第97話 猫好きのフェリ



 十一月十八日。近頃マグナカフェの軍曹によるブートキャンプは徐々に成果を上げているようだ。俺たちログハウスも護衛として度々共に行動してはいたが、もちろんそうでない時もある。そんな日に限って軍曹はブートキャンプ参加者を20層へと連れていったのだ。曰く「守られているだけでは得られないものもある」とのこと。確かにそうだとは思うが、些かスパルタが過ぎるのではないかなどと思ったりもする。しかしこちらの心配を余所に彼らは20層での鬼門と言える亀のモンスターにも対応し、そしてそれ以上に危険な虎とライオンの合いの子のようなモンスター、ライガービーストもなんとか倒すに至っている。それにより順調にミスリルを代表とした戦利品を集めているようだ。

 ちなみにブートキャンプ中の戦利品は一度迷宮統括委員会が買い取る形になり、希望者は迷宮統括委員会から買うことになる。しかし加工に向いた能力を持っている探検者と知り合いでもなければ記念品にしかならないようだが。

 ブートキャンプ終了の予定日は十一月二十日、半数以上がおそらくその後に起こるであろう新層からの侵攻を待たず帰ることになっているが、各々の生活もあるし仕方ないだろう。

 生活といえば日々クランとしての依頼をこなしている俺たちだが、それぞれが初任給程度の収入を得られるようになっている。自衛官でもあるさくらは「うふふ〜。お給料がちょっと増えたわ〜」とホクホク笑顔だった。しかし……ちょっとなのか。

 俺の場合は迷宮統括委員会からの依頼で製作者不明とした装備制作も少しだけやるようになったことでダンジョンができた当初からは考えられない額が口座に振り込まれてくる。しかしお金を使うところがあまりないこともあり回数も額も振り込まれる方が多い。他のメンバーは衣類や化粧品といった身嗜みに関するものは買っているようだが、それでも余裕があるらしい。ちなみに食費はクランから出ることになっているので個人の財布を圧迫することはない。


 昼を目前にリビングへ行くと、いつものようにみんなが揃っていた。そこにはフェリシアもいたのだが‥


 「おはよー。あれ? 一昨日起きてなかったか?」


 「おはよう悠人ちゃん。なんだろうね? なんでだろうね? 慣れてきたのかな?」


 「慣れれば起きれるようになるもんなの?」


 「知らないよ。知らないね」


 「まぁ悪い事じゃないな」


 「悠人ちゃんは逆に寝てる時間が長くなったね?」


 「そうだなー。なんでだろうね? なんでだろうな?」


 「あーっ! ボクのマネ!」


 そんなこんなで穏やかな時間は過ぎていく。そういえば今日のブートキャンプはどこにいくんだろう?


 「今日は軍曹たち、どこに行くか聞いてる?」


 「20層に森を見つけたとかでそこへ行くって言ってたかしら?」


 『20層の森』というキーワードに心当たりがある俺と悠里が嫌な予感を覚えると同時、フェリシアが焦ったように声を上げる。


 「森? 森はだめだよ! 悠人ちゃん! 止めに行こう!」


 「お、おう」


 森で懐かれた巨大な三毛猫の群れを気に入ったらしいフェリシアは、“森”と聞いただけでその森を思い浮かべたのだろう。エアリスによって他にも森があることは知っているのだが、一番近い森はその森だ。詳しい場所をさくらに聞こうとする俺の背をフェリシアが押しログハウスを出ようとする。


 (まぁ散歩だと思えばいいか。フェリもせっかく起きて来たんだし外に出たいだろうしな)


ーー そうですね。では鍵を使いますか? ーー


 (そうしよう)


 【空間超越の鍵】の事だ。上半身は人間の女性で下半身は蛇のラミアを倒し幻層を攻略した際に手に入れた一種の能力だ。現状では一日に三度、把握している場所との距離をゼロにする扉のようなものだ。自分以外も通る事ができるという利点があり開通しておける時間は二時間程度、開通させる時よりも維持しておく方が能力使用の源となるエッセンスの消費が少ないため短時間であれば開いたままにしている事が多い。その場合は通りすがりに勝手に入ってしまわないよう扉を誰かに守ってもらう必要があるのだが、その役割は大体さくらがしてくれている。


