第98話 新メンバー勧誘
二日後、ブートキャンプは終了となった。そのままマグナカフェの隊員たちが組織したクランに所属したい希望者ももちろんいたようだが、現状は一般探検者の採用はしないらしい。
俺たちはいつの間にか整備されたマグナカフェ前の広場でブートキャンプの修了式を、学校であれば保護者席のような場所から眺めている。始業式や終業式といったものが苦手な俺としては終わってから来ればいいじゃないかと思ったのだが、軍曹が来てくれというので仕方なくだ。
「リナともう一人の勧誘だろ? フェリも待ってるしそれだけやって早く帰りたいんだけどなぁ」
「これから勧誘する二人の餌も作らなきゃならないっすもんねー」
「そういう言い方はまずいだろ〜。でも実際似たようなものだけどな。ログハウスに所属すればいろいろサポートがあるよっていう」
「お兄さんが作る装備なら誰だって欲しいと思うんで大丈夫だとおもいますけど」
とは言え俺が装備を作れるなんてほとんど知られていない。ログハウスメンバーの他にはマグナカフェの隊員たちと総理、そして迷宮統括委員会の統括くらいか。
修了式は悠里とさくらが少し挨拶をした程度で終了し、俺たちが目当ての二人に声を掛けようと探していると軍曹がこちらへとやってきた。
「悠里嬢、例の二人はカフェに呼んであるので、そちらでお茶でも飲みながら話をするということでいいですかな?」
「お気遣いありがとうございます」
そういうわけでマグナカフェへ。リナともう一人の探検者はすでにテーブルでお茶を飲んでおり、俺たちが入ってくるのを見つけたリナはこっちこっちとでも言うかのように手招きしていた。もう一人は……キャップを被ったまま俯いているようだ。
ここはひとつ、気さくに声をかけてみる事にしよう。
「二人とも待たせちゃったかな?」
「いえいえ! ちょうど今きたとこです! あっ! なんだかデートの待ち合わせみたいですねー!」
「あははー。リナはいつもハイテンションだなー」
「っ! ご、ごめんなさい、緊張しちゃうとつい」
緊張してたのか。逆だと思ってた。
「それと……玖内(クナイ)君だよね?」
「は、はい。く、玖内道景(くないみちかげ)……です」
こっちは間違いなく緊張しているな。
「はは……そんなに緊張しなくてもいいって」
「いえ……い、いつも通りです……けど、緊張してるんでしょうか?」
自覚なしか。コミュ障には自意識過剰なタイプと逆のタイプがいるが、逆のタイプって事かな。逆っていうのは、緊張してるつもりはないし感覚もないが、妙にテンションが上がったり下がったりして、自分でもその原因をわかってないやつの事だ。つまり玖内の事。
玖内道景、現在大学三年で就職活動中ということになっている。実際は希望する職場が見つからずブートキャンプに参加したということだ。将来役に立つかもしれないと考えての事らしく、真面目なんだろうなぁという印象を持った。勧誘は悠里が話をすることになっているのでバトンタッチ。
「それじゃ事前に伝えてあるけど、クラン・ログハウスへ所属してみませんか?」
直球だなー。
「よろしくおねがいします!」
返球も直球だなー。
問答もなくあっさりとリナの加入が決まった。注意事項などは悠里が言っていた通り事前に話をしていたのだろう。しかしもう一人の玖内道景は悠里に不安を吐露する。
「ぼ、僕は……まだ大学生ですし……それに僕なんかが……所属しても大丈夫なのでしょうか」
「何か不安な事があるの?」
「ふ、雰囲気を暗くしちゃいそうですし……それに…小さい頃はいじめられてばかりでしたし、こ、子供の頃から名前負けしてるって、よく言われるんです」
「じゃあ玖内君はテストしましょう」
「て、テストですか?」
悠里が言うテスト。それは単純な腕試しだ。俺はてっきり指名されるものだと思っていたのだが、悠里は思わぬ相手を玖内君のテストの相手に指名した。
「じゃあ……チビにお願いしようかな?」
「わふぅ?」
悠里はチビを抱きかかえてなにやら説明しているようだ。チビに理解できるのだろうか不安だが、まぁ大丈夫だろうと楽観する事にした。
カフェの外へ出て地面におろされたチビはその姿を元のサイズへと変化させる。その体躯はそこにいるだけで威圧感を放っているように感じてしまうが、チビの表情はこれから散歩にでも行くかのようだ。
「チビ、ちゃんと手加減してやるんだぞ?」
「わふっ!」
「じゃあ玖内君のタイミングで初めていいよ」
「え? で、でも」
戸惑う玖内君を急かすようにチビはその身に紫電を纏う。元は俺の【纏身・雷】だったものをチビが真似をしたら紫の雷を纏う紫電へと進化してしまった技だ。
コンクリートを破壊するほどの雷を纏ったチビがゆっくりと歩を進めると、それに合わせるように玖内君は後退る。円を描くように一周したところで、覚悟を決めた玖内君が袖の中から何かを取り出しチビに投げつける。それは短い鎖だった。それをチビの後ろ足に絡めると同時、バチィン! と大きな音がなり、次第にチビの紫電が薄れ消えていった。
(お? 鎖で電気を逃したのか?)
ーー そのようですね。賢い選択かと ーー
何度纏っても消えてしまう紫電に戸惑いを隠せないチビに玖内君が襲いかかる。またも袖口から取り出した武器をチビの顔面に叩きつけ、普通ならこれで勝負ありかなと思ったのだが、チビは普通ではない。前足でその武器、トンファーを横に弾くともう片方の前足で叩きつけるように玖内君を狙い、さらにその勢いのまま長い尻尾を横なぎにする。しかしその動きは普段のチビからは緩慢で見るからに加減をしているのだろうという事がわかった。
一方の玖内君は前足をなんとか回避したが、その後の尻尾は回避できずに脇腹にヒット。しかし力の込められていない尻尾は玖内君をふわっと撫でるに留まった。
「そこまで! 悠人、感想は?」
「冷静に紫電に対処したし、その後の思い切りのよさも良いと思いましたねぇ」
どこの審査員だよって感じで思った通り言う。
「合格?」
重々しく「合格」と口にする。まぁ予定調和である。
「あ、ありがとう……ございます?」
「手加減してもらったけど、チビはすごく強いんだよ。そのチビに多少でも対応したんだから、自信持って良いと思うよ」
玖内君にそう伝えると、硬い表情だった彼の表情は少し柔らかくなった。そして俺は見ていた。彼が小さくガッツポーズをしていた事を。そう、彼に必要だったのは自信だ。
悠里は玖内君とリナを連れカフェ内へと戻った。俺は不完全燃焼でまだ遊び足りないチビの相手をすることにしたのだが……。
「チビがんばるっす!」
「悠人さんがんばって!」
「うふふ〜」
三人の応援が飛び交う中、俺とチビは割とガチバトルをしていた。
先ほどの玖内君の鎖アース作戦をパクり、【真言】によって存在しないはずのものを地中に具現化させる。初の試みはいつもエッセンスの消費が激しく燃費は悪いが、なんとか形にすることはできた。それもエアリスの協力あっての事である。そして周囲に能力がバレないよう、チビに掌を向けて魔法でも使うかのように演出する。
地中に具現化した“細い鉄の鎖”を地中から飛び出すようにチビへと幾本も伸ばしその足を捉えようとする。それに対しチビは紫電を一瞬強化することで鎖に落雷を起こして砕き弾き返す。チビの紫電が地面を抉り、俺の拳の風圧が香織の短いスカートを捲る。「きゃっ!」「うふふ〜」「お兄さんも好きっすよね〜」というのは無視し、俺とチビはもしかすると初めてと思えるくらい真面目なスパーリングで遊んでいた。
