桜色の音
成宮 拍撫
桜色の音
四月初めの風は、まだ冷たくて、不安ばかりの毎日を寂しく覆う。
大学生活は思っていたものと違って、一人の生活は大変だ。
今日の講義も退屈で、先生は何を言っているのかわからなかった。真面目な話なのか、雑談なのかすらも分
かりゃしない。
でも、そんなことを考えていても仕方がないから、一歩一歩前へと進む。
進んだ先に何があるって、そんなことは分からないけれど。きっと大したものはないんだと思う。僕は漫画の中のヒーローでもなければ、異世界から来た魔法使いでもないのだから。
桜の花弁が散り、アスファルトを染める。
空は真っ青で、まっすぐ差し込む太陽の光が、空気の冷たさとの温度の矛盾で気持ち悪い。
指に食い込むビニール袋がとても重く感じるのは、自分の心を投影しているから。
深く……深い溜め息を吐く。少しだけ力が抜けて、楽になった気がした。
「大丈夫ですか……?」
急に聞こえる声に驚く。振り向くとそこにはギターケースを背負った少女が立っていた。
僕はかなり戸惑いながら、自分を指さす。
「あなた以外には誰もいませんよ?」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけで」
そう答えると、彼女はスッと首を傾げて……
「あれ?一年生の方ですよね??」
訊かれて気づく。彼女は同じ大学の先輩だ。何年生かは知らないけれど、どこかで会ったことがある。
「帰り道ですか……?」
「はい。買い物帰りで……」
「途中まで一緒に行ってもいいですか?」
「別に構いませんけど……?」
「それはよかったです」
それから先輩と、他愛もない話をした。本当に何でもない話。趣味はなんだとか、授業はどうだとか、料理はするのかとか。そんな話。
暫くすると、先輩は歌いだす。四月の風の中で、歌う。
その声は綺麗で、聴いていると楽しくなってくる。
桜の花弁が舞い、空気を染める。
先輩は歌い終わると嬉しそうに笑って、僕に言うんだ。
「バンドサークルに入りませんか?」
「考えておきます」僕は即答した。
「あ、絶対に入らないパターンだ」
「そんなことないですよ?」
大学生活は、まだ始まったばかりだ。
桜色の音 成宮 拍撫 @narumiya0639
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます