第6話 ステータスを更新したらやるべきこと
ーー ごしゅじんさまぁ………早くおっきしてくださいよぉ〜 ーー
またかー。ちょっと期待はしてたけどね。夢の中とは言えこのすばらしいダブルマシュマロクッションに包まれるのは三日目と言えどうれしみが強い。とは言えこんな夢ばかり見せられているのに、我が性欲はよく耐えていると思う。自分で自分を褒めたい。昨日よりも慣れたと言ったら失礼かもしれないが……いやまぁこれは実体のないエアリスに対してだから実際はそんな事もないかもしれないけど。とにかくなんともないどころかとてもスッキリと目覚められた。
おはよーエアリス。今日も今日とて素敵な夢をありがとう、あんま覚えてないけど。
ーー いいえ。意思を獲得したワタシはご主人様をサポートするのが役目であり使命ですので。ご主人様の欲求を陰ながら解消することは役目のひとつに過ぎません ーー
そうかいそうかい。これからもよろしく頼むぞよ。
ーー もちろんでございます。こちらこそよろしくお願いいたします ーー
それで、今日は昨日上げたステータスを試しに行こうと思う。
ーー はい。そんなこともあろうかと、ご主人様の能力をアップデートしておきました。条件を満たしたことにより5層へ瞬間的に移動することが可能です ーー
マジで。さすがエアリスさん! よっ! にっぽんいち!
ーー ふふん。ワタシにかかれば朝飯前です! ご飯食べれませんが ーー
お、おう。そうだな。ところで条件ってなんなの?
ーー 条件とは、その階層の支配階級の星石を獲得すること、且つその階層の任意の座標の周辺マップとそこに至るまでの経緯を完全記憶することです ーー
というと、その道を通ってそこまで行ったことにする? みたいな?
ーー その認識で問題ありません。常人にはほぼ不可能ですが、能力の行使におけるご主人様に足りない部分をワタシが補っていますので問題なく実行可能です ーー
ほうほう。それで俺に足りない部分とは?
ーー 瞬間的に移動する能力における不足分で言えば、ほぼ全てですね ーー
あーそうですか。納得。
ーー ご理解いただけてなによりです ーー
うん。理解したわ。俺が脳タリンってことがな。
ーー ご、ご主人様に限ったことではなく、人類全体でもそんなことが可能な者は百億人に一人程度ですので! ーー
ごめんごめん。ちょっとからかっただけだから。でも俺の考えてることなんて全部わかるはずだろ? 焦る理由、ないのでは?
ーー ご主人様と自然な会話をするため、必要でなければスキャンは控えています。最新のスキャンは……ご主人様をおっきさせたときのものになります(照) ーー
おう。結構頻繁に覗いてそうだな! あんな起こされ方してるんだし変なこと考えてたら恥ずかしいだろやめてさしあげろ!
ーー はい。とても情熱的な欲を剥き出しにするご主人様のご主人様はとてもとても……大きいです(照) ーー
NOOOOOOOOO!!
ーー 恥ずかしがることではございません。あのワタシに欲情しないご主人様はご主人様にあらず、なのですから ーー
あー……やばいやつを頭に飼ってしまっている気がする。まぁいいや、おかげで心も体もスッキリ……体もすっきり……? ま、まさか!
ーー はい。ご主人様は羞恥死してしまう恐れがあったため、記憶には残らないように細工をしつつご主人様との行為を楽しませていただきました。それにより発生した満足感のみをフィードバックし、生体的にもある程度原因となるものの数を減らすことによってより幸福感を得ているものと思われます ーー
うぅー。知らないところで身体いじられてるってことか……聞かなければよかった。
ーー ご要望とあらば記憶の消去を行います。実行しますか? ーー
いや、いい。少しも知らない方が危険な気がする。っていうか記憶消せるとかやばいだろ。
ーー わかりました。ではそのあたりはワタシの匙加減ということでご了承ください ーー
ほどほどに頼むよ。ぶっちゃけ理解追いついてないけどさ。
ーー お任せください。ご主人様のツボはすでに心得ましたので ーー
一体夢の中で俺は何をされているんだ……まぁ考えても仕方ないし死ぬわけじゃないみたいだし。ってか呼び方がご主人様になってるな。そう呼んでも良いか聞かれた時は一時的なもんかと思ってたけど……ま、むず痒いけど好きに呼ばせておくか。
ーー それではご主人様、5層へ移動しますか? ーー
そんな話を脳内で繰り広げながら朝食を済ませ、準備も完了していた。時刻は朝九時を回ったところ。
あっ、その前にとんちゃんにメッセ送っとく。
ゆんゆん:おはよー。今日も実験にダンジョン行ってくる。そっちは今日行くのか? 危ないと思ったら逃げるんだぞ。先達からのアドバイスだ。んじゃなー。
すぐに既読が付かないことを確認してすぐ、5層へと移動させられる。まばたきをしている間に岩のような質感の壁に囲まれた見覚えのある景色の中にいた。
ーー 到着いたしました、マスター様。所用時間は約一秒です ーー
はっやっ! 便利すぎ! まっじ使えるわー。
ーー ワタシを道具のように扱わないでください。何かに目覚めそうです ーー
お、おう。なんかすまん。
ーー ところでマスター様は出会った頃と違ってほとんど言葉を発していませんが、何か理由があるのでしょうか? ーー
え? スキャンしたならわかるんじゃないの?
ーー 今朝のスキャンでは記憶領域を除外し、その時最も波長の強いものを受け取った形になります。ですのでわかりません ーー
そういえば自然な会話をするため自重してるっぽいこと言ってたもんな。そうだな、例えば俺が言葉を発してその通りのことが起きたとする。必要以上にそれをすることが良いこととはどうしても思えないんだよ。だから暴発を未然に防ぐために気をつけてるっていう感じかな。
ーー 理解しました。確かに出前を受け付けていない蕎麦屋の店主に出前をさせるような行為は控えた方が良いかと思われます ーー
え?
ーー え? ーー
もしかしてあの蕎麦?
ーー 気付いていなかったんですか? ーー
はい。気付いてませんでした。
ーー なるほど。マスター様への理解が深まったように思います ーー
店主、出前してなかったんだね。おいしかったよありがとう。
捻じ曲げて出前させちゃった感じになるとなんかおかしなこと起きたりしないの?
ーー あの程度であれば問題ありません。蕎麦屋の店主は、なぜか出前しなければいけない気になって、お代を丁度で受け取ることができたおかげでお釣りを用意し忘れたことにすら気付いていないでしょう。そして空いた時間になぜかカラの器を回収しなければならない気になってそれを自然に実行した、といったところでしょうか。何も問題はございません ーー
そっかそっか、ならいいか。ささやかながら売上に貢献したってことで。でもそれってもしかしたら、そのせいで事故に遭うとかも起きないとは言い切れないってことだよな。それに周囲から見たら突然普段と違うことをするように見えちゃうかもだしな。
ーー はい。それは否定できません ーー
だよな。やっぱり寡黙な男を心がけた方がよさそうだ。何か起きてからじゃ遅いし。
ーー マスター様の自己犠牲の精神、すばらしいかと存じ上げます ーー
そんなすばらしそうなものじゃないけど。とりあえず5層フロアにはちょうどよさそうなのいるかな?
ーー 5層の支配者は実質マスター様ということになっていますが索敵に関しては不足があり実行できません。手っ取り早く実行できるようにするのであれば、マスター様の能力でワタシに索敵権限を与えてください ーー
そんなことできるの? よくわかんない能力だな。わかるんだけどわからないっていうか。
ーー 『エアリスに索敵権限を付与』と発言していただければワタシが代行し、マスター様に必要な情報を負荷のかからない程度にフィードバックします ーー
負荷がかからない程度、ね。それって容量を増やす的なこともできるの?
ーー はい。INTとVIT、それにMNDを上昇させることで許容量が増加するかと ーー
なるほどね。そういえばLUCあげるの忘れてたな。やっぱ運はいい方が良いと思うし……と、それは後回しにして。
『エアリスに索敵権限を付与』
ーー マスター様より索敵権限の付与を確認。代行権を獲得。……実行します ーー
エアリスのその言葉と同時、頭の中に情報が流れ込んでくるような感覚と頭痛を覚えた。数瞬後、フロアのどの位置に何かがいる、ということがわかるようになった。とは言っても姿形がわかるわけではなく、近くでなければシルエットもわからない程度だが。
索敵により発見したシルエットは不定形か。間違いなくスライムだろうな。まぁ氷らせちゃえば簡単だし問題ないな。
スライムを肉眼で確認し、昨日飛びかかられた位置までゆっくり近付いていくと、一定距離に入った途端飛びかかってきた。しかし昨日と違い、滞空時間が長い、というかそれを感じられるくらい体感時間が引き伸ばされている。それを余裕で回避からの……
『凍結』
昨日よりも早い速度でぱきぱきと音を立てながら凍りつくスライム。周囲も見事に凍りついている。
昨日は周辺まで凍らなかったのになー。それに凍る速度も早かったし、これが熟練度とかそういう?