「チビってほんと、俺より強いだろ。エアリス、ステータスは?」
ーー 八割程度近接戦闘仕様にしてあります ーー
「うへぇ。でもチビ、割と楽しそうだぞ」
ーー そうですね。チビのステータスはどうやら、マスターの最大近接戦闘ステータスに匹敵するものと思われます ーー
「それで紫電に近距離転移にでかい体、爪に牙か。やばいものを育ててしまったのでは?」
ーー そうですね。あっ、マスター、嫌な予感がします ーー
「え?」
チビが四足で地面に踏ん張り、こちらへ向かって咆哮した。その咆哮は巨大な狼のアギトが襲い来ることを幻視させるものでインパクトの直前に実際に衝撃を伴っており、まともに受けるのはまずいことを感覚的に理解した。エアリスはそれに対し【拒絶する不可侵の壁】を発動させようとしたが、俺はそれを拒否。代わりに渾身の威圧を放出し、チビが放った咆哮を相殺した。
「おおおるぁぁぁああああ!!!」
ーー 気合でなんとかするなど危険です! ーー
「俺はチビの飼い主だぞ? 気合くらい勝たないとまずいだろ。……つってもぶっつけ本番はやっぱまずいかな」
ーー 威圧に物理的な衝撃を付与するなど……よくこの一瞬でできましたね ーー
「咆哮がまともに当たる直前になんとなく感覚的にわかったというか……必死さのなせる業? とかそんなんかもな」
ーー すばらしいです、マスター。惚れ直しました ーー
エアリスの事は放っておいて尻尾をゆらゆらと振るチビに話しかける。
「で、チビ、こんなもんでいいか?」
「わふっわふっ!」
ーー 『ご主人すごい! ご主人つおい!』だそうですよ? ーー
「へっへっへ。“獣王”に褒められたぜ。やったぜ」
カフェ内ではその様子を幾人もが見ていた。悠里たちの他にもマグナカフェの隊員たち、さらにまだ居残っていたブートキャンプに参加していた探検者が数名だ。
玖内はカフェ内から悠人とチビの戯れあいとは到底思えない戦いを見て「す……すぎょい」と思わず声を漏らす。
リナも同じく「悠人サン……」と漏らしていた。
そんな二人とは対照的に、ログハウスの社長である悠里は「ほんとにね……ちゃんと地面直してから帰らないと」と呟く。悠人も悠人だけどチビもチビ、と呆れながら。
「あ、あの、御影さんっていつもあんなことしてるんですか?」
「滅多にしないんじゃないかな。むしろ初めてみたよチビとあんなに激しく戯れるのは」
「ぼ、僕もログハウスに加わったら、あんな風に強くなれるんでしょうか?」
「んー……それはなんとも。でも目標にはなるよね。私たち全員の目標でもあるし」
「目標……」
「うん。放っておくと悠人は一人で無理しちゃいそうだし、そうなったら知らないとこでいなくなっちゃうかもしれないから。でもそれについていくなら肩を並べられるようになりたいじゃない?」
玖内は思った。クラン・ログハウスは御影悠人を中心としているのだと。彼の目の前にいる美女は社長、しかしおそらくその役をしているのは御影悠人を助けるためなのではないか、と。さらに思ってしまった。自分も、その一人になりたいと。そんな彼は「はい」と迷わず答えていた。
一方同じくログハウスのメンバーとなるリナは外の悠人を見て考えていた。その様子に気付いた悠里は「どうしたの?」と尋ねる。
「あっ、いえ、特には」
その様子に悠里は心変わりをしてしまったのでは、と焦る。もちろん表情(かお)には出さないが、内心ビクビクしている。
「それで……あんなのを見ちゃった後だけど、どうする?」
「それはもちろん入ります!」
「ぼ、僕も決めました」
マグナカフェからログハウスへとリナを連れて帰ってきた俺たちは、膨れっ面で腰に手を当てた人物がプリプリとしているところに遭遇した。
