三十路童貞婚活物語

まずかっちゃん

婚活始動編

第1話 最低で最悪な誕生日


「ねえタカちゃん。いつになったら孫の顔を見せてくれるの?」



 でた。久々に帰省したらこれだよ。

 齢80になる婆ちゃんは俺が帰るたびにこの話しかしない。孫の顔が見たくてしょうがないのだ。



「さあねえ。俺、結婚とか興味ないしな」


「あらぁ。タカちゃんはもしかして男が好きっていうビーエル? ってやつなのかしら」


「うおぃ、婆ちゃんそんなことどっから知ったんだよ! てか俺はBLじゃねえからな!」



 ったくへんなことばっかり知識つけやがって。どうせあの妹の影響だろうけど。

 むしゃくしゃした俺はこたつの上に置いてあったみかんをむさぼることにした。冬はやっぱりこたつにみかんだね。

 日々の仕事のストレスも吹っ飛ぶってもんだ。



「孝之あんたもう明日で30歳でしょ。私があんたを産んだ時が26なんだからね。このままじゃ秋山家はお家断絶よ」


「またそれかよ母ちゃん。妹が結婚して子供を産んでくれるから大丈夫だよ。あいつ顔だけは可愛いしな」


「柚葉はお嫁に行っちゃうでしょうが! もう、お父さんもなにかいってください」


「……ん。まあなんだ。今は婚活ってのが流行ってるらしいぞ」



 親父は新聞片手に適当なことをいいやがる。

 でもま、これがいつもの秋山家。親父に母ちゃん、婆ちゃん。そして今はいないけど高校三年生の柚葉を合わせて俺たちは家族なんだ。


 俺だってそろそろ動き出さないといけない年齢なのはわかってる。だけどしょうがねえじゃねえか。なんたって俺は――いまだに童貞なんだからな! 結婚の前に童貞捨てたいっての!


 はは、自分で言ってて悲しくなるわ。



「いいかいタカちゃん。婆ちゃんたちは先に死ぬんだからね。これは変えられない運命さ。わたしゃいいよ、タカちゃんたちが見送ってくれるから寂しくない。

 でも、タカちゃんがお爺さんになった時、誰も傍にいてくれなかったら寂しいと思うの。

 それだけが、婆ちゃん心配かな」



 いつになく真剣な顔したばあちゃんの顔。その言葉のおかげなのか。俺はこの日から結婚を意識することになる。

 そしてそれは明日の俺の誕生日に確実なものになる。あの事件が俺の人生を180°変えることになるのだから。




 ▼  ▼  ▼




「はぁ、やっと終わった。どうだ佐藤。これから一杯」


「またですか先輩。それアルハラっすよ」


「うっせ! 独身30歳の誕生日を悲しく一人で過ごせってか、おい」



 デスクワークを終え時計は八時を回っていた。

 隣に座っていた後輩の佐藤は妻子持ちの25歳。俺とはまったく違う人生を歩んでいるイケメン野郎だ。



「彼女を作らない先輩が悪いんですよ。

 子供と遊んであげたいんで今日は帰ります。また今度行きましょう」


「おう、またな。てかやっぱり子供って可愛いのか? うるさくて手のかかるイメージしかないんだけど」


「僕も子供ができるまでそんなものでしたよ。でもやっぱり自分の子供って違いますね。可愛くて愛おしくてしょうがなくなるんです。

 やっぱり人間って遺伝子レベルでそうなってるんでしょうね」


「ふーん、そういうもんか」



 その後、佐藤はさっさと帰り部署内には俺一人。

 はぁ、なんだろうなこの虚しさは。仕事は順風満帆だし、給料も悪くない、休みも取りやすい素晴らしい会社にいるってのに。


 でも今の俺には有休をとってまで何かしたいことがないんだ。むしろ誰かが有休をとる代わりに出社するぐらいには頼られているほどで。

 彼女でも作れば変わるのかな、こういう生活は。



「よし。一人1000円で酔えるせんべろ酒場巡りでもすっかあ」



 このまま家に帰ってもつまらない。世間はクリスマスを控えて盛り上がっているし、飲み屋街に行くのが妥当だろう。

 今日は12月23日。明日はイヴで、25日はクリスマスだもんな。


 最後にクリスマスっぽいことをしたのはいつだろうか。大学生でサークル仲間と盛り上がっていたあの時かもしれない。

 もう二度と思い出したくない大学最後のクリスマス。


 そんなことを考えていたからだろうか。オフィスビルから出て中野に向かおうとした俺は人生で一番会いたくない人とばったり道で出会ってしまったのだ。



「あれ孝之くん? 久しぶり。元気してた?」


「……八代。どうしてここに」



 大学のマドンナで年下で。俺の彼女だった女。八代美月が白いコートを着て立っていた。あれから八年経ったのに美しさは変わらない。いやむしろ増してるといっていいほどに綺麗だった。



