第201話 ととと友達

 空を翔る龍神の背上、能力を使い低減させながらも残るわずかな風にコートの裾を揺らし、周囲に【神眼】を向けていた。


 「ところで悠人ちゃん」

 「どしたフェリ?」


 結局クロと小夜の希望もあってダークストーカーを片っ端から倒していった。【神眼】で捉えることができた最後の一体へ向け龍神の背に揺られているとフェリシアが話しかけてくる。もうそろそろ夕方と言える時間だしこの仙郷ダンジョンも少し暗くなってきたから帰りたくなったかな。


 「小夜のゲートで移動すれば早いんじゃないかな?」


 そっちか。フェリシアの言う事は尤もなんだけどな。


 「小夜のゲートって人数が増えるとエッセンスの消耗が増えるみたいなんだよ」

 「へぇ。わかるんだね?」

 「まだはっきりとは見えてないけど【神眼】で見えるようになってきたんだよな、エッセンスの流れっていうかそういうのがさ。そういえば悠里もわかるみたいだけどこんな風に見えてんのかな」


 小夜の保有エッセンスはいつも一人で地上とログハウスを行き来していた時とは明かに違うとわかるほどに減っている。フェリシアが言うような乱用をしていたなら、もう帰る分すら残っていなかったと思えるほどだ。エッセンスはチビと同じようにダンジョン内で休んでいれば自然と取り込まれるらしいけど少し時間がかかる。だから万が一を考えるとな。星銀の指輪による転移では外部と行き来できないみたいだし、それは特定の場所へと瞬時に移動できる転移の珠も同じだろう。つまり帰る時は小夜のゲートが頼りだ。


 「悠人しゃんが望むなら気合でなんとかするの」


 そうは言うが小夜は少し元気がないように見える。小夜の肉体は俺の血とエテメン・アンキの住人の血、他にもいろいろな素材とエアリスという存在が揃ったおかげでようやく出来た賢者の石を材料にしていて、俺たち人間とは違いエッセンスを腕輪無しで保有できる。それってつまりエッセンスとの親和性っていうか、むしろ体の一部がエッセンスみたいなものかもしれない。エアリスならわかるかもしれないがまた反応がなくなってるんだよな。こんなに長い時間反応がないのは初めてかもしれず、いい加減心配だしなんだか不安になってくる。でもみんなには心配を掛けたくはないから悟られないようにしないとな。


 「無理しなくていいから。あっ、でも帰りはまた頼むな?」

 「大船に乗ったつもりで任せるといいの」

 「……何か欲しいものはあるか?」

 「お礼はそのコートとオソロが嬉しいのよ」

 「じゃあ帰ったら作ってあげよう」

 「わあい! なの!」


 ここにくる前、ログハウスでは『大型宇宙船に乗ったつもりで』だった。でも今は『大船』にランクダウンしている事からエッセンスの使いすぎは良くないのかもな。

 小夜がそうならフェリシアも同じだろうか。それにクロも……龍神もか? チビとおはぎみたいなモンスター第二世代は同じだが、今のところチビの持つエッセンスが極端に減っているって事はない。でも何度も【メギド】を使ってもらっているし、もしかすると無理させてるかもしれないな。

 一方の俺たち人間は極微量ながら常に腕輪がエッセンスを吸収していて、モンスターの死骸ごとエッセンスを吸収する事もできる。腕輪にはエッセンスを保有する事ができ、腕輪を介してエッセンスが身体に影響を与え、エッセンスの漂うダンジョンではステータスや能力として発現している。地上ではほとんど普通の人間と変わらなくなり、しかしそれらには個人差があるみたいだ。俺の場合はエアリスが腕輪に干渉する事ができるため地上でもダンジョン内と変わらず強化された状態を百パーセント維持できる。まぁ地上でそんなのをずっと維持していたら腕輪のエッセンスがみるみる減っていくから常用はしないけどな。もしもエアリスの他に似たような存在がいたり、天然でそれをやってのけるやつがいないとは言い切れないけど、今のところ見つかっていない。


 「み、御影悠人、お前たちは一体なんなんだ……」


 クロや小夜の戦いぶりは自らが『超越者』である事を知っている菲菲をして信じられない光景だったかもな。自分よりも弱そうに見え、腕輪も付けていないクロは圧倒的な強さに映っただろうし。ちなみに小夜は見た目だけのダンジョン腕輪を付けていて、何の効果もないただの純ミスリル製だがその事を菲菲は知らない。


 「クロはなんていうか、実はこの龍神の親戚みたいなもんで……」


 雑な嘘を信じたらしい菲菲はクロを驚きの表情で見ている。ここに来てからのクロは翼と尻尾を出している事を気にした様子もなかったから、喫茶・ゆーとぴあへ遊びに行っている時も隠していなかったんだろうと思っていた。


 「いつもと違うから今日はそういうものになりきっているものとばかり……つまりこれは本当に……? クロクロ、触ってみていいかな?」

 「良いヨ!」


 腰に手をあて少し前屈みに、顔の横に持ってきた手は人差し指と中指でピースを作り、指の間から目を通してポーズを取っている。小夜のスマホが無遠慮なシャッター音を鳴らすのも気にせず、むしろ次々ポーズを変え写りにいっていた。不意にこちらへと突き出されたミニスカートが翻り、ちらりとデフォルメされたトカゲさんがこんにちは。ってか空を飛ぶ龍神の背中の上だってのに器用なやつだ。