「遅いよ! 遅いね!」
「あっ、すまん忘れてたわけじゃないんだが」
「そうなの? 忙しいのにボクのことを考えてできるだけ急いで帰ってきたんだね?」
忘れてても忘れてなかったと言うのはもはや様式美だな。だって忘れてたって言ったらショック受けるかもしれないし、それに言い訳してなんとかなるならその方がいいだろうし。でもフェリシアはそんな見え透いた嘘を見逃してはくれないようだ。まぁ実際忘れてたしな。怒られたら謝ろう。
「いや、んー、すまん、忘れてた」
「ひどいね、ひどいよ。しくしく」
どう考えても泣き真似。でも香織から教わった『あざとかわいい』を実践しているのだろう、顔を覆った細い指の間からこちらをチラッと覗く宝石のような瞳が見えている。フェリシアは子供っぽいところがあるため、これは撫でろという合図なんじゃないかと思いその頭に手を伸ばす。軽く撫でてやるとフェリシアは手に頭を押し付けるようにし……ニット帽がずれ落ちた。
「こ、こちらのキュートな美少女は……え、ええ〜!? 耳ぃ!?」
リナにフェリシアについてをある程度説明し、そのことに関しては誰であっても勝手に他言はしないことを約束してもらった。大げさかもしれないが、フェリシアは現在エルフっ子だ。それに22層に探検者を隔離した“大いなる意志”なのだ。他言されれば問題しか起きないじゃないかと思ったからだ。
もしもリナが他言するようなら“宣誓”に似たようなことを施す必要があるが……問題はなさそうに思う。
「心配しなくても他の人になんて言いませんよ。それにこんなにかわいいエルフさんが悪い人なわけがありませんから。“かわいいは正義”とこの国のコトワザにもありますし!」
「そんな諺(ことわざ)はないけどな。でも助かるよ。ありがとう」
「他に秘密はないですか? 悠人サン?」
「え? な、ないよ。たぶん」
「そうですか」
どうしたんだろうか、リナがなんだかこわい。例えるなら、みんなに隠し事をしている時に問い詰められるような感覚に近いのだが……まさかそんなわけ。
フェリシアはリナに数日後にモンスターが攻めてくるという話をし、その後はおしゃべりをしている。二人はすぐに打ち解けた様子で、どちらも西洋的な顔である事も相まってフェリシアの耳さえ隠せば姉妹に見えないこともない。
一方勧誘したもう一人の探検者である玖内道景は一度実家に帰った。両親や大学にも報告しなければならないし、講義にも出席しなければならないのだ。学生さんは大変だ。正式採用は卒業後となるが、なにはともあれ彼も加入が決まった。
近頃フェリシアは以前と違い起きている頻度が高い。本人は慣れてきたからと言っていたが、それと反比例するように俺は眠い時間が長くなったのだ。まさかとは思うが、何か影響してるんじゃないだろうな。そんなことを考えているとリナと楽しそうにおしゃべりしていたフェリシアがこちらへ話しかけてきた。
「ところで悠人、たぶんもう四日もないと思うんだけど大丈夫そうかい?」
「ブートキャンプの探検者はほとんど帰っちゃったしなー。半数くらいは残ると思ってたんだけど」
「そうなんだ。どうするのかな? どうするんだろう?」
「どうすっかな。ログハウスの戦力はリナが加わってくれたけど、もう一人は学校があるから不参加だろうな」
「悠人サン……ペルソナは来るんですよね?」
「あー……まぁうん、来ると言えば来るんじゃないかな」
「悠人サン、もしかしてペルソナって……」
それに続くであろう言葉をそこにいた俺たち全員が予感する。さすがに同じクランのメンバーとなったのに隠しておくこともないだろうし、まぁいいかと思っていた。
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