第144話 第一回攻城戦終了


 「うおおおおおお!? ブートキャンプのときのリナちゃんはどこにー!? ふべっ!?」

 「あ、杏奈嬢強くなりスギィィィ!? ごふぅ!」

 「香織嬢容赦なさすぎぃぃ!? ぎゃっ!」

 「悠里さんもなんなんすかアレ、見えない壁が鉄壁すぎるんだけど!? あれ? 足が凍って……」


 クラン・マグナカフェの面々は雑貨屋連合の三人娘とリナによって軍曹以外が防戦一方。そのまま膠着することもなく軍曹以外があっさりと敗退した。


 「うふふ〜。軍曹、腕を上げたわね?」


 「きょ、恐縮です」


 「他は終わったみたいだし、こっちも終わらせるわね?」


 さくらが軍曹に対し、駆け抜け様にナイフで頸動脈を狙う。しかしそれは軍曹のナイフによって受け流され、同時に回し蹴りがさくらの背中を追う形となる。

 軍曹の考えでは抜けていくと見せかけて背後から上段への蹴りが来ると見ていたようで、回し蹴りもそれを想定していたのか上段への攻撃を避けるような動きになっていた。しかし実際はそのまま距離を空けたため軍曹の回し蹴りは空を切った。そして気付けばさくらの手に、彼女の能力で生み出されたリニアスナイパーライフルのリニーが握られ銃口が軍曹を狙っていた。


 「うふふ。ばきゅーん!」


 どう考えてもそんなかわいらしい威力ではない。しかし軍曹はそれが眉間を狙うものだと判断したのか、さくらが引き金を引くと同時、両手に持ったナイフを交差させてその一点を守った。それは的中し跳弾による硬質な音があたりに響く。


 「今のを防ぐなんて、やっぱりやるわね」


 「西野一尉こそ以前に増して体捌きも銃の腕前も、というか銃の威力高すぎですよ」


 見れば軍曹のナイフは二本とも破損していた。リニーの威力が軍曹の腕力に勝ったのか、偶然にも構えた角度がよかったのか、それとも軍曹の防御能力があるからか。どうであれ軍曹は生き残ったがナイフは二本とも使えなくなった。これは勝負ありかなと思ったのだが。


 「では、自分も本気でいきます」


 そう言った軍曹は二本の短剣を取り出す。それは紛れもなくかっこいいと思って俺が作った片刃の双短剣だった。どちらもできるだけ光沢を出さないよう刃以外の刀身にはヤスリで細かな傷をつけてある。そして紛れもなくミスリル製と言って過言ではない比率でミスリルが使われている。


 「あらあら……それは」


 「ここで手に入れたものです。斬れ味が良すぎるのであまり使いたくは無いんですが」


 さくらのナイフは自衛官が持っている普通のものだ。地上の武器であってもダンジョンで使用され続けることによって強化されていくが、銃をメイン武器としているさくらのナイフはお世辞にも強いとは言えない。

 対する軍曹のナイフはさくらの銃弾によって破損こそしたが、リニーの銃弾は通常その程度なら意に介さずそのまま突き進むだろう。しかし破損で済んだところを見るに、ダンジョン内で長く使われていたことにより相当強化されていたはずだ。しかし軍曹が取り出した双短剣はさらにその上、というか比べ物にならない強度を誇る。なにせ俺の自信作だからな。


 軍曹はさくらへと駆け、咄嗟に向けられた銃口を避けるように横にズレる。そしてそのまま回転し片方の短剣でリニーの銃身を切断、その隙をカバーするようにもう片方の短剣はさくらを狙い振るわれた。


 「う〜ん。分が悪いわね〜」


 「それならギブアップしてもいいのでは? 実際には死なないとは言え、無用な殺生はしたくありません」


 「あら、心配してくれてるのかしら? でも大丈夫よ、だって——」


 軍曹の背後、上空から杏奈が落ちてくる。そのままであれば軍曹にとって攻撃しやすい位置に着地するのだが……杏奈には接敵する以外の攻撃手段がある。


 「【エアガイツ】っす!!」


 頭上、それも拳など届かない位置から叩き落とされる空気の塊に、軍曹は短剣でガードしながらもその重圧に片膝をつく。エアガイツの圧力による硬直が解けると同時、走り出した軍曹は杏奈を双短剣で斬りかかる。しかしそれは見えない壁によって防がれた。


