第186話 人類めんどくせーなの


 『御影悠人、お前は私の獲物よ!』


 突然何言ってんすかねこの娘っ子は。菲菲(フェイフェイ)の言葉はエアリスの翻訳によりしっかりと意味がわかる。意味はわかるのだが何を言ってるのかわかんねぇ。


 「何を言ってるんだ?」


 『ッ!? 私の国の言葉を……ッ!?』


 そういえば菲菲はエアリスの翻訳によって俺が地球上のほぼ全ての言語を聞いて話せる事を知らないんだったか。もちろんペルソナが俺だということも知らない。そして悠人として菲菲とまともに話した事もない。ということはつまり……どういうことだってばよ。

 困惑する俺にエアリスは『謎が解けました』そして伝えられた内容は俺が予想だにしないものだった。


 (—— つまりあれか? 菲菲はペルソナに惚れてて、俺はそのペルソナ、あと悠里とかログハウスの他のメンバー、喫茶・ゆーとぴあのスタッフたちを脅して傀儡(かいらい)にしてる、と。そんでそれから解放するために実は俺を殺そうとしてたの? 今までずっと?)


ーー はい。寝言や独り言による断片的な情報や不自然な動きに疑問を持っていましたが、先ほどの菲菲の言葉によってほぼ確信へと至りました。目的はクラン・ログハウスやエテメン・アンキを手中に収める事、場合によっては暗殺も手段のひとつだったのかと。そしてそれは上層部の命令でもあったのでしょう ーー


 なるほど。でも変なやつだな、ペルソナの時っていつも仮面つけてるから顔なんて見た事ないだろうに。それに声も変えているし、若干機械的というか合成音声感がある。だから菲菲はペルソナの中身、つまり俺をまったく知りもしないのに……惚れている……だと? やはり外見ではないって事だな。肌が見える部分なんてほとんど無い衣装に仮面までつけてるのがペルソナだっていうのに、俺の良い人オーラは隠しきれず駄々漏れていたのか……。


 『いいえ、不明な事柄を求める気持ちと混同し勘違いをしている可能性も否定できません』なんてエアリスが言う。まぁね、確かにペルソナは今や“調停者”なんて呼ぶやつがいるくらいだしな。ブランド品扱いってだけかもしれないし、それを無意識的に意識しての特別視って事もあるか。でもそんな事はどうでもいいんだよ。重要なのはそこじゃなくて、俺を殺そうとしてたって事。しかも上層部の命令っていう予想が当たりなら、世界一の人口を誇る国から狙われてたって事だろ、俺たち全員……っていうか俺だけか、みんなは被害者に見えてるらしいしな。うーん、いくらなんでもぞっとしないな。


 (そもそも目の前にいる俺がペルソナなんだよなー)


 ペルソナの正体は俺、という事を菲菲は知らないから生まれた誤解なんだろうが、どうするのが一番良いのか。エアリスに聞いてみても『罪な男ですね。さすがワタシのマスター』とか言うし。信じていたものを壊される事になるかもしれないと思い、玖内にも正体を明かしていないが、菲菲の場合は玖内に明かすよりもショックが大きいだろうな。もう面倒だし明かしてしまおうとなったとして、その事実が彼女にとっての真実かというとまた話は変わってくるのかもしれない。


ーー しかしクラン・ログハウス、影の支配者であるマスターを見破ったというのはなかなか慧眼かと ーー


 (慧眼っていうかただの勘違いだろ。大体影の支配者とかどういう冗談……冗談……)


 魔王の一件、そういえば総理たちも、ペルソナを動かすために俺に頼んだ形だったか。それで実際にペルソナを動かして解決した事になっているわけで……


ーー 心当たりがおありのようですね? マスターを多少なり知る者にとってログハウスの重鎮という認識ですからね ーー


 (やっぱ俺の立ち位置ってそういう?)


