第202話 猫がやる気を出したようです

 フェリシア、クロ、小夜の三人を友達と言ってくれた菲菲。俺は自然と口角が上がってしまうのを自覚する。


 「友達になってくれてありがとな」


 「か、勘違いするなよ!? 『みんな』とは言ったが御影悠人は友達じゃないんだからなっ! フェリフェリとクロクロはバイトの休憩時間に一緒におやつを食べる仲なんだからな!? サヤサヤは新しい友達だ! で、でももし——」

 「わかってるって。俺は信用されてないもんな」


 なぜか菲菲はムスッとした表情で俯いてしまった。途中で遮ったからだろうか。でもなぁ、言おうとしてる事は想像がつくからなぁ。


 「ねえ悠人ちゃん。話を途中で遮るのは損をするかもしれないよ?」

 「いや、だって『お前だけ仲間外れだ』なんて聞かなくてもわかるだろ。実際聞いたらどうでもよくても傷つくじゃんか」

 「はぁ、だから言ってるのにー」


 オーケー問題ない。そもそも俺は菲菲にとって暗殺対象なはずなのにまったく殺気を感じなくなっているし、少なくとも今はその気はないって事だろ。充分だ。念のために羽織った薄手の白いコートは襟を立てているし、そのコートもエアリスに手伝ってもらって作った特注品だ。今フェリシアが着ている服にあるエッセンスを流し込んで強化できる機能は無いが、いきなり殺意が再燃しても急所は守れるだろう。それはともかく。


 「さて、そろそろ最後の一体がみんなにも見えてくる頃だけど……」

 「にゃーもヤるにゃ!」

 「いやいや、おはぎには早いんじゃないか?」

 「にゃっふっふー。メルクリウス・O・サンダルフォンは、ルシファー・O・ルシルエルに進化したにゃ!」


 ドッキングしているおはぎの肉球が菲菲の顔面を襲う。しかしそれはぷにぷにと、ソフトオブソフティだろうから安心安全だ。


 「こ、こら子猫ちゃん、急にどうしっ……や、やめるんだ」

 「ヤるったらヤるにゃあー!」


 言い出したらきかないからな、ログハウスのお猫様は。とりあえず最後のダークストーカーに【拒絶する不可侵の壁】がこれまで通り通用するかを確認してからだな。大丈夫そうなら攻撃を防いでやって、好きなようにさせてみるか。っても大きさは普通の猫と同じくらいとはいえまだ子猫。引っ掻く以外に何ができるんだって感じだけどな。



 龍神は巨大なため早いうちから気付いていただろうダークストーカーだったが、両膝をつき両腕を天に向かって伸ばす祈りの姿勢、しかし首から上だけをぐりんと後ろに捻り、その空虚な眼窩(がんか)は間違いなくこちらに向けられていた。


 「じゃあまずは確認作業っと」


 少し遠くに降り立つ。地面が剥き出しの荒野に近い景色の中を歩いて進み、三十メートルほどだろうか。そこまで近付いたところでダークストーカーは立ち上がり、四肢の関節を反対に折り曲げる。そしてそのまま手に黒い槍のようなものをつくり出しこちらへ向けて投擲。空を飛んでいた一体が延々投げ続けて来ていたものと同じに見える。手を翳(かざ)し腕を横薙ぎに振るうと【拒絶する不可侵の壁】が意識した場所に展開され、黒い槍はそれに触れる以前に霧散した。壁に当たってすらいないのに消滅したのは……もしかしてミソロジー棒の効果乗ってね?

 試しにもう一度、投擲された槍に対し展開してみたが今度はしっかり壁に当たってから消滅した。さっきのはまぐれだろうか。でもそれならそれでアテにできないかもしれないことが分かったしまぁいいさ。


 俺の能力である【真言】によって作り出していたはずの見えない壁が、最近になってどうして言葉を発しなくとも発動するようになったのかは分からないが、便利だから問題無い。むしろ便利だから全部無言で発動できるようにならないだろうか……さすがに贅沢か。


 「槍は問題無いか。じゃあ本体はどうかな」


 続けて見えない壁で囲むよう意識しダークストーカーに向けた掌を握る。突然前にも後ろにも進めなくなり、腕を動かす事すらできなくなったと理解したダークストーカーは諦めたようにもがくのをやめた。