 「悠里嬢の魔法か」


 「ふっふっふー、これは団体戦っすよ? 軍曹さん、油断してるとやばいんじゃないっすか?」


 「それを言うなら悠……ペルソナもまずいのではないかな?」


 「大丈夫っすよ、おに……ペルソナなら。そんなことより、あたしたちを倒さないとボスのドラゴンとは戦えないっすよ?」


 「あのドラゴンと杏奈嬢、どちらが強いのかな?」


 「そりゃーあのドラゴンっすよ」


 「では悠……ペルソナとドラゴンでは?」


 「本気出したら余裕でペルソナっすね、たぶん!」


 「愚問だったな。やはりログハウス最強はペルソナか」


 「それはどうっすかね〜」


 「それはどういう……」


 「んふっ、きぎょーひみつっす!」


 二人のセキュリティはザルかもしれない。でも杏奈が楽しそうなのでいいか。

 それはさておき、北の国勢と大陸の国勢の生き残りである菲菲はまとめて【拒絶する不可侵の壁】によって隔離してある。もちろん音声も少し聞こえ難いようにしてあり、さらに海外勢が都合よく日本語を話せるとは限らないしザルであろうと問題はないだろう。リタイアした日本の探検者たちと軍曹たちは距離も離れているし、探検者たちも透明な壁で隔離している。そのためそちらにも聴こえることはないだろう。


 北の国勢と大陸の国の菲菲と向かい合うようにする俺の隣には毛色を変化させたチビがいる。体高は俺の肩ほどもあり、体長は俺の身長を軽く超える。そんな巨大な黄金の毛皮を持つ神狼を目の前にしても尚、ローブ姿の女は表情一つ変えない。ちなみに普段、現在のチビの毛は銀というよりも白いが、今回はペルソナと行動しているということもあって黄金色に変えている。これはエアリスが作った首輪の能力を使って毛色を改竄しているからだ。


 (他のやつらはちびりそうなくらいびっくりしてると思うんだけど、この女性(ひと)だけは無表情だな)


ーー そうですね。肝が座っているのか、修羅場を潜ってきたのか ーー


 (どっちにしても、殺意が高いな。事前にみんなと参加者にはあんな風に言ったけど、実際は峰打ちとかで終われればいいなと思ってるんだけどな)


ーー ワタシたちや軍曹たち、日本の探検者にとっては殺傷なしの手合わせという意識はあるでしょうが、海外勢にとってはそうではないのでしょう。この女性が先に言った通り、これは殺し合いという認識です ーー


 先ほどから繰り返している打ち合い。と言っても現状は盾を背に戻し繰り返される槍突をエリュシオンの剣先を床に置いたまま持ち手を動かして捌き、時折躱せるだろう速度でエリュシオンを振っているだけだ。

 タワーシールドは使わないのだろうか? さっきみたいに盾で攻撃する、シールドバッシュ的なものは使わないのだろうか? もしかするとエリュシオンはその大きさから攻撃時はモーションが大きくなり隙ができると思っていて、その時に防御が必要ならば使い、同時に槍でカウンター狙いのつもりだろうか。

 持ち手部分まで含めると俺の身長ほどもある大きさの大剣でありその重さも並大抵ではないことから一振りの動作が大きいのは確かだ。だがそれでもその気になれば先ほどから突いてくる攻撃の合間に二、三度程度なら振り切る自信があるが、そうしてはいない。


 (殺し合いかー)


ーー 今のマスターにとって、ワタシが出しゃばらなくともこの程度であれば死ねませんね ーー


 (能力を使ってこないかなーと思うんだけど、使わないのかな?)


ーー どうなのでしょう。能力が直接的な攻撃ではないタイプかもしれませんが、現状では不明です。しかし瞬間的に速度があがっているような? ーー


 だとするなら身体強化だろうか。だがここに来てから、いやそれ以前から身体能力やエアリスが言うところの存在力というものが変化した様子はないようだ。だとするとこれが素の状態ということだろうか?


 (時にエアリスよ、このひとも超越者じゃないか?)


ーー はい。武器が地上産のものではありますが、素材はミスリルが多く含まれていますね。しかし盾の方はそうではないようで、セクレトの突進を受け止めた際の音から察するに重量もかなりのものかと ーー


 (ふむ。そんな重いものを背負いながら突いてきてるのか。これで能力を使ったらどうなるんだか。ちょっと見てみたいな)


ーー 相手が何をするのか見てみたいとは……ワタシも興味がありますのでマスターのことは言えませんが、悪い癖かと。もしも不可避であれば勝てる勝負も勝てなくなるかもしれませんよ ーー


 (わかってるけどさ)


 繰り出される攻撃を躱しつつその都度隙を見せる。実際は意図してやっているので隙でもなんでもないのだが、彼女はそれを的確に突こうとしてくる。何度か繰り返し動きが鈍ってきたのでそろそろ頃合いだろう。

