第7話 6層支配者


 6層、付近の気配を感知できるエアリスの索敵頼みで探索していく。するとすぐにまたも白い蟻と遭遇する。色合い的に、カルピスみたいな乳白色で、蟻と言いつつ蟻じゃないシロアリを連想させる。もしもそうだとすると単体で活動するとは考え難い。地上にいるものを参考にするなら、基本的に集団で巣を形成することから、この時折遭遇するのは偵察隊といったところかもしれない。偵察隊であれば本隊も存在するわけで、もしかすると6層の支配者は白い蟻、その女王かもしれない。そして女王は一般から見れば超巨大にも見える程の差があるはず……想像するだけでおそろしいな。とは言ってもこの階層では遠吠えを聴いている。ということは犬みたいなのもいるはずでそちらが支配者の可能性もある。


 今のところ白い蟻は単体としか遭遇していないので、サクサクと狩り進んでいく。やがて空気が変わり、なにやら獣臭さを感じた。分かれ道の先、小部屋になっている場所にシベリアンハスキーの体毛を長くして毛質を剛毛にしたような、いかにもな狼がいた。こちらのことを狼はすでに捕捉しており、こちらが狼を確認したと同時に飛びかかろうとしてきたのでバックステップで通路に戻り、いつ飛び出して来てもいいように構えるが、不思議な事に追いかけてはこないようだ。


 普通の狼よりでかいな。力も強そうだし、組み付かれたらまずいな。やっぱこいつもモンスターだよな、絶滅したって言われてるニホンオオカミとは見た目が違うし、大きさは現存してる狼よりもでかいと思うし。エアリス、【言霊】でなんとかなりそう?


ーー はい。しかしスライムのように凍結させようとしても少々時間がかかりそうです。炎も周辺の酸素残量が急激に減る可能性があります ーー


 じゃあどうすりゃいいのよ……。凍る前に飛びかかってきたらまずいし、酸欠になるのもやばそうだし。


ーー 簡単なことです。『動くな』と命じれば意思力にもよりますが多少の時間を稼ぐことくらいは容易でしょう ーー


 あぁ、なるほど。そういう使い方もできるのか。


ーー むしろそういう使い方が効率的且つ安全ではないかと ーー


 そうですねー、気付きませんでしたよー。ゲーム脳をもっと全開にしなければならないなー。


 「そういうわけで。『わんちゃん、待て!』」


 ビクッと体を震わせたかと狼は動きを止め硬直する。


 ほんとに止まってるなー。ほんとに動かないのこれ?


ーー はい。ですが早くしないと解けます ーー


 キンッと音を立て抜かれた銀刀で、駆け抜けざまに首に狙いを定め斬り抜ける。狼の首は落ちなかったが、骨まで達しているであろう致命傷により絶命した。あまり痛みを感じないようにしてやりたと思ったが……神経に達していればもしかすると、ってところかな。

 持続時間がわからないので、馴染みがあるような見た目であっても自分の命には変えられない。そう、不憫には思っても慈悲はないのだ。


ーー お見事でございます ーー


 はいはいありがとさん。持続時間とかできれば目安くらい教えてくれればよかったですねぇ。


ーー 以後気をつけます。それにしてもマスター様にとって馴染み深い見た目の相手でありましょうに、命を奪うことに躊躇はないのですか? ーー


 え? 道徳観のお説教か?


ーー いいえ。リサーチの結果、一般的なヒトはそういうものに忌避感を覚えるとありましたが、ワタシのマスター様は特別な存在なのではないかと思いましたので ーー


 特別かどうかは知らんけど、俺にはあんまりそういうのはないな。なんて言ったらいいんだろうな。ダンジョンができる前からなんだけど、現実に現実味を感じないというか、一線を引いてみているような感覚があるというか、なんかそういう感じ。って言っても残酷な事がしたいわけじゃないけど。


ーー そうなのですね。それでは今の世界は、マスター様にとって良い世界なのでしょうか? ーー


 どうだろうな。はっきりと良いかどうかはわかんない。ただ、以前よりは自分の身を守ろうとは思えてるよ。


ーー それは良いことですね ーー


 そんなことより、狼は支配者じゃなかったな。


 狼の遺骸は青黒いエッセンスを纏っていた。支配者は虹色とエアリスが言っていたからそう判断した。


ーー そのようですね。ではやはり…… ーー


 あぁ。あの白い蟻モドキみたいなやつがわらわらいるのかもな。


ーー ッッ!!! 想像しただけで鳥肌です! 嫌です! もう帰りましょう!? ーー


 鳥肌になる肌がないだろう、というツッコミはせず、しかし提案は却下する。


 そういうわけにもいかないんじゃないか? だって囲まれてるじゃん?


ーー えぇ、えぇ。知っていますとも。なにせワタシが索敵しているのですからね! だからこそなおさら帰りたいのです! 地上への移動はすぐにできますし! ーー


 それは危なくなったらってことで。それにしても壁とか天井の中から出てくる気配がないな。


ーー は、はい。ですが徐々に近付いてはいます。警戒しているか、奇襲のためかと ーー


 うーん。ちょっと試したいことがあるんだけどやってみるかなー。


 『隠れてるありんこ、頭だけ出して動くな』


 すると周囲の壁、天井から次々と白い蟻の頭が飛び出す。動く気配はない。


 「あとは……『そのまま凍りつけ』」


 蟻は次々に凍りつき、エアリスの索敵によってこちらへ意識が向いていそうなシロアリの全滅を確認した。それと同時に多少の怠さが襲う。


ーー マスター様、あまり無理をなさると負担がかかり、身体に影響が出てしまいますのでご注意ください ーー


 それ、早く言ってよねー。ってことは索敵で頭痛がするのもそれか。


ーー 申し訳ございません ーー



 エッセンスと星石を回収しながら話していると、先ほど狼がいた小部屋の方から大きな音がした。


 ッ!? なんだ!?