 フェリシアが三毛猫の森と名付けた森へとなぜかみんなで行きエアリスに索敵を頼む。軍曹たちがこの森を目指しているのならば索敵の網にかかるはずだ。他の森はこちら側には無く、かからないのであれば他へ行った可能性が高い。


ーー 来てますね ーー


 「そうか」


 「ここの猫たちはボクが守るんだ!」


 チビの背で仁王立ちになり、ふんす! と鼻を鳴らすフェリシア。この場所はかなりお気に入りらしい。そんなフェリシアだが、今日もニット帽を欠かさない。だって尖った耳が見えちゃうからな。


 数分経ち、軍曹たちが目視できるところまでやって来た。こちらまで来るのを待とうかと思っていると、「チビ! ゴーゴー!」と言って走り去ってしまった。まぁ……大丈夫だろう。


 チビに跨ったフェリシアが軍曹に合流して間もなく俺のスマホが鳴る。通話状態にすると軍曹にいろいろ質問されたが、この森の猫には手を出さないようにしてくれることになった。質問というのは、害はないのかということが主だったが、若干小声で「その猫は……さ、触っても大丈夫なのだろうか?」と聞いてくるあたり、もふりたいのだろう。しかしそれはわからないと答えると残念そうだった。


 しばらく経つと軍曹たちは進む方角を変えフェリシアはこちらへと戻って来た。


 「ふふん! しっかり説明したらわかってもらえたよ!」


 「そ、そうか、よかったな。戻るのに時間がかかったみたいだけどそんなに熱弁してきたのか?」


 「うん、リナにね!」


 「リナにか」


 フェリシアは自分が説得したと思っているので保護者に確認を取るかのように電話をかけてきた軍曹の事は伏せておくことにし、その間子守をしてくれていたかもしれないリナには後で何かお礼をしなければなと思った。


 用も済んだし帰ろうとすると、フェリシアが袖を引いた。三毛猫にでも会いに行きたいのかと思って話を聞くと半分は正解と言ったところだった。


 「じゃあ目的地までしゅっぱーつ! 猫はその後!」


 「わふ!」


 フェリシアの用事が済むまで他のみんなは森に行くことにしたようだ。それを横目に俺とフェリシアはチビに乗る。

 俺とフェリシアを乗せても余裕があるほど大きく成長したチビ。そういえば“獣王”なんだったか。今ならそれも納得の風格である。ライガービースト程では無いにせよ巨体となったチビに跨り草原を疾走するのは実に快適……なわけがない。痛いのだ、お股が。フェリシアはチビに跨るというより背中に膝をつけて乗っており、その手は首辺りの毛を掴んでいる。俺は全体重が股にかかっている。しかも狼なのだ。騎乗には向かないため衝撃がやばい。

 俺はエアリス謹製の翼を展開し、少し浮くことでこの問題を解決したのだが、重さがなくなったことを疑問に思ったチビが振り返り初めは『なにやってんの?』とでも言うかのような目をしていたが、やがて察してくれたような気がした。


 フェリシアの案内で到着した場所には垂直に切り立った岩の壁、その一部が割れて渓谷になっており、全体としてはテーブルマウンテンを思わせるものだった。


 「上からの景色は絶景だろうなー。それでここがなんなんだ?」


 「ダンジョンさ」


 「ダンジョン? ここがフェリの同僚ってやつが作ったっていう?」


 「同僚とはちょっと違うけど、そうだね、この亀裂が入り口になってるみたいだよ」


 「へ〜。じゃあここから来るってことか?」


 「そのとーり! だからさ、攻めてくる時にここを包囲しちゃおうよ。むしろ逆に攻めてもいいかもしれないよ。おもしろいね? おもしろいよね?」


 「おもしろいかは別として、この間のカマキリみたいに他のところから出て来れるんじゃないのか?」


 「それはないよ。ルール違反になっちゃうからね」


 「ルール?」


 「そう。アイツは神を気取っててさ、言ったことを破らないんだよ。アイツは僕に『ダンジョンからモンスターが出て侵攻する』って言ったのさ。歩いてのそのそ出て来るのかを聞いたら、そうだって言ってたからね」


