第46話 WinーWinーWin


とんちゃん:おはよー



 目が覚めると悠里からチャットメッセージが届いていた。



ゆんゆん:おはよー


とんちゃん:ダンジョンデートは楽しかったかや?


ゆんゆん:お前までそういうこと言うのな


とんちゃん:えー? 違うのー? 香織が悲しむよー? 楽しかったって言ってたのにー。


ゆんゆん:エアリスが眠ってて無能になったから護衛してもらっただけ。でもぶっちゃけ楽しかった。


とんちゃん:ほほー。それはようござんした。で、エアリスは?


ゆんゆん:通りすがりの爺さんに起こしてもらったよ。


とんちゃん:通りすがりの?


ゆんゆん:あれ? 香織ちゃんから聞いてないの?


とんちゃん:聞いてませんねー。言って良いかわからないようなことだったってことだけは察するけど。


ゆんゆん:あー。そうなのか。まぁ、それならそのうちってことでいいかな。


とんちゃん:まぁ楽しみにしておくよ。そういえば伯父さんが肉持って来て欲しいって言ってたよ。


ゆんゆん:なぜ俺に直接来ないんだ……


とんちゃん:そりゃダンジョンでデートしてたからでしょ(笑)


ゆんゆん:デートかは置いといて、長期戦覚悟してたから電池もったいなくて電源切ってたかもしれないな。


とんちゃん:最近お客さんが増えたとかで、少し量増やして欲しいんだってさ。


ゆんゆん:おっ! それは朗報じゃないですか! お知らせありがとうございます悠里さん!


とんちゃん:ありがたく思いなさいよねー。


ゆんゆん:はい!


とんちゃん:ところで、ダンジョンで手に入る肉とかが無害だって判定されたっていう話知ってる?


ゆんゆん:知らん。いつの話?


とんちゃん:今朝の話。ニュースでもやってたよ。


ゆんゆん:今起きたばっかだもん知らんよ。


とんちゃん:とにかく普通にお客さん増えた上に、一応国も認めたからますます需要増えるかもね〜。


ゆんゆん:俺の時代、来た?


とんちゃん:かもよ?


ゆんゆん:収入増えるといいな〜


とんちゃん:あとね、『ダンジョン基本法』っていうのが制定されるかもしれないってさ。


ゆんゆん:なにそれ。なんかあんまり良くないものに思えてしまうな。


とんちゃん:中身はまだ一般には知られてないらしいよ。でも絶対に入るだろうっていう項目が、『自己責任』だってさ。


ゆんゆん:だろうな。責任って言っても取りようがないしな。他にもありそうなのっていうと、ダンジョンに入るための資格とかもできそうだよなー。免許証みたいなさ。


とんちゃん:うん。ありそうだねー。でもあって悪いことではないんじゃない?


ゆんゆん:まぁね。漫画とかゲーム感覚で入って勝手に死なれちゃ困るし、ミスリルみたいな有用なものが発掘されるなら国も権利を……あっ


とんちゃん:さくらが提出したはずだからね。


ゆんゆん:まさかもう加工して合成してみたとかかな?


とんちゃん:かもねー。そしたら最新鋭の装備よりも丈夫だったり軽かったり、なんてことになったら国がうるさくなるんじゃない? 欲しい企業も多いだろうし。


ゆんゆん:だよなー。むしろ戦争が起きてもおかしくない気がしてきたわ。やらかしたかなぁ。


とんちゃん:でもどこのダンジョンからでも20層には通じてそうだし、問題ないでしょ。問題があるとすれば……


ゆんゆん:狩場争いでダンジョン内は無法地帯とかになって戦争始めそう。国際条約とかなんかそれっぽいやつないのかね。


とんちゃん:ないねー。ミスリルの存在が公になる前に集めるだけ集めておいたほうがいいかもしれないね。


ゆんゆん:そうだなー。はぁ。のんびりできると思ってるとこれだよ


とんちゃん:そういう神にでも愛されてるんじゃないの? じゃあ今日はさくらと香織とミスリル集め行ってくるからまたねー。あ、チビ借りるよー。


ゆんゆん:はいはい。気をつけていってらっしゃーせー。


 悠里とのチャットを終え、思わず嘆息をつく。面倒なことにならなければいいなぁ。などと考えているとスマホが鳴る。今度は香織からのメッセージだ。


カオリ:昨日は楽しかったです。またご一緒してくださいね!