ーー そう見えてもおかしくはないでしょう。実際のところは別として ーー


 クランの事は実際のところ悠里に任せきりになっているし、俺がやっているのは裏方が多い。表に出るときは大抵ペルソナとして、だ。そうなるとあまり人前に出ない俺が怪しい動きをしていると思われても仕方ないのか。

 どうしたもんかな。誤解を解いておくべきか? でもそれだとペルソナが俺だってバレちゃうし、経緯を辿られて総理が関わってるって事がバレるのもまずいしなぁ。かといってペルソナが一番偉い立場だと言ってしまうと、それは菲菲にペルソナが嘘を言って利用しようとしていたという更なる誤解も招きかねない。彼女にとってペルソナは“御影悠人に操られている被害者”だからな。そもそも敵意の対象である俺が言って信じるのかというと、その時点ですでに疑問だけども。

 困っているのを悟ったらしいフェリシアは菲菲が理解できる言葉で流暢に話し始めた。フェリシアが日本語以外を話すのは初めて見る。それに驚きはしたが、考えてもみれば何もおかしい事はないんだよな。魔王の一件では20層全域に声を届けていて、それはそこにいた全人類にわかる言葉になっていたわけだし。


 「菲菲、ボクたちは君を助けに来たんだよ。そうだよね、悠人ちゃん?」


 それを肯定すると菲菲はワケがわからないと言った様子だった。この国の情報は上層部による命令で統制されていた事や、その他にも高度に政治的だったり大人の事情によって事態の把握が遅れた事もフェリシアは代わりに話してくれる。ついでにペルソナの頼みだという事も付け足された。


 『ペルソナ様がっ!? 私を助けろと!?』


 そうそう、そうなんだよ、ペルソナさんが言ってたんだよ〜。そんな感じで話を進めると菲菲はこちらに胡乱な(うろん)な目を向けながらも一応納得はしたらしい。それにさっきまでだだ漏れだった殺意のようなものも幾分マシになっている。

 『それならここの人たちも助けて』さすがにそれはな……面倒見きれないんだが。渋る俺に対し『だったら助けはいらない』それも困るなぁ。いやまぁ実際俺としては困らないんだけどな。むしろ新事実である“俺をぶっ殺したいマン”な菲菲はいない方が安心安全なんだが。


 「悠人しゃん、助けられるつもりがないやつを助ける必要なんてないの」


 悩む俺に小夜が背中を押すような事を言う。とはいえそれはそれで寝覚めが悪いというか。ここの人たちを見捨てるっていうのもそれなりに寝覚めの悪い事ではあるけど、ここから助け出したとしてその後どうするんだっていう。

 そんな事を思っていると、心を読んだのかどうかエアリスが菲菲たちには聴こえないよう配慮して意見する。


ーー 移住できる場所があれば問題ありませんね? カナダにこの国の者たちが住人のほとんどを占める街もあるようですので……いかがですか? ーー


 あー、あったなそういえば。でも手続きとかどうす……エアリスがなんとかできるか。御影家の戸籍を改竄して小夜を家族にしてしまうくらいだしな。

 それにしても真っ先に切り捨てそうなエアリスがそんな事を提案してくるなんてな。もしかするとそれだけ人類を理解したというか、人間的な考え方を取り入れたというか、そういう感じだろうか。悪い事ではないと思うし余計な事は言わず、菲菲へと向き直り聞き入れる事を伝える。


 「わかった。でもここの人たちだけだ。あとこの国からは出てもらうぞ。もうほぼ全土がダンジョン化してるから」


 渋々承諾した菲菲。他の人たちはむしろそれを歓迎していた。

 そうと決まればまずはここの人たちを小夜のゲートを使い喫茶・ゆーとぴあに送り、そこで待機していてもらおう。『電波状況が……』エアリスが言った事から察するに準備には時間がかかるだろうな。

 小夜については妹とだけ伝え詳しい事は何一つ言わない。というか菲菲だけでなく、喫茶・ゆーとぴあのスタッフにすら言っていないしもちろん総理たちにも言っていない。知っているのはログハウスの中でも玖内や子供達を除いた者と、チビやおはぎ、クロにフェリシアといった人外枠だ。


 「じゃあ悠人しゃん、行ってくるの」


 「うん、頼んだぞ小夜」


 「ねえ悠人しゃん」


 「なんだ?」


 「がんばってのちゅーは?」


 まったく。これが魔王だなんて誰が思うだろうか。衆人環視で恥ずかしさはあるが仕方ないか。

 小夜のおでこに軽く唇を当て頼りにしている事を伝えると、とても嬉しそうな顔をしてくれる。そんな良い顔を見れるなら恥をかいた甲斐があったかも。そう思っていると菲菲から殺気が。


