第7話 彼女の事情②
「いやはや。買い物に付き合ってくれて悪いね茜」
「別にいいわよ。今日は私が家にお邪魔させてもらうんだから」
婚活パーティーの翌日。午後休を前から申請していた私は美奈子の家で夕飯をご馳走になることになっていた。
大型スーパーを食品カートを押しながら巡っていく。小児用の座席にはもちろん美奈子の息子。大樹くんがちんまりと座っている。
子供とどう接していいかわからない私は、とりあえず甘いお菓子を渡すことで篭絡していた。
お菓子に夢中な大樹くんは大人しくしているので実に助かる、とは美奈子の談。やっぱり子育てはいろいろ大変なんだと思う。
美奈子の「寒いから鍋にしようか」という提案で食材をどんどん買っていく。話はとうぜん昨日の婚活パーティーの話になった。
「あのパーティーの時の美奈子は猫かぶりすぎ。最初、誰かと思ったわよ」
「母親じゃなくて久々に女を出せると思ったらこう。脳みそが勝手にあのキャラつくってたんだって!
でもさ、あの噂の酔っ払いさんがいるなんて運命だよね~」
「まあ、確かに。偶然にしてはできすぎかもね」
婚活パーティー中は本当につまらなかった。興味のない男たちとの当たり障りない会話は眠気すら引き起こすほどで。
だから最後に秋山さんと再会した時ほど驚くものはなかった。
美奈子は白菜を選びながら思い出し笑いする。
「秋山さんっていったけ、あの人。2人で会話した時、リードもしてくれないし話は膨らまないしでダメダメだったけど。素直なところも可愛かったし誠実なところはポイント高かったね」
「誠実、ね」
思い出すのは急にプロボーズをした理由を述べてるところ。あの時の言葉は真摯なものだと確信できた。まっすぐな視線に自然体な態度。
そういうところは確かに誠実なのかもしれない。
「でもあの茜が後を追いかけて連絡先渡すなんてね〜。
それだけお熱なのかな?
「うっさい。大勢いる男たちの中でもう一度会いたいと思ったのがあの人だっただけ」
「ほうほう。それをホの字と言うんじゃないかなって思うけど。
それであっちから連絡きたの?」
私をダシに楽しんでる美奈子は顔近づけてくる。それを無理やり押しのけてスマホの画面を見してやる。
「ふーん。まあ、普通の文面だねって。茜の返信そっけなさすぎじゃないこれ」
「そうかしら。普通に返しただけのつもりなんだけど」
文面は『こちらこそよろしくお願いします」と書いてある。他に何を書けばいいってのよ。
呆れた顔で美奈子は「どうせ次は食事でもするんだから、お誘い待ってます」とか言えばいいのに、と口をとがらす。
そういう男の機微を察することが私は大の苦手だ。そもそも気にかけるつもりもないのだけど。
男を褒めて可愛い自分をアピールするような女がいいなら最初から私を選ばなければいいだけ。
男と対等になるよう努力してきた自負が私にはあるのだから。
「めんどくさい女だねえ茜は」
「わかってるわよ。でも、これが私なの」
「知ってるよ、長い付き合いだもん。酔っ払いさんがそんな茜を理解してくれる人だといいね」
そうやって微笑みかけてくれる美奈子はやっぱり数少ない親友だと痛感する。私は小さくそうね、と答えるのが精一杯だった。
その後、レジでお会計をして車で美奈子の家へ。11階建のマンションは新築で誰もが羨むような内装になっていた。
カウンターキッチンのあるリビングは家族の憩いの場で暖かみがある。
こういうのも理想の家庭の1つなんだろうか。
「ママ! 怪獣ごっこしよ!」
「もう大樹。お客さんが来てるんだから我慢しなさい」
怪獣の人形を2つ持っている大樹くんは母親に断られ、露骨に落ち込んでいる。
この歳の男の子はママが大好きなんでしょうね。
さっきは買い物中、暇そうにしてたし。ここは代わってあげるかな。
「料理は私がするから美奈子は遊んであげて」
「え〜でも悪いよ。仕事で疲れてるのに」
「いいの。私じゃ大樹くんとどうやって遊べばいいかわかんないしね
それじゃ台所適当に借りるわよ」
好きに使って構わないから、と美奈子は言ってくれた。
料理は無難にこなせるぐらいにはできる。仕事に行く母の代わりによく夕ご飯を作ったから。
今日は餃子にレバニラ、エビチリと中華系の食材を買ってきた。てきぱきと作り、テーブルへ並べた頃にはもう陽は落ちようとしてた。
美奈子の夫も帰ってきてみんなで夕食。いつも1人で食べる私にはとっても新鮮に感じられた時間だった。
大樹くんも美味しいと言って食べてくれる。家族の時間をお邪魔しちゃったけどこれで許してくれたかな。
あっという間に時間は過ぎて、夜も更けてきた。玄関に見送りに来てくれた美奈子は車で送ると言ってくれたけど。
「いいわよ。楽しい時間をありがとね。また連絡するわ」
「ほんとに茜からするかなぁ?でもよかった。楽しんでくれて。
酔っ払いさんとなにかあったらいつでも相談してきていいから」
「ええ。頼りにしてるわ。それじゃ」
さっきまでの賑やかな時間が嘘みたいに外は静か。
少しだけ寂しさを感じた私はちょっぴり家族が欲しくなった。
明日も仕事だしさっさと駅へ行く。繁華街を通ると当然、周りは騒がしい。
そういえばあれから秋山さんから連絡はない。別に今すぐ会いたいってわけじゃないけど。
返信がないとそれはそれで気になる。
こんなに男の人を気にかけるなんて初めてかもしれない。
28歳にして変わりはじめた歯車は、予想外の遭遇で狂い始める。
「あれ……新城さん」
「誰この人。孝之くんのお知り合い?」
スーツ姿の秋山さんと知らない女。男ウケしそうな白のコートにゆるふわヘアー。化粧もナチュラルメイクで清楚系とでもいうのだろうか。
女から見たら男に媚びてるとしか思えない。私が1番嫌いなタイプの女だ。
なぜか秋山さんは慌てていて。まるで後ろめたいことがあるみたい。隣の女に問われてもなかなか答えようとしないのだ。
なんでそこで言い淀むのよ。その女に知られちゃまずいことでもあるの?
そう思ってしまったら怒りがふつふつと湧いて来て。私はとっさにこう言ってしまった。
「秋山さんとはただの知り合いなんです。お2人の邪魔をする気はないので。失礼します」
駅の方向へ足が勝手に進んで行く。後ろで秋山さんがなにか言ってるような気もしたけど振り向くつもりはなかった。
これが嫉妬という感情なのだと、この頃の私は気づくことができない。
恋愛経験が少ないことが裏目に出た瞬間だった。
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