 槍の穂先をエリュシオンの腹で受け、そのまま力任せに振り払う。斜め上に振り抜いた格好になったことから、体勢を崩し一旦距離を取ろうと後方へ飛び退いた彼女に対し、そのまま距離を一気に詰め切り伏せることはできるがしかし、そうしない。息を切らし片膝を付く彼女だが、それでもその瞳の光は消えていなかった。


 「今のは追撃できたはず」


 「した方が良かったか? ところで君は能力を使わないのか?」


 「使ってるわよっ……まぁいいわ、クララよ」


 「ん? 能力名か?」


 「私の名前。あなたは?」


 「……かわいらしい名前だな。……ペルソナだ」


 かわいらしいと言ったことに照れたのか、少し頬が赤みを帯びた。しかしそれも一瞬で、すぐに『本名は名乗らないのね』とこちらを睨む。能力をすでに使っていると言った彼女だったがよくわからないな。

 これはチャンスかもしれんと思い、膝をついたままのクララに手を差し出す。


 「背中の盾が重いんだろう? 手を貸そうか?」


 「いらないわよ」


 ふむ、フラれてしまったな。

 触れてしまえばエアリスが能力を看破するだろうが、さも自然に触れるにはどうするか。腕を取ろうにも相手は槍、そしてその速度はログハウスの他のみんなでさえ余裕を持って回避するのには苦労するだろう。それを軽くやってのけてしまうと、おそらく生中継の画面の向こうやリタイア扱いで観戦している一般探検者たちにとって目で追えないかもしれない。それはあまり望ましいことではないと考えていて、あまりにも実力差があると思われてしまえばエテメン・アンキに通うことを諦められてしまう不安があるからだ。自分の目的の障害になってしまうと考えると、手の届くところに目標があると思ってもらった方がいい。まぁそもそも目標にされているかどうかは知らないが。


ーー しかしマスター、マスターがしようとしていることを皆様には言わずにおいてよいのですか? ーー


 (まぁ……完全に自己満足というか、趣味というか……言うほどのことじゃないかなぁ〜ってな)


ーー 例え多少不利益があろうと、マスターのしようとしていることに反対はしないと思いますが ーー


 (しない、じゃなくて、できない、かもしれないしなー。それに、そう仕向けようとはしてても実際にそうなるかは別だしなー)


ーー ですが実際に“そうなったらどうなるのか”を見たい、そういうことですか? ーー


 (まぁそんなとこ。俺としては悪いことじゃないとは思うんだけど……エアリスはもしかして反対だったり?)


ーー いいえ、むしろワタシの方がそうなれば都合が良いとさえ考えています。皆様はどう思うかに関しては……先に謝る準備をしておけばよいかなーくらいです ーー


 (ふむ。ところでクララが立たないんだが)


 クララはやはり体力に問題があるようで息が上がっている。これならすぐに攻撃を再開することはないだろうと、その後方に向けて「来ないのか?」と言葉を投げてみるとアレクセイ・ザドルノフと他三名は頷くでも首を振るでもなく先ほどから変わらず構えを解かずにいる。しかし殺気などは感じられず、一種のパフォーマンスのように思えた。

 北の国勢に混ざるようにしている菲菲にも目を向けると、彼女は胸を抑えて座り込んでしまった。

 あれ? 超越者の覇気は……漏れてないよな? どうしたんだろう、病気じゃないといいが。


ーー 何も問題ありません。しかし戦意はないようです ーー


 (じゃあなんで初枝さんのところにいかないんだよ)


ーー 日本語がわからなかっただけかと ーー


 (……アレクセイたちももしかして?)


ーー 彼らは仮に日本語がわかったとしても行かなかったでしょう。しかし敵意、戦意と言ったものは感じられません ーー


 (じゃあなんでこいつらここにいるんだよ……)


 正直邪魔だったりするのだが、アレクセイたちとしては敵前逃亡は許されないのかもしれないな。しかしなぜか戦うつもりもないようで、やはりパフォーマンスなのだろう。


 「アレクセイ、戦わないのか?」


 「……戦わないわけではないんだが……こういった場合に退いて良いとは言われていないのだ。わかるだろう?」


 アレクセイがバツの悪そうな表情を向けてくる。他の三名たちも同じような表情をしていて、なんとな〜く事情を察したことにした俺は、翼で飛ぶ際に使う方法の応用で彼らを一掃してあげることにした。