ゆんゆん:こちらこそ楽しかったよ、ありがとう。油断しないように気をつけてね。ちゃんと御守り持ってってね。


カオリ:はい! 御守りはずっと着けてるので大丈夫です! 行って来ます!


 (マメな娘(コ)だなぁ。そんなに気を使わなくてもいいのに)


ーー ご主人様、わざとですよね? ーー


 (え? なにが?)


ーー いえ、なんでもありません。ところで本日は如何いたしますか? ーー


 (うーん、そうだなぁ。まずは支度してSATOに行って……あとはその後決めよう)


 ところで何がわざとなのか。小一時間問い詰め……るほどのことでもなさそうだな。

 ということでやって来たのはジビエ料理SATO。この店がなかったら俺はジビエハンターにはなっていなかったかもしれない。とは言ってもそれが職業として認められているかというと微妙。少なくとも以前よりは手に入れることができる人は増えているだろうとは言え、世間一般としては”職業“というほどではないだろう。

 正面入り口の扉を開けるとカランカラ〜ンという音が鳴り、この店の主人である佐藤さんが出迎えてくれた。



 「こんにちはー。御影でーす」


 「おっ、御影君。悠里から聞いたのかな?」


 「そうです。すみません、連絡つかなくて」


 「いいよいいよ。ちょっと心配したくらいだったからね」


 「尚更すみません」


 「それはそうと、持って来てくれたかい?」


 「えぇ、すごいの持って来ましたよ。あと普通のも腐るほどあるんで」


 「ほぉ、助かるよ。じゃあいつものと、あとウサギはあるかな?」


 「はい、ありますあります」


 「じゃあそれぞれこのくらいくれるかな?」


 佐藤さんは領収書に直接欲しいものを書いていく。目の前に店が来ているようなものなので注文書が必要ないのだ。それを受け取り内訳を見るとこれまでの倍はある。


 「こんなにですか?」


 「そうなんだよ。なぜかお客さんが増えてね。気になってお客さんに聞いてみたんだけどね、ちょっと前までATMは使えないし銀行の窓口からもあまり引き出せなかったんだけどね、最近になってATMも使えるようになってきたからだって言っていたよ。それでスーパーとかはまだ仕入れが十分ではないから、食材を買って作るよりも食材があるところで作ってもらって食べた方が良い、とね。まぁうちの店はATMや銀行がダメでも、メインになるジビエ以外はかなり在庫があるし現金もあったから、なにより御影君がいたから店を開けることができた、幸運だったよ」


 「大げさな気はしますけどね。なんにせよお客さん増えるのは俺にとっても嬉しいことです」


 「大げさではないさ。この店に来てくれる人は『ダンジョン産』でも基本気にしないからね。それに国が食糧として認めたと言うのも大きいね。おかげでこんなご時世なのに右肩上がりなんだよ」


 「一種のブームみたいなものですかね?」


 「そうかもしれないね。そのブームが終わっても定着してくれるように美味いジビエ料理を作らなきゃね」


 「あ、そうだ。これ……」そう言うと保存袋からワイバーンから手に入った肉を取り出す。


 「さっき言った『すごいの』です。一つはサンプルってことで、もう一つは気に入ってもらえるなら買っていただければと」


 薄ピンクの、豚肉に近い色をしたワイバーンステーキを取り出してカウンターに置くと、佐藤さんはそれをまじまじと見始めた。


 「ふむ……見た目は豚肉に似てはいるけど、違うものだね。これは何の肉だい?」


 「ワイバーンステーキです。ワイバーンというのは例えるならプテラノドンみたいなやつですね。一応種類で言えば……ゲーム的に言えば飛竜種とかそれに近いものかもしれないです。詳しくは知らないですけど」


