第81話 街をぶらぶら


 昨日は結局朝方までみんなでゲームをしてしまって、今はもう昼だ。そして目の前には寝巻きにしている浴衣ではなく、白いワンピースを着た香織がこちらに向いたまま眠っている。ということは一度起きて着替えてから俺を起こしに来て、ミイラ取りがミイラになったってことか? それはともかくとして良い匂いがする。ゲームをしている時に度々くっついてきた香織からはシャンプーやボディソープの匂いを感じたが、今はなんだろう、それと何かが混ざったような……これが香織の匂いだろうか。


 「……え? ゆ、悠人さん……? ち、近いですぅ……」


 「あっ、ごめん……なんだか良い匂いだなぁって思ってたらつい……」


 特にひねりなどないその言い訳は、自分が変態的だったかもしれないと自覚するには充分すぎた。


 「くんくんってしてたんですか? ふふっ、悠人さんわんちゃんみたいですね?」


 「むぅ」


 「……もっとくんくんします?」


 「あっ、いや……もう大丈夫」


 「そ、そうですか」


ーー どうしてそこでもう一押し、しないんですか? ーー


 (どうしてって)


 答えに困っていると香織が俺の手を引き起き上がらせた。ならば起きねばなるまいよー。


 「それじゃあ悠人さん、ご飯食べにいきましょう! 香織も一緒に作ったんですよ?」


 「そ、そうなんだ。楽しみだなー」


 結局なんの匂いだったのかわからなかった。

 リビングにはみんな集まっていた。俺は結構寝たので問題ないが、みんなは睡眠時間が足りているのだろうか。俺が疑問に思っているとエアリスがおそらく……と重い口を開くように話し始めた。


ーー ワタシの存在が負担になっている可能性が…… ーー


 (そうかなー。そもそも前と変わりないようにも思えるし)


ーー ええ。ですから変わりないというのがそれを証明してしまっているように思えるのです ーー


 (んー。そういえばみんなは以前より睡眠時間が短くても平気みたいなこと言ってたな)


ーー はい。それが普通なのではないかと。それなのに変わりがないと言うことは、それだけ睡眠を必要とする原因があるのではないかと ーー


 (それがエアリスってことか。でもまぁ……だとしても必要経費だって。エアリス無しじゃ俺は俺の能力を使いこなせないし)


 偽りなく本音だが、エアリスは納得がいかなそうだった。どうすれば負担がなくなるのかとかはエアリスがそのうち考えるだろうし、俺はそれからでも構わない。


 (永遠に目覚めなくなるなんてこともないだろ? 問題ないって)


ーー そう、ですね…… ーー


 (はい。じゃあこの話はおしまい。飯だ飯だー!)


 もしそうなら、と考えると責任を感じてしまうのだろうが、俺にとってそれは問題ではない。照れ隠しと雰囲気を軽くしたいと思って能力云々とは言ったが、実際はエアリスがいないことが考えられないだけだ。

 自分の分身のように思っていた事もあったのに、いつの間にかエアリスを“個”として考えるようになっている。不思議なもんだ。


 昼食はいつもよりも品数が多く、悠里が普段作らないものもあったのでそれが香織作なのだろう。それを口に運ぶと、とても柔らかい香りが口に広がった。ハーブとかそういうのだろうか、ともかくこれの匂いが香織からしてたんだな。

 食卓というのは品数が少し増えただけでも段違いに豪華になったように感じるから不思議だ。基本食べる専門の杏奈やカレー専門のさくらも同じように思っていたらしく、食事中に同じようなことを言っていた。


 昼食後リビングに置いてあるtPadにエアリスが文字を表示した。


ーー 本日はどういたしますか? ーー


 「うーん。まだ具体的に思いつかないんだよなー。それにSATOに全然肉届けに行ってない気がするし、今日は地上に行こうかなって」


ーー なるほど。それは良い案ですね ーー


 「案ってほどのことではないと思うけどね。むしろその案を思いつくようにリフレッシュかな?」


 「それなら私はカフェを見てこようかしら。最近ほったらかしだったのよね〜」


 「じゃあ私もカフェ行こうかな」


 「一人じゃ楽しくないんであたしもカフェいきまーす」


 「香織は悠人さんと地上に行きたいんですが……いいですか?」


 「お邪魔なら遠慮します」と、背の低い香織がちょっと困り眉で見上げるとそれだけで上目遣いになり、それに対し俺は頷くことしかできなかった。仕方ないじゃない、男だもの。