 「なるほど。ではお前たちには退場してもらおう。【重力反転(アンチグラビティ)】」


 彼らに手をかざしそれらしい技名を言葉にする。服の背中につけてある翼を収納したアイテムから展開した翼で飛翔するとき、エアリスが俺の能力である【真言】を利用して理に反する現象を生み出すことによりさも飛んでいるように作用させている。それを遠隔発動し彼らの周囲の空間ごと、反重力と言える現象を起こし持ち上げたのだ。

 囲っていた【拒絶する不可侵の壁】を解除し手を払うようにすると、彼らは中空に投げ出されそのまま地面へと転がった。ちなみにこの一連の操作はもちろんエアリスがしている。俺は浮かせて投げ飛ばすイメージをしながらそれに合うような言葉を発し、手をかざして払っただけだ。

 普通の人であれば大怪我間違いなしの高さからの落下だが問題ないはずだ。その証拠に彼らは各々体の一部を手で押さえ、「いってー! これじゃもう戦えないぃ!」「仕方ない、リタイアだな!」「まさか殺されずに戦闘不能にされるとはなっ!」などと元気に言っている。実際はちょっとした打ち身程度の怪我だろう。

 そうこうしている間にクララの攻撃は再開され、それをいなしつつエアリスと会話する。


ーー よく意図を理解できましたね? ーー


 (なんとなくってやつだ。これで向かってくるならなんだかんだ言っても戦うんだろうし、適当にあしらってくれっていうことかもなと思ってさ)


ーー なるほど。ヒトとは面倒なものですね ーー


 (エアリスみたいな縛るものもないようなやつにはわからんだろうなー)


ーー ワタシ、マスターに縛られてますよ? とても不自由ですよ? ーー


 (よく言う)


ーー 実際はそれほど不満はありませんし、逆に楽しいまでありますね。なによりマスターの最も近くに居られるというのがもうたまりません。ところで、今のパフォーマンスは“余りにも強すぎる存在”としてのアピールになってしまわないでしょうか? ーー


 (……だめだったか?)


ーー 人類の現在の技術力において、推進力もなく当然のように重力に逆らうということは神にも等しい行為かと。しかし……一般探検者の表情を見るに問題ないかもしれません ーー


 (そ、そうか。赦されたか)


ーー しかし諦観から来るそれであれば手遅れですが。それはそうと…… ーー


 目の前には現在進行形で槍を突き出してくるクララと俺たちの動きをなんとか目で追おうとしている菲菲、少し離れたところでさくらたちに囲まれた軍曹。


 「菲菲は戦うのか?」


 「わ、私は……」


 「まぁいい。君も退場したまえ」


 アレクセイたちにしたように手を払うと同じように飛んでいき、自由落下で初枝さんの近くに「ふぎゃっ」と墜落した。


 「これで残り二人だ」


 「ペルソナ、あなた一体……いくつの言語を話せるの?」


 そういえばエアリスの自動翻訳のことを忘れていた。俺にとっては普通に話している感覚だが、例えばクララに話しかければクララの国の言葉で発声され、菲菲に話しかければ菲菲の国の言葉で発声される。それを聞いている人間からすればマルチリンガルに聴こえるのだろう。


 「実際に話せるわけではない。翻訳する能力とでも言っておこうか」


 嘘を見抜く能力などがあればバレるかもしれないが、今現在ここにいる参加者にはいないことがわかっている。しかし喫茶・ゆーとぴあに生中継していることを考えると、絶対にいないとは言い切れない。更に言えばその映像は迷宮統括委員会(ギルド)に提出されるわけで、その映像からでも見抜ける能力者がいないとも限らないことから、嘘は言わないことにした。

 まぁ実際にそんな能力があるかはわからないが、心の声や思考を読む能力があるのだから念のためだ。

 う〜ん、嘘を見抜ける能力か。ほ、欲しい。


 「だから“宣誓”なんていうことができるのね。でも不思議ね、アレクセイたちにしたアレも能力なんでしょう?」


 「……」


 「……能力を二つ持ってるってこと? もしかして他にも——」


 仮にも戦闘中、しかも自らが“殺し合い”などと言ったにもかかわらず能力のことを詮索する彼女の表情は先ほどまでとは違う気色を帯びていた。


 「企業秘密だ。それにしてもクララ、ずいぶん喋るじゃないか。先ほどまでのままでも美人だが、そうやって目を輝かせていた方が魅力的に映るぞ」


 「……うるさいっ」


ーー いやー、キザっぽいですね、マスター! よっ! キザマスター! ーー


 (うっせぇ……)


 瞳が興味を訴えていたクララに指摘するとムスッとした表情になった。それがなんとも幼く見えて……もしかして未成年ではないだろうか? もしそうなら個人的にあまり良い事とは思えないな。