 「竜? ドラゴンっていうやつかな?」


 「どうなんでしょう。ドラゴンは見たことはないですけど、どちらかといえば鳥に近そうな感じではありますね。焼いて食べましたけど、普通にうまかったですよ」


 「なるほど。まぁいざとなればソースでなんとかしてしまえば良いとして、全部で1kgか。……因みにこれは希少なのかな?」


 「今のところかなり希少ですね。まだ数えるほどしか見かけてないですし」


 多くいそうな場所はわかっているのだが、それはまだ言わないでおこう。


 「じゃあ珍味枠で付加価値をつけてボッてみるか……」


 「なんだか不穏な言葉を聞いたような」


 「ボッタクリと言うと聞こえは悪いけどね、実際希少なものはそうなるものだよ。それに珍味好きはかなり多いからね。限定となれば尚更。とりあえず今夜にでも家族で味見してみるよ。もう一つもいただくとしよう。価格は後でもいいかな?」


 「はい。それで構いません」


 「じゃあ他は少し高めに買い取らせてもらうよ」


 「いつも通りでいいですよ?」


 「ではちょっと待っててくれるかい? 今月分、今持ってくるから」


 「じゃあ肉は今のうちに奥に運んじゃいますね」


 「いつもすまないね、うさぎと鹿はいくつか冷蔵でよろしく頼むよ」


 そう言うなり佐藤さんは店の奥に消えていった。俺はお盆を1枚借りてその上に小型化した肉を載せ運ぶ。

 ここの売り上げが伸びたのはお財布事情がある程度回復したかららしい。他の食材が回復しても食べに来てくれる人が多いといいけど。そしたら、俺うれしい店うれしい客うれしいでWin-Win-Winの良い事尽くしだ。

 

 肉を冷凍庫と冷蔵庫に運び終わってカウンターで待っていると佐藤さんが分厚い封筒を持って来た。いつもの倍以上の厚みがあるその封筒に目をパチクリさせてしまい、それに気付かれニヤッっとされた。なんかはずかちい!


 「さぁ、これが今月分だよ!」


 「いや、でもこれなんか多くないっすか?」


 「御影君には悪いんだが、実は本来よりも安く買い取らせてもらっていたんだよ」


 「はい、知ってますよ?」


 「え? 知ってたのかい?」


 「はい。金額は最低限でいいかなって思ってましたし」


 「そうだったんだね……。すまなかったね、状況が状況な上にダンジョン産となるとどのくらい売れるかがわからなかったものでね」


 実際腐る程肉があるわけで、保存袋がなければ腐っているだろう。もし処分に困るようなら近所に配るっていうのも……いきなり見ず知らずの男が肉を配って回ったらただの不審者だよな、やめとこ。

 とにかく佐藤さんには捨てるほどある事を伝えておく。


 「ほんとうに君ってやつは……。だけど今までの分も考えると本来の値段以上にしないと割にあわないからね」


 「それは……んー。だめですね」


 佐藤さんはもっと高い方がいいかと聞いてくる。そっちの意味じゃなくて、と説明をする。


 「もしも今の状況が続くならという条件付きになるので、それで高く買いすぎて店が困るような状況は俺も困ります。でも、そうですね……売り上げの良い時とかにお小遣い程度のボーナスみたいなものをいただければそれで俺はいいです」


 「……よし、わかった! じゃあこの封筒はボーナス込みということにしてくれるかな?」


 「わかりました。とは言ってもこれ、やっぱ分厚くないですか? お小遣い程度じゃないですよね?」


 「そうかい? まあこれまでと比べてしまうとね。これまでは15万とちょっとくらいだったからね。これが50万の厚みだよ」


 ニヤリとする佐藤さん。それに対し息を飲みその厚さを封筒越しに感じとる。ぶ、分厚いなごじゅうまん!


 「……いやいやいや、多いですって」


 「いやいやいや、姪(悠里)のことも含めてこれでも足りないくらいだよ」


 「いやいや、だとしてもですよ?」


 「いやいや、私の家族も消費者だからね。それにそもそも君がいなければ今日まで満足に食べられたかもあやしいところなんだよ。君は命の恩人でもあるんだ」


 「大げさですね〜……。はぁ。根比べじゃ佐藤さんには勝てそうにないんで、今回はこれをありがたくいただくことにします」


 「うんうん、そうしてくれ!」


 こうして小市民な俺と佐藤さんの『いやいや合戦』は終結した。帰ってから改めて値段を調べてみたところ、以前の値段でも特に安いというほどではなかった。信用の無い元無職に対し、真っ当に相手をしてくれていたことを嬉しく思った。


 悠里に報告のためにメッセージを飛ばすとすぐに返事がきた。


ゆんゆん:佐藤さんからいっぱいお金もらった件。


とんちゃん:今ログハウスにいるよ〜。で? いくらもらったの?