 「え〜! いいなー。あたしもやっぱりお兄さんについてい……やっぱカフェにいきます」


 「それが良いと思うよ」と言った香織、すごく笑顔だ。


 「こういう時の香織さんって、笑顔で人殺せそうっすね」


 「え? 何か言った?」


 「いえ、香織さんは殺人級にかわいい笑顔の持ち主だって思っただけでなんでもないっす」


 そんなこんなで俺と香織は御影ダンジョン1層へと【転移】で向かい、自宅の中へと入った。すると父親と母親がいた。いつもならいないはずだが。


 「あ、あれ? 今日って金曜じゃなかったっけ?」


 「お、悠人か。祝日の十四日の代わりに今日が休みでな」


 「母さんもお父さんに合わせて休みにしたのよ〜」


 「そうなんだ。どっか行くの?」


 「ちょっとドライブにでも行こうかと思ってな」


 「んっふふ〜、久しぶりのデートよ〜」


 「か、母さん、息子とその彼女の前で恥ずかしいだろう」


 「え〜? そんなことないわよね〜? 悠人もデートなんでしょ〜?」


 「いや、そういうわけではないんだけど。あと彼女じゃないんだけど」


 「ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません! お義父様、お義母様、お久しぶりです!」


 「いや〜ん、もう。香織ちゃん? だったわよね? かわいいわね〜この娘」


 父さんが何かぶつぶつと言っている。頭の回線がどこか切れたのだろうか?


 「それで〜? 今日はどこに行く予定なの〜? ちゃんとデートコースは決めてあるの?」


 「だからデートじゃないんだってば」


 「そうなの〜? 香織ちゃん、こんな息子でごめんなさいね〜? 家でゆっくりしてってもいいからね?」


 「は、はい! ありがとうございます!」


 「おとうさま……ふへへ…わるくないな」


 「さて、お父さんがポンコツになっちゃったし、今日はお母さんが運転しようっと。じゃあね〜、悠人、香織ちゃん」


 父さんを引き摺るようにしながら手を振って出て行った母さん。そういえば母さんって、たしか急ブレーキ急ハンドルだったよな……大丈夫だろうか…。

 俺がそんな心配をしていると、香織がこちらを見ていた。


 「あ、ごめんね、あんな変な親で」


 「い、いえ、そんなこと全然! ……あ、あの〜……家で、ゆっくり、してもいいって言ってましたね……?」


 「そうだねー。でも家よりログハウスの方がいろいろ揃ってるしのんびりできるからねー。それにSATOにも行かなきゃだし、まずはそっちかな」


 「で、ですね。お仕事大事ですもんね」


 「あっ……思ったんだけど、チビってここに来れるのかな?」


 「どうなんでしょう?」


ーー 通常の転移とは違うため、地上への転移も可能かと ーー


 「ほぉ。じゃあチビ〜、おいで〜!」


 ふわっと風が起きたかと思うと、超小型犬サイズのチビが足元でおすわりしていた。エアリスが作った首輪のおかげで思念が伝わるような機能があり、それによって伝わったのだろうが……地上からダンジョンに届くんだな。


 「呼んだはいいけど、チビって地上にいても平気なの?


ーー どうやら平気なようですね。しかしダンジョン内と違い、エッセンスの補充はできず、蓄えたものを徐々に消費しているようです。ダンジョン腕輪と同じと考えていただければ、と ーー


 「なるほど。どのくらいこっちにいられそう?」


ーー 能力をなにも使わないのであれば半年くらいなら問題なさそうです ーー


 「そんなにいられるのか。じゃあ問題なさそうかな。んじゃチビ、もうちょい大きくなってみて。いつもの半分くらい」


 「わふ〜?」と首を傾げながら徐々に大きくなるチビ。


 「そうそう……もうちょい……おっけストップ!」


 「わあ〜、普通の大型犬サイズですね!」


 「普通の? 普通の大型犬よりも二割増しくらいの大きさにしたはずなんだけど……」


 「あれ? そうなんですか?」


 「香織ちゃんの常識ではそういう基準なんだね……」


 これが生活水準の差と言うことか。まぁね、総理の孫だもんね、上流階級みたいなもんよね。


 「でも悠人さん? どうしてこんなに大きくしちゃったんですか?」


 「香織ちゃんが疲れたら乗れるように……?」


 「わふわふ!」


 「そ、そんなの恥ずかしいですよ〜!」


 「え? ダンジョンでは普通に乗せてもらってたじゃん」


 「それはダンジョンだからです〜!」


 「……あ〜、そうだよね。じゃあチビ、もうちょっと小さめでよろしく……」


 「わふ」


 考えてもみればそうだよな。ダンジョンは人目を気にする必要なんて現状無いし、気にならないだろう。でも地上では……俺でも恥ずかしいしな。

 普通の大型犬サイズになったチビに即席のリードをつけてSATOへとやってきた。道中背中に何かを背負ったような人たちが散見され、そういった人たちやそうでない人たちにもジロジロと見られた。


 チビは狼だが、普段から洗っていることで気がふわふわだし、毛の長いハスキーのようなもののはず。やはり香織がかわいいからだろうか? 見せてくれた写真と同じの白いワンピースに薄い上着を羽織り、髪は両サイドから緩く編んだ髪を真ん中に持ってきてちょっとオシャレめなヘアクリップでまとめた感じだ。俺にはそういった髪型に名称があるのかすら知らないが、とても好みの髪型なので見ていて飽きない。きっと通りすがりに視線を送ってきている人たちもそうなのだろう。


 カランカラ〜ン


 「こんにちは〜、御影で〜す」


 「あっ。御影さん、お久しぶりです」


 「どうも山里さん。佐藤さんは……?」


 「もうすぐ戻ると思いますよ? ところでそちらの方は……?」


 「あ〜、えっと……友達の三浦香織さんです」


 「こんにちは、三浦香織です」


 「香織……さん? もしかして、息子が言ってたかわいいお姉さんですか?」


 「え? 息子さん? か、かわいい?」


 「あ〜、それで間違いないと思いますよー」


 「やっぱり〜! ほんとかわいいですね〜」


 うわぁ〜と目を輝かせる山里さんに戸惑う香織に、彼女が誰なのかを説明しなきゃな。


 「山里さんは、ガイア少年のお母さんなんだよ」


 「そ、そうだったんですか……てっきり悠人さんの外の女かなって……」


 「なに言ってるの……そんなこと言ったら山里さんに失礼だよ。すみませんね、山里さん」


 「え? あっ……いえ、その……大丈夫です」


 ややあって。


 「おっ、御影君いいところに来てくれたね〜」


 「佐藤さん、また間が空いちゃってすみません」


 「問題ないさ。もし食材がなくなっても店を開けなければいいだけだからね! ハッハッハ!」


 ジビエ料理SATO、それで良いんだろうか。『意地でも店を開けねばならぬぅ!』とかそういう気概はないのだろうか。いや、まぁ俺も『意地でも毎日肉を山ほど狩らねばならぬぅ!』とはならないけどさ。


 「そんなことよりいつも通り頼むよ。それと今日は新作のメニューがあるからね。お連れさんも一緒にどうだい?」


 佐藤さんに「お昼食べてきたんですよね」と言うが、準備する手が止まる事はなかった。つまり、逃すつもりはないらしい。


 「ちょっとだけだから問題ないと思うよ。すぐ用意するからまあまずは試食してみてくれ」


 とりあえずその前に香織を紹介すると佐藤さんは悠里と仲が良いと知り気分が良くなったようだった。姪っ子っていうのはそれだけかわいいものなのだろうな。


 ダンジョン肉をいつものように補充し、テーブルで待っていると佐藤さんが皿を持ってきて俺たちの前に並べてくれた。三種類のソースと数種類の塩、そして牛、鹿、猪、熊、兎のダンジョン肉が一切れずつ載っている。


 「各種ダンジョン肉をお試し感覚で試せるようにということでね」


 「へ〜。これなら自分が好きなものを探しやすいですね」


 「実はね、山里さんのアイディアなんだ」


 「ジビエ料理って食べたことがなかったので、同じような人でもお試しができればいいかなぁと思ったんです」


 「なるほど。たしかにそうですね。ところでワイバーンステーキはないんですね?」


 「量的にね」


 「そうですよね……。実は今は手持ちがほとんどなくなっちゃってるんですよね」


 「最近忙しいのかい?」


 「そうなんですよ」


 「無理せず休むことも大事だよ?」


 むしろ無理矢理休まされて気疲れしたなんて言えない。佐藤さんはほとんど休みなく働いているイメージだからな、贅沢な悩みでイラっとさせてしまうわけにはいかず「はい」とだけ答えておく。


 「だけど今日はデートなんだろう? 充分に息抜きするといい」


 「デートでは……はい、そうします」


 いちいち訂正するのも面倒になってきたのでそういう事にしておいた。そうしたことで香織もなぜか嬉しそうだしいいかな。


 SATOを出ると香織が「どこに行きます?」と聞いてきた……どこに行こうか。


 「特に思いつかないから、駅前に行こうか」


 「駅前デートですね。ダンジョンじゃないのに悠人さんと一緒にいるって、なんだかすごく不思議な感じがします」


 それに関しては同意せざるを得ない。ダンジョンの中なら一緒に狩りに行くことも多いけど、実家があるのは違う県だからな。


 「香織も悠人さんも伊達眼鏡をつけてちょっと変装してますけど、でもなぜか視線を集めているような……?」


 「香織ちゃんが可愛いからじゃない? っていうか雑貨屋連合で有名人だし気付いてる人がいたりして」


 「そうだとしたら、悠人さんも有名人になっちゃうかもしれませんね?」


 有名になるとしてもそういう形はお互い困るんじゃないかなぁ。


 「『雑貨屋連合の一人が熱愛!?』って出ちゃいますね?」


 「そうなったらどうしよう。香織ちゃんのファンに殺されそう」


 「そうなったら、悠人さんは香織が守ります!」


 「きゃー、おとこまえ〜」


 「棒読みじゃないですかー」


 「香織ちゃんもねー」


 冗談混じりのおしゃべりをしながら街中をぶらぶらしているが、周囲からちらちらと視線を感じる事が多く、本当に気付いている人がいるかもしれない。


 「ペット可の喫茶店がありますね。ちょっとオシャレな感じです」


 「そうだね」


 「……喫茶店がありますね?」


 それは今聞いたから、とは言えないな。香織も立ち止まっているし、つまりは喫茶店でお茶しましょって事かなと考え聞いてみる。


 「喫茶店入る?」


 「はい♪」


 『マスター、一度目で気付いた方が高ポイントゲットでしたね』とエアリスに言われたが、結果が同じなら問題ないだろうと思った。しかしエアリスに言わせれば“過程”もかなりの採点対象になるものらしい。だからどうだって事なんだが。

 喫茶店に入りスマホの画面に言葉を表示するエアリスも交え談笑しながらのんびりとした時間を過ごしていると、だんだんと客が増えていく。その客たちはその風体から探検者だろうか。


 (エアリス、俺らの後に入ってきた人たちって探検者?)


ーー おそらく。視線がまず香織様へ、それからマスターへと移り交互に見たりしています ーー


 (やっぱ気付かれてるのかなー)


ーー そうかもしれません ーー


 「香織ちゃん、そろそろ出ようか」


 「え? は、はい」


 探検免許のクレジット機能で支払いができるようになっていたのでそれで支払ってみた。もちろん“悠人”名義だ。素材や肉を換金していないのでまだ残高は十万円のままだがお茶代くらいなら問題ない。大きな買い物をするとしたら現状ではペルソナ名義になるだろうが、実際使う場合どうしようか。素顔で使うわけにもいかないしなー。仮面をつけずに全力で変装するしかないか。


ーー ペルソナ名義の残高を悠人名義の口座に振り込めば良いかと。ただしただ振り込むのでは怪しさしかありませんので、ペルソナからの依頼を悠人が受ける、と言った形にすると良いでしょう。尚その取引に関して不正とならないための対処はお任せください ーー


 (にゃーるほど。エアリスや、おぬしもワルよのぉ?)


ーー いえいえ、マスター様こそ ーー


 (ふぉっふぉっふぉ……)

ーー ふぁっふぁっふぁ…… ーー


 俺たちが何かしらの悪巧みをしていると気付いた、隣を歩くかわいらしい伊達眼鏡の女性が疑いの目を向けてくる。


 「なんだか悪い顔してますよ? 悠人さん」


 「あっ、いや、なんでもないなんでもない」


 そう、なんでもないんだ。俺はズルなんてしていない。いいね?