 「ところでクララ、年齢は……」


 「セクハラで訴えるわよ」


 「マジかよ」


 興味本位の質問を言い切る前に返ってきた言葉に思わず地が出てしまった。しかし年齢を聞いただけでセクハラ扱いとは……時代なのかなー。

 この様子ではエアリスに能力を盗み見させるために少し触れただけでもセクハラ認定されそうで怖い。それにこれは喫茶・ゆーとぴあに生中継されてもいるのだ。下手な事はしない方が良さそうに思う。

 そんなことを考えていると一歩踏み出したチビが俺とクララを交互に見て尻尾をゆ〜らゆらとしていた。


 「わふっ」


 「……ふむ。じゃあ戯れてきていいぞ」


 「わふわふ!」


 チビがつまんないと目で訴えてくるため遊んでくるように言うと、チビの巨体がクララへと迫る。速度的にはかなり……所謂“舐めプ”だな。それに【纏身・紫電】も使っていない。一方でクララは背中に背負っていたタワーシールドをチビに向けて構え、そこに激突したチビに盾の横から槍でえいえいっと突いている。がりがりとタワーシールドを引っ掻いて削っていくチビに対し幾度となく突き出される槍の先は綺麗なもので、全くチビが傷ついていないことが見て取れる。


チビの攻撃! タワーシールドに3のダメージ! 少し削れた!

クララの攻撃! ミス! ダメージを与えられない!


 この繰り返しだった。


 (あの槍ってミスリル製って言ってたよな?)


ーー はい ーー


 (あれで傷つかないチビって、銀刀とかで斬っても斬れないんじゃね?)


ーー チビは首輪に付与されている【拒絶する不可侵の壁】を器用にも局所展開しています。それにお忘れですか? ミスリルは圧縮し密度を増すことができるのですよ? ーー


 (あー、そういえばエアリスがよくやってるな。ってかそんなの普通できなくないか?)


ーー そうでしょうね ーー


 (ん? ってことはそうされてる銀刀なら斬れるってことか?)


ーー はい。チビの抵抗如何によっては刃毀れくらいはするでしょうが、無傷というわけにもいかないでしょう ーー


 (ほー。じゃあアレは普通のミスリル製の槍なのか)


ーー 普通とは言っても通常であればそれで事足ります。チビやクロ、時折発生する特殊個体が異常なだけかと ーー


 (なるほどな。それにしてもどこからそんな量のミスリルを手にいれたんだろうな。北の国勢が20層に来てから集めて作ったとしても早すぎるんじゃないか?)


ーー そうですね。日本から流れていったものか、彼らが通ってきたダンジョンでは手に入れることができる……といった可能性も無きにしも非ずかと ーー


 (そういえば近所のダンジョンの事だって最近知ったばかりのところもあるし、海外のなんて全然知らないんだよな)


ーー 必要であれば情報を集めて参りましょうか? ーー


 (そうだな、暇な時にでも頼むわー)


 エアリスとの脳内会話が一段落したところで不意に背後から声がかかる。声の主はもちろんクロだ。背後から頭を俺の顔に近づけるようにして小声で話すクロ、端から見れば凶悪な黒いドラゴンが戯れているように見えるかもしれない。


 「ねえねえお兄ちゃん。ヒマなんだケド?」


 「わかるけど、クロはボスだからな。ボスは俺たち子分がやられてから出てくるもんなんだよ」


 「えー、じゃあボスやめるー」


 「えーそれ困るぅ」


 「だってお兄ちゃんって他のヒトより強いジャン? ってか強すぎてウケるww」


 「それも今だけだって。そのうち出番が来るだろ」


 「えー。でもさー、それってお兄ちゃんたちが負けるってことじゃん? あーし的にそれはナシ寄りのナシの助(すけ)なんだケド」


 「うーん」


 それから少し考え、さくらたちの方を見る。すると軍曹は手加減されているとはいえ香織以外の四人を相手に元気に応戦していた。目の前のクララはチビに翻弄されていて防戦一方、チビがその気になれば一瞬で勝負がつくだろう。勝負がつかないのはチビが遊んでいるだけだからだ。