 「ふーむ。神か。そういえばイルルヤンカシュもルールがどうのとか言ってたっけ」


 「ああ、白蛇ね。神を自称する者にとってルールは重いものだからね。決まった枠の中だけで考えないならそんな事にはならないんだろうけど」


 「フェリは違うのか?」


 「え? 僕? 今は地球初のエルフっ子だよ! きゃぴ⭐︎」


 「はいはい、そういうのいいから」


 「もぉ〜。ま、いいや。今は僕は神だとは思ってないから。場合によっては演じるけどね、全然気にしないよ」


 「うーん」


 「そんなに深く考えることないって〜。ね? 僕を信じてさ!」


 「いや、そうじゃなくてな」


 「そうじゃないの?」


 「攻めるなら暴れても大丈夫なくらい丈夫なのかなって思って」


 心配しているのは中身の事だ。もし強力なモンスターが現れたら銀刀やエリュシオンだけで、とはいかないかもしれないからな。


 「攻める気満々なんだね。中は丈夫にできてると思うよ。たぶん悠人のビームみたいなやつ、アレでも大丈夫さ」


 「そうか。じゃあ暇そうならイルルヤンカシュも喚んでみようかな」


 「白蛇かー。一応“神気”を持ってるから全力は危ないかもよ?」


 「マジか。ところで神気ってなんだ?」


 「神の気? みたいな?」


 「まんまかい。しかもそれじゃ、自称神っていうか本当に神なんじゃ?」


 「それはほら、代替できる言葉を知らないからさ。他にちょうどいい言葉を考えればいいんじゃないかな。何かいい言葉はないのかな?」


 少し考えたが思いつかない。神なんて言ったら一番上の存在だからな。それ以上なんてわからんよ。


 「めんどいから神気でいいや。で、それを持ってるとなんで危ないんだ?」


 「アイツと似たような系統の力だからだね。火に火を足すと炎みたいになって仲が良さそうだけど、いわゆる神属性同士は基本的に破滅しか生まないんだ」


 「なるほど。雰囲気は伝わった。全力じゃなければ大丈夫っぽいってこともわかったから充分だ」


 「そうかい。じゃあ猫のところへ! ……どしたの悠人ちゃん、早く乗りなよ?」


 「うーん。『空間超越の鍵』」


 「あ! エッセンスもったいないのに早く行きたい僕のために使ってくれたんだね! ありがとう! ありがとう!」


 「ま、まぁな」


 本当は拷問はもう勘弁だからとは言わずフェアリーサークルへと直接繋げそれを抜けると、巨大な猫たちと遊ぶ女性陣がこちらに気付く。同時に猫たちもこちらに気付き、すぐさま目の前で犬顔負けのおすわり整列をしていた。


ーー マスター=肉をくれる人 という認識が定着しているようですね ーー


 (間違いではないしな。あ、そうだ。さっきのダンジョンの中ってわかるか?)


ーー 一度も入ったことのないダンジョンですので、残念ですがホルスの目をもってしても覗けません ーー


 (え? できないの? エアリスなのに?)


 とりあえず煽ってみる。こんな事を言われて黙っていられるエアリスではないだろうし。


ーー ……その喧嘩買いましょう。以前のカマキリのデータはありますしそこから探って見せましょう ーー


 (よろしく頼む。さて、こっちは……)


 目の前の整列した猫たちに視線を送る。その全てが期待の眼差しでこちらを見ていた。


 「ほーれほれ、肉だぞ〜」


 生肉を差し出してみると匂いをくんくんと嗅いで「ナーゥ」とひと鳴き。そのまま見つめ合っているともうひと鳴きされた。


 「もしかして、焼けって?」


 試しに焼いて冷ましてを最速で行い差し出してみると、猫たちは勢いよく貪り出した。


 「こ、こいつら……グルメになってやがる」


 「悠人さん、猫語がわかるようになったんですか?」


 香織がそう聞いてきたが、そんなわけはない。


 「ニャウリンガルになった覚えはないんだけどなぁ。むしろ日本語以外NGなんだけど」


 しばらくのんびりとした後、ログハウスに戻って先ほどのフェリシアの話をみんなと相談することにした。俺としては侵攻時に逆にダンジョンを攻略しに行こうと思っていることを伝えると、その後誰が行くかを話し合っているようだった。ようだったというのは、俺はその間部屋でリナ用の装備を作っていたのだ。


