第7話登校初日の終わりとティータイム
ユーリアが寮へ戻ると、故郷から自分の荷物が届いている。ほぼ身一つで学園へ辿り着いたのは昨日の話であった。
荷解きをしてクローゼットに服を詰めていく。1LDK、風呂トイレ付きの少し高めの寮だ。食堂もあるが自炊でも構わない。
テディは魔石から出て荷解きの手伝いをしていた。
「それにしても今日はいろいろとございましたね。非常事態とはいえ、力を隠してもよかったでしょうに……」
ユーリアは荷解きをする手を止めずに、んーと悩みテディの懸念に答える。
「みんなが痛い思いをするのは嫌だ……」
「そうですか。それがユーリア様のいいところでもありますからね」
テディは微笑み、今晩の夕食について聞いてきたので、今日は食堂で食べる事とした。
「今日は食堂で食べるよ。買い出しは明日の放課後に行く」
「承知しました。それにしても、ユーリア様は隠すことが苦手なようですね……。はあ、ではひと段落したらお茶にいたしますか」
成人の男性の姿をしたテディがお茶の準備を始めた。
*
その頃、職員室で報告という名のお説教を受け終えたルーカスが、深い溜息をつき、自席に戻っていた。
「あの白猫が報告の方向性を決めてくれてよかった。副学園長はいろいろ厄介だ」
「ルーカス先生、大丈夫でしたか?」
小さな声でブツブツ呟いていると、ヴィオラがやってきて隣の空いた席に座る。
「ああ、なんとかなりましたよ。後は報告書兼顛末書を書くだけで終わりです。それはそうとヴィオラ先生にちょっとお願いしたい事があるんですが、お時間いただけますか?」
報告書の紙に触れながらルーカスはヴィオラを見る。ヴィオラは細い指を膝の上で組みながら、ルーカスを見た。
「あら、お茶のお誘いかしら? 勤務時間は終わってるけど、そちらの書類は大丈夫なの?」
「明日までの仕事ですよ。うちで仕上げるつもりだから大丈夫です。それにここにいると皆にいろいろ聞かれて面倒そうですし……」
ルーカスは苦笑すると立ち上がり、ヴィオラに手を差し伸べる。ヴィオラはフフっと笑うと、ルーカスの手を取り、帰宅の準備をし始めた。
*
2人は学園から少し離れた、落ち着いた雰囲気のカフェへと入った。
穴場という感じで客はあまりいない。
カウンター席に座ると、お茶を一口飲み、喉を潤す。
「いつ飲んでも美味しいわね。ホルストの淹れる紅茶って大好き」
ヴィオラは目を細め、頰に手を当て味を堪能している。
ホルストと呼ばれた店員は控えめに微笑みながら、「ありがとうございます」と言い、カップを磨いている。
「ヴィオラ、本題だが、ユーリアの力はなるべく広めないでほしい」
ルーカスはヴィオラに頭を下げる。
「あら、職員室じゃないからって、頼み事をする時にその口調はどうなのかしら? いつまでも生徒じゃないのよ?」
ククッと唇の端を上げ足を組み、頬杖をつく。同年代に見えた2人だが、ヴィオラは見た目よりも年上なようだ。
「ヴィオラ先生。お願いします」
再度ルーカスが頭を下げた事に満足したのか、ヴィオラは頷いた。お茶を一口含むとカップに付いた口紅を拭う。
「それで、あなたがあの子を庇いたいっていうのは、私が治療院に行っている間、あの子からどういう話を聞けたのかしら?」
さっとヴィオラの前にお茶菓子が出される。それを手に取りながら話を聞く。
ルーカスは食べないようだ。
「いろいろと隠してはいるようだが、優秀な力を持っているせいで故郷では普通の生活は送れなかったそうだ。
父親に欠けている何かを探し、年相応の生活ができるようにと言われ、故郷から離れ、最低限の援助で送り出されたらしい。
12歳の子が平穏に暮らしたいと言ったんだぞ。
煩わしい世間の目から離してやりたい、そう思うのは当然だろ。
今のご時勢余す人材がないのは分かるが、卒業するまでの間くらい自由にさせてやりたい」
白猫が設定した話を盛り込んでいるが、ルーカスが真剣に話す。
ユーリアの話を聞いていて、心からそう思ったのは事実であったのだ。
その姿を見ながらヴィオラは微笑む。
「あなたの気持ちは分かったわ。治療院でも彼女の名前は出していないし、広めるつもりはないわ」
ルーカスは安堵した表情で正面を見る。心の底からホッとしているようだ。
「よかった、そう言ってくれる助かる……助かります」
「ふふ。お茶が終わったなら早く家に帰るべきね。報告書を書いて明日に備えた方がいいのでは?
初日から疲れたでしょ? 休息がとれればいいのだけど」
ルーカスは青ざめた表情になると、お茶を一気に流し込んだ。
「ヴィオラ先生。お言葉に甘えて一足先に帰宅します。お誘いしたのに申し訳ありません」
深々と頭を下げ、席を立つ。
「いいのよ。さあ、遠慮なく行きなさい。お金はいいわ。また今度ご馳走してね」
「重ね重ねありがとうございます。それでは失礼します」
胸に手を当て一礼すると、踵を返して店を出て行った。
*
「ルーカス先生を今でも支えてるんですね。彼が学生だった頃と変わらない」
クスッと笑うと話しかけてきたのはホルストだ。
「そうね、今でも目が離せないわ。足を突っ込みすぎるのよ。いろいろあっただろうに根は優しすぎる子のままなの。おかわりいただけるかしら」
ホルストはお茶を淹れ、ヴィオラは一口飲む。
「ただ、彼の思うようにはいかないと思うわ。彼が言っていた学生は、性格的にはルーカスと似てないのだけれども、お節介なところが彼と一緒なの。それに……」
「それに、なんですか?」
少し考える所があるのか、ヴィオラは顎に手を当てている。
「うふ、なんでもないわ。ただその子に、とあるバイトを勧めてしまって、余計な事を言ってしまったわ……」
「厄介事に自ら足を突っ込みそう、という事ですかね……」
「ええ」
ホルストはルーカスの過去を思い出しながら、ユーリアという生徒の事を考える。ルーカスはいろいろと問題が絶えない子だったと記憶しているので、また久しぶりに店が騒がしくなると思うと、自然と笑みがこぼれた。
「なかなかに面白い方のようですね。お会いできる事を祈っています」
「ルーカスあたりが連れてくるようになるのではないかしら。ホルストの事は信用しているもの」
「私の店を信用していただけて光栄です」
「ふふ。軽食も何かいただこうかしら」
ルーカスが帰った店内はゆったりとした雰囲気が流れ、ポツポツと客が帰り始めていた。
家に戻ったルーカスは帰り道でシェルトに出会い、残り1人の一年生が実技試験を受けていない事を指摘され、また悩むのであった。
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