 『御影悠人ぉ……お前、やっぱり香織だけじゃなかったのか!? 少し顔が良いからって……』


 いいえ、香織だけですがなにか? こいつは歳の離れた妹で……と言おうかと思ったが今の菲菲には何を言っても無駄に思え殺気は受け流しておいた。

 とりあえず他の人たちの事を小夜に任せると、ゲートを開き住民たちを連れていく。その間に戻ってきていた日本人の少年の父親も一緒に連れていきゲートが閉じた。

 ついさっきまで好戦的な気配だった老婆たちだったが、特に拒否するわけでもなく指示に従っていた。菲菲が住人たちに安心していいと言っていたからなのだろうが、菲菲は小夜のゲートを使ったことがなく、それどころか初対面のはずだ。つまり俺の信用は初対面の小夜に劣る、と。それはともかく老婆たちを見送り、しかし菲菲はまだここに残って俺に殺気をぶつけてきている。


 「菲菲……さんは行かなくてよかったのか?」


 その問いに返事はなく、殺意のこもった視線を突き刺してくる。

 どうすればいいやら……とりあえず困ったときのエアリスか。

 『ではこうしましょう』エアリスの指示に従いスマホを菲菲に渡すためにポケットから取り出すと、すぐに軽快な着信音が鳴り、それを通話状態にして菲菲に渡そうとする。菲菲は訝しむ様子を見せたが「ペルソナからだ」言って差し出すと慌てて受け取った。


 「はい……えっ!? ほんとにペルソナ様っ!?」


 エアリスの言っていた事とは、ペルソナのふりをしたエアリスがスマホを通して菲菲に話をするということだった。菲菲はおそらくスピーカーから聞こえるペルソナの声が俺に聞かれないようにこちらに対して半身の状態で通話をしている。しかしその内容は俺に筒抜けである。


 通話を終えた菲菲は殺したい相手である俺のスマホを自分の胸に抱くようにしている。余程嬉しかったみたいだな。でも信じられるか? そのペルソナ、偽者だったんだぜ?


 「菲菲さん、そろそろスマホ返してくれない?」


 そう言うと菲菲の表情が途端に険しいものとなり、こちらへ鋭い視線を向けたままスマホを放り投げた。まったく、落としたらどうするんだ。高いんだぞ。


 「ペルソナは何と?」


 『お前に言う義理はない!』


 はいはい。まぁわかるわかる。ノープロブレム、無問題、問題ナッシングだ。一応聞いてみただけで答えてくれるとは思ってなかったからな。それにその内容は全部知ってるんだよな。だってエアリスがペルソナとして話していた声はリアルタイムで俺に聞こえていたんだから。

 それにしてもエアリス、どうしたと言うんだろう。今日はやけにダンジョン化したこの国を気にしている。いや、その事自体をというよりも、人を助けようとしているように感じる。それは菲菲にペルソナとして話していた内容からも明らかだった。


 『御影悠人に協力して人々を助けてくれないか?』


 エアリスはペルソナの声でそんな事を言っていた。いつものエアリスであればそんな事は言わないと思うんだよな。ただ一言『従え』簡潔に言いそうなもんだ。だけどなんだかそわそわしているというか、そんな雰囲気も伝わってくるし。大丈夫かと尋ねて返ってきたのは『問題ありません』。しかし俺の中に感じるエアリスという存在から伝わってくるのは……焦り? 後悔だろうか?


 『以前夢で……』俺にだけ聞こえる声で語り始めたエアリス。その話を聞いているうちに思い出す。あの時俺たちは同時に、同じ夢を見ていたのではないかと思い始める。その夢とは、二人旅をしていた夢だ。視点は登場人物のものなのに、体は勝手に動くような……エアリスが視覚共有したまま俺の体を使っている時みたいな不思議な夢だった。目を覚ます直前、漸く辿り着いた街が目の前で……消滅した。そこの住人ごと。

 エアリスはその夢を忘れていたが、ここに来てちらつくようになったらしい。そしてなぜかその夢の中で抱いていた感情が顔を出すのだと。救えなかった、次は救わなければ、そういった“想い”がフラッシュバックしたかのようにエアリスに押し寄せている。俺はその一端を感じ取っていたらしい。