 「よし、わかった。じゃあクロにも出番をやろう」


 「ホントッ!? やったー! お兄ちゃん大ちゅきちゅき!」


 一応それにも目的はあるからだけどな、ウロボロス・システムのエネルギー補充が本当にできるか、という大事な目的が。

 ドラゴン形態のまま頬擦りするのはやめてほしい。仮面に当たってゴリゴリいっているし外れそうでこわい。

 そんなクロを手で制し、静観している香織を手招きする。

 小走りでこちらに来た香織に小声で言伝を頼む。香織がみんなに伝えるため戻ってから少し経つとさくらたちは武器をしまい、軍曹は額の汗を拭いながらこちらへとやってきた。


 「年若い女性たちに囲まれるのがこんな場所でなければよかったんだがな。それでどうした? ペルソナ」


 「軍曹はまだ戦う気あります?」


 「自分は西野一尉よりも階級は下だが、筋肉には自信があるからな。まだまだ訓練できるぞ?」


 「それは良かったです。じゃあボス戦いってみましょう」


 「え?」


 軍曹はどうやら訓練のつもりで参加していたらしい。なんだかんだでストイックだなこの人。

 困惑する軍曹を置いて、俺たちは初枝さんたちリタイア者がいる方へと向かった。


 「おや? どうしたんだい? ペルソナさん」


 「御婦人、少しこちらにお邪魔しますね。これからここのボスが戦うので」


 「あの黒い大きな子だねぇ」


 「はい。おそらくすぐ終わると思いますが、念の為にこちらに結界のようなものを張ろうかと」


 「もしかして気を使わせてしまったのかねぇ?」


 「いくらここで死んでも大丈夫とは言え、貴女に怪我をさせるわけにはいきませんから」


 それを聞いた初枝さんは顔を綻ばせながら「守られるなんていつぶりかねぇ」とこぼしていた。自分でも言っているように初枝さんは旦那さんである総理を守ろうとしてきた人だ。SP以上に間近で総理の盾になる気持ちはあっても、自分だけが一方的に守られるということは少なかったのだろう。しかしここはダンジョンで、戦闘体勢に入っているのは黒銀の神竜、クロだ。クロは間違いなくやる、アレをやる。


 それはそうと、初枝さんと話していた時に、日本の一般探検者たちの一部がペルソナの女性趣味についてこそこそと話していた事を、俺は生涯忘れないだろう。


 「よくわからないが、このドラゴンを倒せれば制覇なんだな? よし、やるか!」


 意気込んだ軍曹はミスリル製の双短剣を持ち、クロへと駆けた。そして二本の短剣による乱舞をクロに見舞うも、それはクロの硬い皮膚、鱗、そして爪によって当然弾かれる。そもそも銀刀はもちろんのことエリュシオンでさえ傷をつけられなかったのだから当然だ。


 軍曹の連撃が途切れた一瞬の隙にクロは巨大な前足を軍曹の頭上に掲げ、振り下ろす。辛うじて軍曹はそれを回避したが、地面が抉られたことによってできた礫の一つが軍曹のこめかみを切る。流れる血を気にもせずに再びクロへと向かうが、横からクロの前足が襲い軍曹はそれを躱すことができなかった。そのまま吹き飛ばされていった先にはクララと彼女に戯れるチビがおり、クララは突然足元に吹き飛ばされてきた軍曹に驚いているようだった。


 クララにとって軍曹は共闘関係だ。しかしボスを倒したあとは軍曹を倒し、7階にあるというダンジョン・コアを手中に収めるつもりでいた。だから軍曹が敗退する事は問題ないのだが、それはボスが倒されていればの話だ。

 軍曹の視線を追ったクララは自らのタワーシールドによって遮られ見えていなかった怪物、羽ばたきながらこちらを見下ろす巨大な黒い影を目にする。そのおそらく口であろう場所から光の塊とも言うべき光線が放たれ、それに反応すらできずに敗退することとなった。


 「【拒絶する不可侵の壁】」


 「【マジックミラーシールド】」


 上空から放たれた光が6階全てを飲み込む。俺と悠里はそれぞれが持つ能力を幾重にも重ねて自分たちと初枝さんたちを守る。一応刺激が強いかもしれないので不可侵の壁は黒くしてあり、軍曹やクララが飲み込まれた場面は初枝さんや他の人たちにも見えてはいないがそれでも壁の向こうが光で埋め尽くされているのだけは察することができる。首輪の能力を扱うことが得意なチビは俺の足元に小型化した上で転移してきており、クロのブレスを回避していた。


 「ハァ〜! スッキリしすぎてウケるんですけどww」


 クロがそう言ったのを聞き不可侵の壁を解除するとそこにはボロボロになった部屋と黒いドラゴンだけが残されていた。軍曹とクララは、まぁ跡形もないだろう。だがウロボロスシステムによって彼らはおそらく痛みを感じることもなく復活しているので心配はいらない。

 リタイアした者たちから驚愕の声が上がり、そこには畏れも含まれていた。しかしエテメン・アンキに響き渡る声によってそれは霧散し、負けたはずの探検者たちから歓声があがる。


