第20話 マグナ・ダンジョンへ向けて


 ピンポーン……ピンポーン………ピンポンピンピンピンピンポーン



ーー マスター、お客様のようですよ。昨日の話から察するに例のお迎えではないかと ーー


 (うーん。あと5分……) 


 ピンピンピピピピピピピンポーン


 (あーもう! 夢くらいもうちょっと見させてよ! 今何時だと思ってんだよ! ………もう10時じゃん。起きよ)


 そういえば昨日の今日で迎えに来ると言われていた事を思い出し手早く着替える。すると外から呼びかけるような声が聴こえた。エアリスがその声を拾い内容を知る。


 「ごめんくださーい。御影悠人様はご在宅でしょうか〜?」


 両親はもう仕事に行っている時間なので迷惑ピンポンに反応する人はいない。仕方ないなぁと頭をかき階段を降り、玄関の鍵を開けるとすごい勢いで突っ込んでくる人影があった。


 「ゆんさま〜! お会いしとうございました! 香織は、お会いしとうございました!」


 いきなり抱きついて、というよりアメフトもびっくりなタックルを仕掛けてきたのは、昨日迎えを寄越すと言っていた香織だった。純然たるニートだった2ヶ月ほど前なら、このタックルが必殺の一撃になっていたことだろう。

 というか敢えてツッコミはしないが話し方が古風である。

 まぁなんか変なものでも食べたんだろう。ダンジョンで手に入る肉だったりとかはしないよな? するはずがないな、だってそれなら俺なんてどうなってることやら。それに両親も変わらずだしSATOの一家も普通。そのお客さんが変になったとも聞かないし。うーん。とにかくなんか変なテンションだってことだけはわかる。


 「あぁ、三浦さん? いきなりタックルすると危ないよ?」


 「はっ! ごめんなさい! ついついいつもの癖で…」


 「いつもの……癖、だと?」


 「おじいちゃんにはいつもなんですよ〜」


 「あぁ、そうなの。たぶん、もうしないほうがいいと思うよ。ほんとうに危ない(総理の命が)」


 「まぁ! ゆん様ったらおじいちゃんに嫉妬だなんてぇ〜」


 嫉妬じゃなくて心配です。


 「いやぁほら、ダンジョンに行くと強くなるでしょ? 俺もそこそこ強くなってるはずだけど、今のは結構効いたよ。例えるならダンジョンの牛の突進をノーガードで受けたくらい」


 「そ、そうなんですか? じゃあおじいちゃんには少し加減しようと思います」


 加減してもやばいのでは? 少しではなく大いに加減した方がいいと思ったが、まぁ大丈夫だろう。たぶん、きっと。


 「ところで、ゆん様のお父様とお母様、とても良い人ですね! これならいつ嫁いでもいいかなって思っちゃいました!」


 『嫁いでも』って、ずいぶんと話が跳躍するお嬢様だなぁ。

 それにしても両親はもう仕事に行ってるしどこで会ったんだろう?


 「そこで会いましたよ?」


 そう言って玄関を指差す三浦さん。


 「へ? もしかして、ずっと待ってたの?」


 「はい、少し早く着きすぎてしまいまして……」


 「早く着きすぎって、うちの親が出るのって8時くらいなはず……もしかして?」


 「確かに8時を回った頃にお出かけになりました! 香織が来たのは、それより少し前です。2時間ほど」


 「………そうなの。それはなんか待たせちゃって悪かったね…。ほんと…」


 それってつまり暗いうちにこっちに向かってきたということだな。すごい行動力。


 「いえいえ! 待ち合わせの時間も伝えずに来てしまった香織が悪いのです! ゆん様はなにも!」


 「あ、あ〜、そういえば時間決めてなかった。それにしてもなんだか今日は元気だね?」


 「だってこれからドライブデートですし! 気合いだって入りますとも!」


 「でぇと? なの?」


 「マグナ・ダンジョンの近くまでですけどね……。悠里は自分で向かっているのでそこで落ち合うことになっています」


 「あ、そうですか。じゃあよろしくお願いします」


 いろいろとツッコミどころはある。というかツッコミどころしかない気がするが、そういった考えを頭から追い出し急いで準備、そして彼女が乗ってきた運転手付きの車に『よろしくお願いします』と乗り込む。運転手さんは五十代くらいだろうか。ちょうど彼女から見て『お父さん』くらいの年齢の真面目そうな人だ。それにしても運転手付きってとてもお嬢だな。


 移動の車中、しきりに話しかけてくる香織に【真言】が発動しない程度の返事をしつつとんちゃんに連絡を取る。【真言】について詳しく話してはいないのでそっけない態度に感じるかもしれないが悪気はないのだ。


ゆんゆん:おっす。お迎えきてくれたけど、なんかすごいテンションなんだけど。


とんちゃん:おはー。あー、好かれてるねーゆんゆん。


ゆんゆん:嫌われてはなさそうだけど、あんな爆烈系女子だったのか? 出会い頭タックルでダンジョンより危険を感じたぞ。


とんちゃん:なるんだよねー。性格変わるレベルで。でもいいじゃん? 香織かわいいでしょ?