 夢を思い出し『あれは無理だっただろ』エアリスに言う。対するエアリスは『そうですね。しかし……』それに続く言葉が見つからないようだ。夢と現実を混同しているようなエアリスを元気付けてやりたいが、相応しい言葉が見つからない。


 エアリスは人間ではない。だけどダンジョンができて一年以上もの間、文字通りずっと一緒にいる存在なのだ。もしもエアリスが俺の妄想でしたと今更言われたとしても、それを信じないだろう。俺にとってエアリスは相棒なんだから。


 少し考え込んでいた俺をフェリシアに抱かれたチビが心配そうな目で見ていた。今は小型犬サイズになっているため、そのかわいらしさに拍車が掛かっている。そんなかわいらしいチビを撫でようと伸ばした指は強めに甘噛みされた。

 なんだろうか、エアリスを相棒だなんて考えていたからだろうか? もちろんチビも俺の相棒であることに変わりはないため、そう思いながら撫でる。するとチビは撫でる手に頭を押し付けるようにして小さな尻尾を振っていた。

 やはり想いは伝わるのだ、言葉にしなくてもな。そう思った俺にエアリスが『私が伝えました』続けて『ですが、伝わってはいたようですよ』いつもと違い自然な雰囲気で“笑った”気がした。



 うーん。エアリスがなんか変だけど、それよりもこれからどうするか。あと菲菲も。

 菲菲を助け出すために来たんだけど、その菲菲は故郷の村に行きたいと言う。そこに残してきた家族が心配なのだとか。もしも自分がそうなら……考えるとその気持ちがわかるような気がした。

 一緒に来ているフェリシアは俺がその気になっている事を察したようで「じゃあ次の目的地は菲菲の故郷だね」決定事項とばかりに言う。クロはそれに続き「おにーちゃんが行くならいくし〜!」もちろん日本語で言っていた。


 「じゃあ菲菲さんの村に向かおうか。ここからどのくらいかわかる?」


 その質問に対して菲菲は「ここからだと車を使っても半日は掛かる」素っ気ない態度で言う。菲菲は車が必要と考えているようだが、その必要はないだろう。

 ゲートが開き、小夜が戻ってくる。「悠人しゃ〜ん!」言って飛びかかり……ではなく飛びついてくる小夜は、どこか香織を思い出させる。今頃なにしてんのかな。そろそろ昼だしご飯作ってたりするかな。


 「悠人しゃん、違う女の事を考えるなんて失礼千万なの。万死なのよ?」


 「え、いやいや、そんなわけないじゃん、それに万死じゃないの。っていうか小夜は妹だろ」


 小さなほっぺたをプクーッと膨らませている小夜を髪型が崩れないようにぽんぽんとしてやる。


 「んで、ちゃんと運べた?」


 「お姉様の準備ができないとカナダには運べないの。人類めんどくせーなの」


 ということはここにいた住民達は喫茶・ゆーとぴあにしばらくいる事になるかもしれないな。滞在費は……まぁ緊急時だし宿泊になったとしても請求はできないか。それはそうと、小夜を改めて紹介する。小夜はどさくさに紛れて「未来の嫁なの」とか言うが、それはしっかりと妹だと訂正しておいた。

 後に小夜が言っていた。「菲菲、いちいち反応がおもしろいの」リアクションがおもしろくて揶揄っていたのだろう。


 菲菲は住民達を小夜が連れていくところを見ていたわけだが、それが何度も使えるものではないと思っていたらしい。だから車を探そうとしていたのだが、再びゲートを開き戻ってきた小夜が『まだまだいけるの』と言った事に驚きを隠せないでいた。

 菲菲の能力がどういったものか詳しくは知らないが、たしか時間制限が厳しかったように思う。エテメン・アンキ攻城戦の時も出し渋っている感があったからな。自分の能力が制限付きだからか、それと比べ明らかに落ち込んでいた。そんな菲菲から大体の方角と距離、周辺の特徴を聞き【神眼】によって特定する。その位置を伝えられた小夜は落ち込む菲菲の目の前で何もない空間に手を翳し、あっさりとゲートを開いて見せた。


 「じゃ、さっさと行くのよ」


 特に興味も無い様子で通って行った小夜に続きゲートの闇を潜ると、そこは山間の寂れた村だった。

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