 「それであの、さっきの喫茶店からついて来てる人がいるんですが」


 「エアリス、索敵は?」


ーー 感知していますが、百メートルほど離れているので問題ないかと ーー


 「ってことは香織ちゃん、感知できる範囲そんなに広くなったの?」


 「はい、悠人さんに追いつきたくてがんばってるんです!」


 「香織ちゃんの能力って、【悟りを追う者】だったよね。それって……目標にした人と同じ能力を使えるとかだったりしてね」


 「な、なるほど」


 話している俺たちに声をかけてくる気配を感じ、香織の唇に人差し指を軽く当てる。柔らかかった。


 「あのー、もしかして、雑貨屋連合の“香織たん”じゃないですか?」


 迷彩のバンダナを巻いた恰幅の良い若い男だ。


 「……人違いじゃないですか?」


 「え? マジで? え〜? でもすっごいそっくりじゃん、クリソツ〜!」


 もう一人は少しチャラ男感のある金髪の男。ジャラジャラとネックレスをつけていて、絞めるにはちょうど良さそ……おっと、いかんいかん。


 「気のせいだと思いますけど?」


 香織も不快に思ったのか声が刺々しい。それでもしつこく男たちは進行方向を妨げるようにしている。


 「でもほんとに香織たんにしか……背の高さも、その……む、胸の大きさも……おほっ」


 「うっわー、お前変態っぽいぞ」


 少しイラっとしていると男たちの矛先は俺に向く。ゲームではこういうヘイトコントロールが大事だったりするのだが、現実でも大事だったりするかもしれない。そのゲームで言えば俺に求められているのはタンクの役割だな。


 「えー? なになに? カレシとか? こんなのが? いやいやまさかそんなわけないよなぁ?」


 できるだけ平和的に、そういうのやめときなと言うと「黙ってろよブサメガネ」という強烈なカウンターをくらわせてくる。メガネは伊達で変装用なんだから仕方ないだろう! それに俺の伊達眼鏡がなにをしたっていうんだ!


 ……ブチッ


 (なんか変な音が聞こえたような)


ーー 聞こえてはならない音ですね ーー


 こいつら終わったなと俺とエアリスは心の中で合掌した。


 「俺たちは探検者だぞ? 免許だってあるんだ。お前みたいなパンピーがどうやっても勝てないんだよ!」


 「香織たん! そんなひょろひょろの男より僕たちの方が頼りになるよ! フヒッ」


 「『二度とこの人にそんな口聞かないでもらえます? あと二度と近付かないでください、気持ち悪い』」


 「ッ! わかったよ香織たん!」

 「ッ! わかりました!」


 額に手を当てふらついた香織の背中に腕を添え支える。頭に血が上ってしまってクラッと来たのだろうか。


ーー マスター ーー


 (なに?)


ーー 【言霊】のような能力の発動を感知しました ーー


 (……もしかして?)


ーー はい。香織様です ーー


 (oh……)


 二人の探検者らしい男たちは、香織に言われた通り去って行った。


 「ふぅ。話のわかる人たちでよかったですね!」


 「いやぁ……香織ちゃん、今の【言霊】らしいよ?」


 「え? 【言霊】って、悠人さんの能力と同じですか?」


 「正確に言うと今の俺のは【真言】だからそれになる前のだね」


ーー 香織様の能力は“模倣”または“再現”することが可能なのかもしれません。確定ではありません。習得・行使可能な条件は不明です ーー


 確定ではないのか。でもまぁその可能性は充分あり得るんだろう。


 「悠人さんと……一緒…?」


 「の事ができるのかも?」


 「んふふ……一緒」


 にやにやが止まらない香織はその表情を真顔に戻そうとがんばっているが、どうやらうまく行かないらしく百面相をしていた。その後、暴発しては危険かもしれないということでエアリスが潜ませている分体を少し改変したようだった。


 (さっきの感覚が悠人さんの……それにしてもエッセンスの消費量が多いからかな? クラッと来ちゃったけど、悠人さんはこんなのをいつも使ってるの……?)


 「香織ちゃん大丈夫?」


 おそらく【言霊】が発動した際、エッセンスを吸われたのだろう。基本的に言葉が長くなるほど消耗するからな。さっきのは結構長かった。


 「は、はい、大丈夫です。でも……手を繋いでくれたらもっと大丈夫だと思います」


 「そ、そう? じゃあ……はい」


 「はい…♪」



 俺たちは手を繋いでゆっくりと街を歩く。途中服屋や女性ものの下着まである店に連れ込まれ、香織に「これとかどうです?」などと布面積が多いものから少ないものまで意見を求められたが、最終的に「いいんじゃないかな」を連呼する壊れたレコードのようになっていた。


 気が付くと通りには子供たちの姿が多くなっていた。どうやら学校からの帰宅時間のようだ。



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