 少しの間【神眼】を使い観察する。しかし何も動きはなく、おそらく【拒絶する不可侵の壁】を突破できないだろうと結論付けた。

 これならいくら素早くトリッキーな動きをするとは言っても、【拒絶する不可侵の壁】を使っておはぎを守れるだろう。でもできれば心変わりしていて欲しいと思いつつ最終確認する。


 「おはぎ、本当にやるのか?」

 「ヤるにゃ!」

 「解除したら急に気色悪い動きで襲ってくるぞ? 本当にいいのか?」

 「飽きるほど見たにゃ! ヤるったらヤるにゃ!」


 おはぎは尻尾を立てシャーシャー言っている。

 まぁ、仕方ない。人間部分ならなんとかなるかもしれないけど、エッセンスが凝縮したようなコアや欠損を補うようにされている黒い部分には傷ひとつ付けられないだろうからおはぎが満足するまで付き合ってやるか。帰ってから延々噛み付いたり引っ掻いたりされるよりは良いからな……でもなるべく早く満足して欲しい。


 「わたしもちゃんと見てるから大丈夫なの」


 小夜は掌に、これまで見たこともないほど深い闇を湛え、パチパチと黒い電流のようなものが取り巻く小さな球体を作り出していた。


 御影小夜となった魔王様はとてもやさしいな。おそらく菲菲に見せ過ぎない範囲で全力を込めた【破局之暴君(ネロ・カタストロフ)】なんだろう。俺の眼にはそれでもやり過ぎに映っているけどな。その球体に恐怖を感じてしまっているくらいだし。で、帰りのゲートを開くためのエッセンスは……たぶんまだ余裕ありそうだな、よし。


 「あーしもぉ〜!」

 「ボクも危なくなったらなんとかするつもりだけど……いらないかな?」


 クロとフェリシアもおはぎには甘いな。フェリシアは『自分がやるまでもない』ように言うがこれまで感じた事のない種類の圧のようなものを放っているし、クロなんて瞳孔が黒竜の時みたいな縦長になってる。それに腕に加えて脚も竜化してるじゃないか。自分が殴り合ってた時より本気って……猫派だったりするのか?


 「安心してくれ。俺だけはずっと犬派でいるからな、チビ」

 「わふ?」


 あっ、犬じゃなくて狼だったな。まぁいい。


 「我も人化しておくかの。その方が小回りが利く」


 イルルさんは結構世話焼きな面があるから平常運転だな。でもなんか腕に白っぽいモヤモヤ纏わせてるんだが。


 今更だけど、なんだろうこの現実離れした光景。ヤバそうな奴らしかいねぇ。


 龍神は腕に白いのを纏わせるくらい元々できたのかも知れないけど、他の三人の様子は初めて見る。もしかしてログハウスに残ってるみんなも俺が知らないだけで色々できるようになってたりするんだろうか。ここ最近修行みたいな事を結構したと思ってはいたけど……そんなの俺だけなわけないよな。一般の探検者や自衛隊、他国の人たちだって強くなっているはずだ。うかうかしてらんないな。


 「御影悠人! 子猫ちゃんが危険な目にあってもいいのかっ!?」

 「怪我させるつもりはないから大丈夫だ。それにここにはログハウスの半分くらいの戦力が揃ってるからな」


 本音を言えばエアリスの助けを期待できない今、ものすごく不安だ。でもこういう時って強気で言ったほうが良いんじゃないかってな。あとは自分の反射神経と能力【真言】を信じるしかない。いざとなればみんなが頼りになるだろうけど、俺だけで済ませられるならそれが一番だ。でも古参ダークストーカーを相手におはぎの邪魔をせずにピンポイントで守るだけって、やっぱ不安だな。こんな時にエアリスが……いや、無いものねだりしても仕方ない。


 「よし、じゃあ頼むぞみんな!」

 「そこでみんなを頼るのが悠人ちゃんらしくて良いよね〜」

 「でもおにーちゃんって、だいたい一人でなんとかするケドねー」

 「わたしたちがいる時はわたしたちを頼ってくれる。悠人しゃんはかわいいお父……お兄様なの」

 「いろいろ言いたいことはあるけど……囲ってる壁、解除しますよー。気合入れてくださいねみなさん」

 「「「はーい」」」

 「うむ」


 俺たちの、乱入を覚悟した全力支援型観戦の幕が切って落とされた。

 

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