「偶然だね。孝之君は今、ここらへんで働いてるんだ」


「お、おう。八代は今、ニュースキャスターやってるんだもんな」


「そうだよ。朝のニュース番組見てくれてると嬉しいな」



 そう言って笑う八代は付き合っていた時と同じ笑顔を見せてくる。

 どうしてこの女は別れた男に平気で話しかけるんだろう。円満に分かれたわけじゃない。むしろ原因はお前の浮気だったじゃないか。


 吐き気がする。胃酸が込みあがってくるような不快感にこの場を離れたくてしょうがなかった。



「美月、知り合いかい? 俺も紹介してくれないかな」



 現れたのは長身の男。見るからに仕事ができそうで金を持ってるやつで。男が嫉妬してしまうほどに自信満々な顔つき。たぶんこいつはどっかの高給取りなんだろう。人気ニュースキャスターと釣り合うほどの。



「孝之くんこちらは幸人さん。結婚を前提に付き合っているんです。都合があったらぜひに来てくださいね」



 あ、駄目だ。無理。

 俺は適当に用事があると言ってその場を離れた。


 小走りになっても気持ち悪さはずっとつきまとってくる。嫌でも思い出しちまうぜ。

 俺の人生初めての彼女で。大切にしようと大事に付き合っていたつもりなのに、八代は別の男と寝ていた。


 それを見つけて問い詰めても彼女は冷たくあしらうだけだった。だから別れた。いや、自然消滅っていうほうが正しいかもしれないけど。

 それからだ。俺が彼女とか結婚とかに興味を持てなくなったのは。



「くっそおおぉぉぉ!!! 幸せ自慢でマウント取ってくるんじゃねえクソ女ぁッ!!!!」 



 走りながら月に吼えても虚しくなるだけ。むしろ通行人から見られて恥ずかしすぎる。

 これはもう酒飲んで忘れるしかない。明日は土曜で仕事だけど我慢する気もねえ。


 それから何軒はしごしたかわからねえほどに酒を飲んだ。むしろ浴びた。だからとっくに足は千鳥足で。駅に着いた時、定期と財布がないことに気づく。

 ああ、終わった。家まで2駅も歩かないといけねえ。



「最低、最悪な誕生日だぜほんと」



 酔っぱらった頭じゃ道中だって不確かだ。だから何分歩いたかもわからないし、ここがどこだかもわからない。

 力尽きた俺は道端のゴミ捨て場に倒れ込んでしまう。


 生ごみじゃなくて助かった。ポリ袋が今の俺にはふさわしいクッションだ。



「悔しいんだろうな俺は。未だに未練がましくて情けねえや」



 目の前に広がる星なんて当然なくて。東京の空はいつもどんより暗い。見てるこっちの気分までどんよりしてくる。


 あああ、駄目だ! このままうじうじ、じめじめしてるのなんて俺らしくない。こうなったら俺も結婚してやろうじゃねえか。

 美人で一緒に居て楽しい人を見つけるんだ。秋山家みたいな居心地のいい家族を作って、そして八代美月のことなんてきれいさっぱり忘れる。それでいいじゃないか。 


 そんな時カツカツ、とハイヒールの音が聞こえる。時刻は正確にはわからないけどこんな時間に女一人で歩いてるなんて危なっかしいやつ。

 珍しいからって撮影してTw〇tterみたいなSNSにアップしないでくれよな。そう考えているとハイヒールの音はこちらに近づいてきた。



「あなた酔っ払い? いい年こいて酒の飲み方もわからないなんて子供ね」



 そう毒舌を吐いてきた女はスーツをびっしりと着こなしたキャリアウーマン風の格好だった。

 歳は20代半ばといったところか。意志の強い目つきが印象的だ。



「これ水。まだ蓋開けていないから勝手に飲んで」


「……すんません。あの、なんでここまでしてくれるですか」


「こんな寒いときに外で寝てたら死ぬからに決まってるじゃない。近所で死なれたら寝覚めが悪いしね」



 呆れながら髪をかきわける彼女は夜空の星のようで。この時の俺には誰よりも一番星に見えたんだ。

 だからだろう。素面しらふだったら絶対に言わない言葉を伝えてしまったんだ。



「好きです、俺と結婚してください」



 初めてのプロポーズはゴミ捨て場だった。  


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