ーー 先ほどの蟻モドキと似た反応ですが、大きさが比ではありません。今なら全身は出てきていないようです ーー


 なら今がチャンスってことだよな?


ーー そうなります ーー


 急いで小部屋に戻ると、先ほどの狼のミニチュア版が頭と脚数対だけを壁から出ている巨大な女王に対して唸り威嚇していた。


ーー あれは『巨大シロアリの女王』という名称のようです ーー


 名前もわかるの?


ーー 捕捉と同時に名称が流れ込んできました。ダンジョンに存在する意志による干渉の可能性が ーー


 ダンジョンの意志? それについても興味あるけど、それはそのうちでいいや。


 「『巨大シロアリの女王、お前だけ凍りつけ』あとついでに『ミニわんこ、落ち着け』」


 シロアリの女王は少しの抵抗を見せたがそのまま凍りつく。そしてミニわんこも落ち着きを取り戻した。しかしミニわんこ、こちらをジッとみていたかと思うと、足に犬パンチを繰り出してきた。かわいい……じゃなくて、さっきも女王に威嚇してたし勇敢なやつだな。放っておけばおさまるかと思っていたが、ペシペシと肉球で叩いてくる。


 「一応助けてやったのに……まったくこれだから獣は」


 つい口にしてしまったが、それがミニわんこに通じたらしくおとなしくなった。【言霊】ってすごい。


 シロアリの女王のエッセンスと星石は虹色だった。それを腕輪に吸収すると、同時にミニわんこにも少し流れ込んでいた。


ーー おめでとうございます。マスター様が6層の支配者となりました。同時にチビ、この子狼はマスター様の眷属扱いとなり、代行支配権を獲得しました ーー


 チビ? チビって言う名前なの?


ーー どうやら先の狼はこの子狼の親で、人間語に訳すると『おチビちゃん』と呼ばれていたそうです ーー


 へー。ってエアリス話せるの?


ーー 言葉ではなく、感覚として意思疎通が可能です ーー


 ほー。エアリスってバウリンガルだったのか。すげーな。ところで眷属とか代行支配とかは?


ーー 旧支配者に抵抗し救出されたことでマスター様の庇護下にあると判断されたようです。マスター様の【言霊】によりチビはそれを理解し受け入れたことで、眷属となりました ーー


 はーん。【言霊】ってすごいな。“意思を伝える”とかならできちゃうのか。


ーー はい。むしろ凍りつかせる方が難しいはずです ーー


 そうなんだ。ま、結果良ければってやつだな! おっけーおっけー。それじゃあ6層攻略おめでとうありがとう!


ーー はい、おめでとうございます。チビがマスター様の代わりにここを治められるようにがんばる、と言っているようです ーー


 「わかった。でもまだお前は子供だろ? こんなとこでひとりぼっちで大丈夫か?」


ーー 『一番大きなシロアリがいないから大丈夫』とのことです ーー


 「そうか。じゃあなるべく様子見には来るようにするから、頑張ってくれたまえ」


 アウ! アウ!


 やっぱ犬じゃないんだな、わんわんって言えないのは狼だからか。


ーー 種族名もシルバーウルフで固定されていますので ーー


 そうだったの。食べ物とか大丈夫なのかねここ。なんもなさそうだけど。


ーー その点は心配ないかと。食事をしなければ飢餓を感じ身体的にも影響はでてくるかもしれませんが、外的要因でなければ死ぬことは少ないかと ーー


 へー。いよいよゲームっぽさが増えたな。でも飢えるのか……。ときどき何か食べさせてあげた方がいいかな。


ーー そんな慈悲深いマスター様が大好きです。なのでワタシにも何かください ーー


 急に俗っぽくなったな。


ーー 人類は褒められることに弱いようなのでそれを参考にワタシも褒められたいなと ーー


 ほー。で、何かほしいものあるの?


ーー はい。おそらくダンジョンで手に入るとは思いますが、希少金属を少々 ーー


 希少金属?


ーー はい。微粒子程度ではありますが、壁や天井の中にその反応があります。ということはその大きなものもどこかにあるのではないかと ーー


 ほぉ。で、その金属はなんていうの?


ーー 人類的に言えば、賢者の石です。しかし壁の中のものを集めたとして、ワタシの望むものにはならないかと ーー


 それって実在するものなの? ファンタジーにしかないと思ってるけど。


ーー 実在しているようです。石とはいえ、実際は硬い粘土質のようで、土や岩に微粒子レベルで混ざっている状態です ーー


 微粒子レベルじゃ集めるの大変そうだもんね。


ーー それだけではなく、既に方向性の決まった賢者の石では目的に沿えないかと ーー


 なるほど? そういう知識どっから来るんだ? ダンジョンの意志ってやつ?


ーー はい。おそらくその認識で問題ありません ーー


 そうなの。なんかこの間出会ったばかりなのに異常進化してそうだな。そのうち乗っ取られたりしないよな。


ーー 心配いりません。ベッドの上での下克上しか狙っていませんので ーー


 それはそれで危険を感じるなぁ。でも実体はないからな。まぁ問題ない……よな?


ーー その件に関してはいずれ解決する予定ですので覚悟していてください ーー


 えぇぇ……こんなことを言うようになるなんて……ネット漁ってるみたいだし人間の文化に汚染されてないか。


ーー 汚染などとんでもない! これは信仰心にも近いものと認識していますよ! ーー


 それを汚染というのだ。



 そうして俺はエアリスの瞬間移動で地上へ戻った。もう夕方だし、のんびり過ごそっと。 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る