 クロは頑張ればドラゴンらしさと言えるツノや翼、尻尾も隠せるようだが気を抜くと飛び出してしまう。ログハウスから出かける際、好奇の目で見られないようにと人前では隠すように言っていた。菲菲の様子から、クロはちゃんと頑張って隠していたんだな。普段が割とちゃらんぽらんな印象だからとはいえ疑ってすまんかったと思っている。


 「小夜は……自慢の妹……かな?」

 「ふふん。自慢されし妹君なの」

 「妹……なんだか私の常識が壊れていく音が聴こえる……」


 まぁな。俺も常識がだいぶ壊れてる気がするしわからんでもない。それでも普通の人間だっていう意識でいる……初めの頃は好奇心と、もしかすると自暴自棄に近いものもあったかもしれない。今では気持ち的には全く違っていると思うけど。

 ……ダンジョンなんてものが現れた世界での日常は、確実にそれまでとは違ったものに変わってきていたって事だな。今じゃ世界に宣戦布告した魔王様が妹だし。まったく、おかしなことになったもんだ。


 それにしてもクロと小夜は強かった。ダークストーカーと化した元人間に近付いたり噛みつかれたりすれば、その人までダークストーカーになってしまう場合があるようで少し心配だったが、二人は何も問題はなさそうだ。まぁ二人が人間じゃないからかもしれないけど。俺や菲菲は人間だけど、今のところ問題ないみたいだ。

 クロは腕だけを竜化させ、小夜は手に黒い光を纏わせダークストーカーと殴り合いをして制圧していた。痛がりなはずのクロは殴られても痛くないと痩せ我慢していて、一方の小夜は相手に触れさせもしない完勝だった。

 何度か助けに入ろうとするのを断ったクロだが、戦っている間に擦り傷がいくつもできていた。星銀の指輪を渡してあるのにその効果の一つ【不可逆の改竄】を使わず我慢しているクロ。『頑張ったな』と撫でてやるとタンコブになっているところに触れてしまい……その腫れはすっと引いていく。そこで思い出した俺は擦りむいている腕も撫でた。


 「ほぁ〜。なんかぁ、あったか〜い! キモチイ〜!」

 「ってか指輪使えばいいじゃんよ。瞬だぞ、瞬」

 「えー、なんかモッタイナイし」

 「クロにも勿体無い精神があったんだな……」

 「え、おにーちゃん的にはあーしってどんなヤツなワケ?」

 「目の前のご飯を遠慮無く食い尽くすタイプ」

 「正解!」


 それなら使えばいいのに、それでも使わないクロ。そういえば小夜も使ったところを見たことがない。勿体無い以外に二人には他の理由があるのかもしれないな。

 念のためフェリシアに消毒液とガーゼを保存袋から取り出して渡し、服の下などの目に見えない部分を擦りむいていたら処置してくれるよう頼んだ。服は破れていないがそれはエアリスによって強化された服だからだ。人化しているクロの肌は人間とそれほど変わらないため服は破れていなくても怪我をしているかもしれないからな。バイキンが入ったとしてもドラゴンのクロが重症化なんてするのかは知らないけど、念のためだ。


 「撫でてくれれば治るのにー」

 「いやさすがにそれはなんというか」

 「あーし人間じゃナイんだし、エンリョいらないヨ?」


 そう言われてもな……緊急時ってわけでもないしなんていうか困る。


 「やんごとなき事情があるんだよ、人間にはな」

 「やんごとー? なにごとー? ナンテネ! ふぁっ!? ……フェリ様そこシミルんですケドぉ」

 「ドラゴンも消毒液染みるんだな……」


 消毒されながら脱がされていくクロに背を向け、意識して傷に触れると治る効果が自分にも効けば良いのにと思った。

 ところで菲菲は黙っていてくれるだろうか。


 二人が参戦希望した理由は『おにーちゃんばっかりズルいし』とか『悠人しゃんの役に立つの』だ。黒銀の神竜の姿と魔王の姿は見られてはいないが、力の一端を見られてしまっている。


 「できればここで見た事は誰にも言わないで欲しいんだけど」

 「それは……村のみんなを解放してくれた恩もあるし、みんなとは……と、とと友達だから言わない!」


 友達か。フェリシアの事は人間だと思っているだろうけど、クロは人間とは違う。それを知っても友達と言ってくれる事がなんだか嬉しかった。小夜とはたぶん初めて会ったはずなのに菲菲は嫌な顔なんてひとつもしていない。俺に対してはなんとも微妙そうな顔を向けるけど。


 そういえば俺の友達は元気にしているだろうか。小学生の頃、いつの間にか引っ越してしまっていてそれ以来会っていないあいつは。なんて事を思いはしたがそれほど心配はしていない。全くもって根拠はないが、なぜだかそのうち会える気がする。その時を楽しみにしておこう。

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