 俺たちはブートキャンプの護衛依頼に度々行く機会があった。その時、リナの戦い方というのを何度か目撃したことで俺とエアリスはどんな武器が使えそうかという妄想にも近い想像を繰り返していて、それを元に作成を試みたのだ。


 (やっぱり足だけよりも防具を兼ねた感じにした方がいいよな)


ーー そうですね。あの脚力ですから、自分が怪我をしてしまう可能性もありますので ーー


 (膝下くらいまで必要かな)


ーー 不足です。膝上は必要でしょう。ニーハイですよニーハイ ーー


 (ニーハイって言っても、金属鎧みたいなレッグアーマー的なものになるんだろ?)


ーー ふふふ……パンツスタイルでも靴下代わりに使える品ができます ーー


 (うーん。それをアンダーアーマーとして、外側はある程度それっぽいのにしようよ)


ーー なるほど。二つ合わせて攻防一体とするわけですね。お任せください ーー


 (デザインは……似合いそうなやつ検索して)


ーー わかりました。では制作に移ります ーー


 (おっとその前に、もう一人のいつもキャップかぶってる探検者の方のも考えよう)


 なぜこうなったのかというと、それは悠里からの提案という部分が大きい。近頃クランとしての活動、主に護衛が多くなっている。それに伴い収入面の不安も払拭されつつある中、新たな人材を雇おうということを提案されたのだ。悠里が推薦したのはリナ。リナは母国のそういった団体や公的機関のようなものに所属しないのだろうかという疑問は悠里が彼女と話をした時に問題ない事がわかっている。もう一人の探検者は、実は以前軍曹から打診されていたのだ。

 その探検者はこのご時世に大学三年、まさに就職活動をしようとしていた矢先にダンジョンが発生してしまったある意味不幸な人物の一人だ。聞くところによると勉学はそつなくこなし、三年の時点で卒業に必要な単位は修得済み、残すは四年次以降しか受講できない必修科目のみとなっているらしい。しかしそんな優秀な人間であっても、多くの企業が活動ができない状態となっている場合が多く基本的に就職する先が少ないのだ。他国ではダンジョン発生による影響よりも災害自体の影響が大きく、必要とされる人材は安価な労働力である事が多い。それに情勢も不安定と言わざるを得ない状況であり、国外に就職先を探すリスクを避けたいと思っても当然のことだろう。結果、彼は探検者となる道を選んだのだという。とはいえこの状況に合わせて“今は”かもしれないが。


 (それにしても彼のスタイルは)


ーー 銃と近接武器のオールラウンダーですね ーー


 (近接武器って何がいいだろう。ってか日本人なのに銃が扱えるってどういうことだ?)


ーー 海外であれば旅行先で射撃を体験することもできますし、そういった経験があるのかもしれませんね ーー


 (なるほどなー。でも銃を持ってるところを見た事がないな)


ーー 法案の可決がされていないため探検者といえど一般人が銃器を所有することは容易ではありません。一般的なジビエハンターでさえハンターの資格を取ってすぐに狩猟銃を所有することはありませんので ーー


 (ふむ。ところでエアリスさん、法案って?)


ーー 探検者が銃器を所有することを可能にするための法案です。現在はブートキャンプのような特殊な場合にのみ、自衛隊から貸し出されています ーー


 (情報の出所は?)


ーー 秘密です ーー


 (ほぉ。ところでホルスの目はそんなに便利なのか?)


ーー はい、それはもう。フェリシアのおかげでエッセンスの消費もご主人様への負担も許容範囲内に収まっていますし、なにより地上に出れば効果範囲内に限られますがどんな場所をも見通せるのでワタシにとって、機密は機密という言葉の意味を成しません ーー


 (なるほど。それで覗いたわけか)


ーー 秘密ですので ーー


 (そうかい)


 その日はどんな武器がいいか等を考えながら眠りについた。時折夢を見ているような感覚の中、エアリスの声がパーセンテージとカウントダウンを発していたようだったが、俺はその声をただ聴いていた。


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