ゆんゆん:まぁそれは否定しないけどさ。むしろ全肯定。


とんちゃん:そのうち落ち着くかもしれないし、それまで面倒見てやってよ。


ゆんゆん:へーへー。あぁ、あと30分くらいで着くらしい。


とんちゃん:私はもう着いてるから、お茶でも飲んでのんびり待ってるよー。ここ自衛隊が作ったのカフェなのにすごく充実してて居心地良いよ。あと紅茶の種類がやたら多い。


ゆんゆん:そりゃ楽しみだな。まぁ俺は紅茶なんて碌に知らんけど。じゃあまた後で。


とんちゃんとのやり取りを終え、静かになっていた香織に目を向ける。


 (静かと言えばエアリスも静かだな)


ーー 何か小話でもした方がよろしいですか? ーー


 (いいえ、そのままでお願いします)


 俺がスマホに気を取られていたことに気付いたらしい香織が顔を覗き込んで捨てられた子犬のような目をしている。目がうるうるしていて、くぅ〜んって言いそうな目だ。


 「ゆん様は、香織のような女はお嫌いでしょうか……?」


 急に車体が左右に揺れる。ルームミラー越しに運転手さんが鋭い眼光でこちらをチラチラ。


 「そういうことじゃないよ。素気ない態度に感じたかもしれないけどこれには理由があってさ」


 「それは、聞いてもよろしいことでしょうか…?」


 「んー。詳しくは言えないけど、能力の代償みたいなもので」


 「では嫌いではないということですね! それなら安心しました!」


 その後もたわいのない話、主に香織からの定番の質問にほぼ『はい』か『いいえ』で答えながら車に揺られていると、立派なログハウス風の喫茶店に着いた。嫌いじゃないよという意味を込めて、車から降りる香織に手を差し出してさりげないエスコート。これで少しは嫌われているかもしれないなんて思いは消えるといいな。


 喫茶店の扉を潜ると、とんちゃんが優雅なティータイムといった雰囲気で俺たちを待っていた。


 「おっすとんちゃん」


 「ちょっと……こういうところではそれはやめてよね。」


 頰を赤らめ小声ながら強く訴えてくるとんちゃん。たしかに周囲の他のお客さんたちは、くすくす笑っていたりお茶を吹き出している人もいる。慣れとはおそろしいもので、ネット上の付き合いはそのまま現実に持ち込まれがちなものなのだ。


 「あぁ、ごめん。じゃあ…ゆ、悠里、さん?」


 「さんとか付けなくていいからっ! 気持ち悪い! 私もゆ、悠人って呼ぶし!」


 「お前だって戸惑っとるやないけぇ」


 「うっさい将来ハゲ!」


 そんなやり取りの後、2人でケタケタと笑いだす。周囲から困惑の空気を感じ取るが無視する。


 「じゃあ改めて、よろしく悠里。」


 「こちらこそよろしくね、悠人。」


 香織と悠里も互いに挨拶をし、3人で席に座る。その際、さりげなく自分のことも名前で呼んで欲しいと言われそうすることにした。


 「ところで香織、迎えって家の車で行ったの?」


 「ん、そうだよ?」


 「でも香織って免許持ってないよね? また運転手さんに無理言ったんじゃないでしょうねー? もうお爺ちゃんなんだから無理させちゃダメよ?」


 「え? お爺ちゃん? さっきの運転手さん、あんなに若そうなのに結構歳いってたのか」


 人は見かけによらないな、などと思っていたのだがどうやら違う模様。


 「え? あれはパパですよ?」


 「え? 聞いてない」


 「そういえば言ってませんでしたね?」


 そのやりとりを見ていた悠里がやれやれといった様子で嘆息していた。


 「悠人、睨まれたりしなかった?」


 「された。すごく鋭かったぞ。あれは父親としての眼光だったのか……」


 「昔からそうなんだよねー。香織に寄ってくる男を睨まなかったことはないんじゃないかな」


 「寄ってきた男ってわけでもないんだけどな…」


 むしろ現在買ってきたばかりのペットにでもされていそうな感じだ。そのうち飽きて捨てられちゃったりして。


 「どっちにしても一緒なんじゃない? 娘を持つ父親っていうのはそういうもんなのよ、きっと」


 またため息を吐く悠里。自分の親にもそういうところがあったのだろうか。


 「なにはともあれ、ゆん様をパパに紹介できてよかったです!」


 「されてない」


 「でしょうね」


 ひとりだけルンルンしている香織を横目に、俺と悠里はため息をシンクロさせた。


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