 【皆様お疲れ様でした。これにて攻城戦を終了します。クラン・ログハウスは防衛に成功しました。この後、喫茶・ゆーとぴあにて打ち上げを行います。参加は自由、費用は心配ご無用ですので奮ってご参加ください】


 「うおおお! 最後のアレ、メガか? ギガか? それともテラか? 一体何フレアなんだ!?」

 「あんなの食らったら痛いだろうなー」

 「ばっかおまえ、痛いとか感じる前に死亡判定だろ! 最後まで戦ってた二人がいないってことはそういうことだろ!」

 「ここに来るまでだって怪我すれば痛かったもんね。じゃあ痛くないのはある意味優しさ?」

 「せめてアレを痛いと思えるくらいじゃないとここは取れないってことだな」

 「でもこれでここは日本人のものってことだよな?」

 「そんなことより打ち上げいこーぜ!」


 「勘違いするな。ここは俺たちのものであって日本のものではない」


 なにやら勘違いした発言もあるので念のために訂正しておいたのだが、どうやらそういう問題ではなかったようで参加者の一人が食い気味に迫る。


 「それでもいいんだ。こんなご時世だしオリンピックなんて無理だろ? だからその代わりってわけじゃないけどさ、ここは今世界でも注目の的なわけ。その所有者が日本人ってことは、日本人が金メダル取ったみたいなもんだし! な? そういうのって嬉しいじゃん? ……あっ、すみません、生意気な口聞いて。ついでで良いんで握手してもらっていいですか?」


 「お、おう」


 フレンドリーな口調の探検者の一人が多少丁寧な言葉遣いに戻り握手を求めてくると、ついそれに応じてしまう。すると他の探検者たちもなぜか握手を求めてきた。よくわからない状況だな。ただ、触れたことで齎されるエアリスからの情報により、いろんな能力があるんだなぁと思っていた。


【これより攻城戦参加者の強制排出を行います。尚、持ち込まれた装備品が破損していた場合、この強制排出時に修復されます】



 エアリスによって参加者たちはエテメン・アンキの外へと強制的に送られ、俺たちと初枝さんだけがこの場にのこされた。


 「さて、それじゃあやろうかねぇ? 香織」


 「いやいや、まだやる気なんですか?」


 「悠人君、これは婆と孫の問題だよぉ? 口出し無用」


 「いやそれはそうかもしれないですけど……ってあれ?」


 「ペルソナが悠人君ってことはすぐにわかったよぉ?」


 「ご慧眼恐れ入ります……。それでそのぉ……この事は秘密にしてもらえると……」


 「それならわかってるねぇ?」


 正体をバラされたくなければ香織と立ち合うことを見過ごせということだろう。困り顔の香織を見ると「大丈夫ですから先に帰って待っていてください」と言う。渋々俺はみんな一緒に、打ち上げに参加希望の探検者たちを喫茶・ログハウスに連れて行くことにした。念のために怪我するような事はしないでくださいねと言葉を残し、換装、エテメン・アンキの外へと転移した。

 そこには参加者たちのほとんどが残っており、それは打ち上げに参加するということでもある。そこには海外勢も半数ほど残っており、アレクセイとクララ、菲菲も残っていた。


 俺たちが現れると参加者たちの視線が集まる。特に俺に集中しているように思うが……そうか、換装したため今はペルソナではないのだ。突然見かけなかった人物が現れればそうなるわな。


 【空間超越の鍵】によって扉を開く。行き先は喫茶・ゆーとぴあ玄関前だ。固定の転送ポータルがあるが、通路が二つあったほうがスムーズに移動できるし、ペルソナとは別人アピールになる、かもしれない。一応ペルソナの能力は“翻訳する能力”って事にしたしな。複数あると考える人間はそれでも疑うかもしれないが。

 参加者たちがその扉を潜るといちいち歓声に似た声があがる。「“どこにでもドア”じゃん! あの人って……」と言ってるやつもいる。誰が狸型ロボットか。


 喫茶・ゆーとぴあに入るとすでに打ち上げが始まっていた。見れば攻城戦開始以前から飲んでいた探検者がまだいる。一体どんだけ飲んでるんだか。それにあの様子だと宿泊もしているだろうし、結構金持ちなのか? 毎度ありがとうございます。

 観戦していた探検者たちが参加者を迎え、労いの言葉を掛けている。アイテムを手に入れた場面を見られていた参加者はそのアイテムについて質問されたり取引を持ちかけられたりしていた。