ゆんゆん:いつもは15万だったけど今月は50万。


とんちゃん:大出世じゃん。それで? なんか腑に落ちない点でもあるの?


ゆんゆん:よくわかったな。


とんちゃん:私の勘を甘く見ない方が良い。


ゆんゆん:ジビエの値段少し調べてみたんだけどさ、前の買取値でも安すぎるなんてことないなーって。


とんちゃん:あーね。そもそも悠人のドロップ肉って品質で言えば最高級じゃん、劣化しないし。それで悠人は気付いてないみたいだけど、時々高級部位が混ざってるんだよ。それのすぐ血抜きされたような今獲ったばかりみたいな、嫌な臭みが全くない肉だからだよ。前おじさんが言ってた。


ゆんゆん:高級部位……それマ?


とんちゃん:まじ。だから3倍になっても肉としての値段で言えば妥当なんじゃない? それに国からの支援金も少しあるみたいだし、外食をしやすい環境なのもプラスかな。


ゆんゆん:どのくらいの割合混ざってんのかな?


とんちゃん:さぁねぇ。でも先月より今月の方が量多いと思うけど、それでも3倍出せるってことは2割くらいはあるのかもね。あと高級部位を使った料理は値段が高くされてると思うし。


ゆんゆん:そうかぁ。まぁあの店が潰れたりしなければ俺はいいんだけど。


とんちゃん:ジビエハンター廃業の危機だもんね(笑)


ゆんゆん:笑えねー。そういう悠里は手に入った肉はどうしてんの?


とんちゃん:新鮮なうちに持って帰れるのだけ持って帰って食べたり配ったり、あとは炊き出しに使ってるかな。それ以外は腕輪に食べさせてるよ。


ゆんゆん:はー。偉いねー。そういえばドロップ品も腕輪に吸収できるの忘れてたわ。全部小型化して保存袋に入れちゃうし。


とんちゃん:悠人はそれでいいんじゃない。それにしても保存袋いいねー。中に入れると劣化しないんだよね?


ゆんゆん:まったくではないみたいだけど、以前より強化してるから5年くらい入れておかないと腐らないんじゃないかな。


とんちゃん:冷蔵庫屋さんが泣くよそれ。戦闘より使いこなしてる感じじゃん。


ゆんゆん:まぁ俺の能力の本領は、実は戦闘以外なんじゃないかと思ってる。まぁ冷蔵庫泣かせは悠里もだと思うけどな。


とんちゃん:まぁねー。っていうか、チャットでも名前呼びだね。お互い。


ゆんゆん:そういえばそうだなー。むしろとんちゃんって書くより悠里って書く方が短くて楽。


とんちゃん:2文字だけじゃん。


ゆんゆん:まぁそうなんだけどさ。慣れてきたってところかねー。


とんちゃん:たしかにそれはわかるー。あ、再開するみたいだからまた行ってくるねー。


ゆんゆん:はいよー。きーつけなはれやー。


 そうか。高級部位というものが混ざっていたのか。とはいえ鹿肉の塊を見たこともない素人な悠人にはわかるはずもなく。

 保存袋、みんなにも作ってあげようかな。便利なことはいいことだし。他にも指輪に登録できる転移箇所の数を増やしたらもっと便利になると思う。


 (三人共すごく張り切ってるけど、【星銀の指輪】の転移のための【衛星】ってログハウスとマグナカフェと雑貨屋ダンジョンの3つだもんな。1つ増やしてあげた方が良いのかな)


ーー 必要であれば20層に登録しなおしているでしょう。しかし増やしすぎると他に支障を来す恐れがあります ーー


 (そうか。じゃあ……また数珠でも作るか。結局のところ使い捨てって便利だもんな)


ーー そうですね ーー


 そうと決まれば材料の在庫確認をしなければならない。俺の場合はエアリスが一元管理しているので聞くだけでいいわけで、すごく便利。でも記憶によるとこの間数珠に使ったから……


 (シルバーウルフの牙の在庫は?)


ーー ゼロです ーー


 (知ってた)


 ミスリルにワイバーンの肉、それらを狙って狩りに行きたいところだが、まずはシルバーウルフを狩りに行く必要があるようだ。

 

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