けないらしいこの場所で、進む方向を直感できるアリサのお墨付きなら間違いない。そう信じる事にした。
「気を付けるのよ、悠人君」
「ああ。行ってくる」
フェリシアとクロノス、そしてレイナと共に進み最後の霧に包まれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「さくらさん」
「なにかしら? アリサ」
「さっきの御影さん、歴戦の探検者みたいでかっこよかったですね……! 『ああ……行ってくるぜ……!』って!」
「うふふ。少し歪曲されてるけれど、実際に歴戦の探検者よ?」
「ですよね。御影さんは仕事の時も探検者の時も格好良いんですよ……ぐっ……ゲホッ」
「怪我人は黙って治療されてなさい!」
「アリサの言う通りよ〜? あと、お仕事はジビエハンターの事よね? 玖内君?」
「えっ? あっはい、最強のジビエハンターですよね……ハハハ……」
「道景君がすみませんすみません……」
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