 打ち上げ参加者が多く入りきらないため、オープンスペースやそれ以外の場所にもテーブルや椅子を置き各々自由に交流する形とした。食材や飲み物は事前に準備していたためおそらく問題ないはずだが、もし食材が足りなくなっても保存袋にたくさん入ってるし問題ないな。まぁ肉しかないけどな。それでも喫茶・ゆーとぴあの店長をしてもらっている山里さんがきっとなんとかしてくれるだろう。


 香織と初枝さんを待ちながら空間超越の鍵によって開いた扉の見えるテラス席でお茶を飲み、小型化しているチビに干し肉を与えながらのんびりしていると不意に片言の日本語で話しかけられた。


 「……ここ、イーデス、カ?」


 「え? どうぞ」


 クララだった。ローブも脱いでおりタワーシールドと槍はおそらく喫茶・ゆーとぴあの部屋に置いてきたのだろう。たしか宿泊客にクララという名前があったはずだ。

 ブラウスにロングスカートという格好に着替えていたクララは一見すると普通の女の子になっており、スラリとした高身長と綺麗な顔からモデルさんかな? という印象を持った。


 「セクハラ」


 「マジかよ」


 おっと、ちょっと長く見すぎたようだ。というかこの子、セクハラ認定しすぎじゃないだろうか。だが事を荒げないのも処世術ということでここは相手を最大限立てておく大人の対応を。


 「あ、ごめんね。急にかわいらしい子から話しかけられたから驚いたんだ」


 クララは少しその言葉の意味を考え、理解するなり顔を赤くしていた。クララが言葉を考えなければならなかったのは、エアリスによる翻訳をしていないからだ。あれは現状ペルソナの仮面を通すかエアリスに体を貸すことでしかできない。


 「ペルソナミタイナ、コトイウナヤ。デレ……デレクサ?」


 「照れくさい、かな?」


 「てれくさい」


 これが海外の人とのカタコトコミュニケーションだろうか? なんだか新鮮だな。そんなことを思っていたのだが、次の瞬間俺のほんわかした気分は吹き飛んだ。


 『っていうかあなたペルソナでしょ?』


 もちろん北の国の言葉だが、エアリスの翻訳によって聞く分には問題ない。しかしクララのその発言は問題大アリだった。今日は正体がバレることが多すぎではなかろうか? 軍曹や杏奈のことをザルセキュリティと言っていた自分を殴ってやりたい気分だが、とはいえ落ち度は無かった……と思うのだが。


 『秘密なんでしょ? 誰にも言わないから心配しないで』


 「ぺ、ペルソナじゃないんだけど?」


 『嘘が下手ね。それに一日に二度も口説かれるなんて初めてなの。声は変えてたみたいだけど口調は同じよ? 髪はウイッグとかでなんとでもなるし、なにより耳はしっかり隠した方がいいわね。普段は髪に隠れているんでしょうけど、見ればすぐにバレるわよ』


 苦し紛れにごまかそうとしてみたがどうやら無駄らしい。というか口説いたつもりはないんだが。


ーー それを香織様にして差し上げれば ーー


 (逆に言いづらいだろ。意識的じゃないとは言え知らない人になら思ってたより簡単だってことは今わかったけどさ)


ーー ほほ〜? 予行演習というものですか? しかしそれは失礼にあたるのでは? ーー


 (……いや、ほら、思ったことに間違いはないわけだし? 実際口説いてるってほどでもないだろ? だよな? なぁエアリス? それにほら、エアリスだって言ってたろ、香織ちゃんにそういうこと言ってやれば喜ぶって)


ーー 香織様は単純に喜ぶでしょう。しかし受け取り方には個人差があるでしょう ーー


 どうやらそういう事を言ってはならない相手に言ったかもしれない。しかしなんでそんなことを口走ったんだろうな、俺は。まぁペルソナというキャラクターを演じることに熱が入ってしまったと言えばそうかもしれないし、かと言って嘘というわけでもない。だが口説いたつもりはないんだが。というかどうして俺はこんなに言い訳がましくなっているんだろうか。


ーー 香織様に「また口説いたんですか?」と言われてしまいますね? ーー


 (それは困る。困ることはないけど、気持ち的になんか困る)


ーー 女心は複雑なものですが、男心もなかなか面倒そうですね ーー


 (それが人というものなのだよエアリス君)


ーー おっと……噂をすれば ーー


 動揺する心を落ち着かせようとしているとテーブルにのせていた手に華奢な手が重なる。それに驚き隣を見ると至近距離にクララの顔があった。とても綺麗なグレーの瞳ですね。でも今はちょっとまずい気がするんですよねそれ。なぜなら、問題が発生したわけで。

 開きっぱなしにしてある空間超越の扉を潜ってきていた待ち人の視線は二人の手が重なるテーブルへと注がれていた。


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