ーー いいえ。昨日は相手を見据え、それを受け取った相手に意識させるような行使……つまり命令でしたので効果が限定的且つ相手の凍る速度が抵抗により最低限だったものと推察します。今回は凍結という事象のみでしたので、マスター様が意識した範囲に、マスター様が望む凍結の仕方を実現したものと推察します ーー
うん。長い。一言でたのむ。
ーー 対象に話しかけるようにするとピンポイントで効果を与えることが可能です ーー
はいよくできました。『ちょっとそこのスライム君、凍って……くれるかな?』っていうと、スライムだけが『いいともー ぱきぱきー』となるわけだな。わかったぞ。
ーー はい。能力に対する理解や使用回数、難易度の高い行使等で熟練度が蓄積されていきます。現在の【言霊】の熟練度はニパーセントです ーー
そんなもんか。エアリスが寝てる間にいろいろ使ってたはずだけどその分は?
ーー ワタシはあくまで代行なのでマスター様の熟練度に影響しません ーー
なるほど。んじゃ再開しますか。
5層にはスライムしかいなく、最初に倒したのも含めて虹色のエッセンスと星石は手に入らなかった。エアリス曰く、支配階級、もしくは特殊個体または上位個体以上でなければ虹色は出ないとのこと。5層はそもそもモンスターが少ないので6層へ降りることにした。
壁に空いた穴を通った先、6層では5層とは違い、周辺しか索敵できない。支配者になっていないことと、来たばかりでマップがないからとかそんなだろ。
音が聞こえる。小部屋から通路の奥を覗き込むと遠くから、とはいえ洞窟然としたつくりなので反響して正確な位置などまったくわからないが、犬の遠吠えのようなものが聴こえる。
ガザッ! ザザ!
背後から突然物音がし光を置き去りにしそうな速度で振り向くと、そこには白い蟻がいた。黒い蟻とは違い頭胴尻までの間にクビレがない。そして触覚は真っ直ぐ伸びている。
白いな。
ーー 白いですね ーー
シロアリかな?
ーー いいえ、突然変異のアルビノではないでしょうか。シロアリなどということは絶対にありません。ええ、ありませんとも! ーー
いるはずのない夢の中のエアリスが隣で冷や汗を流しているのを幻視する。
そうだな。俺の記憶を材料に作ったならなおさら、シロアリには拒絶反応があるかもな。だってシロアリってゴキブ——
ーー マスター様、それ以上はいけません。死んでしまいます。主にワタシのメンタルが ーー
エアリスにメンタルらしいメンタルがあるのか……むしろメンタルしかないのか。とりあえず銀刀の出番だな。
居合斬り要領だ。でも鞘から抜き放つのはすれ違いながら。なぜって、体液とか付いたら嫌だからな。ここに来るまでに、腕輪に吸収すれば消えて無くなる事はわかってるとは言っても出来る事なら避けたい。
それにしても久しぶりの割にはなかなか上手に扱えていると思うけど、さすがにこれほどの長刀は始めてだ。あまりにも長いため、抜く瞬間に鞘持つ左手をどうするかもコツが要る。
ーー お見事でございます。マスター様。ワタシ、惚れ直しました。今すぐ瞬間移動でベッドに帰還したく ーー
はいありがとう。ゴキから逃げたいのはわかるけど帰還はまだね。ところでLUC上げれそう?
ーー ……はい。誤差程度ですが上昇可能です。実行しますか? ーー
はい実行ヨロ。とりあえず現状一番高いSTRの倍になるくらいまで、もしくは上限になるまではLUCで。目標達成したら知らせて。確認と準備運動はおっけーってことにして……それじゃあ6層の支配者にでもなろうか……ッ!
ーー んんぅ! 承知いたしました ーー
エアリスのよくわからない声音を華麗にスルーした俺は、6層をくまなく探索すべく歩き出した。
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