第5話参事の後の告白と選択

「大丈夫か? 1年生!」



 小脇にドニを抱えたままのルーカスがこちらにやってくる。

ドニは魔力切れのようで体に力が入っていないようだ。

 1年生には少し怪我をしたものはいるようだが、重症者はいないようだ。



「何をした?」



 今度はシェルトがティナを見ながら、イーヴァルとともにこちらへやってくる。



「分かりません。ユーリアに防御魔法を発動するよう言われて、後は風の中心部を風魔法で上空に飛ばしただけです」



 シェルトは「分からないだと……」と顎に手を当て何か考えているようだ。一方のイーヴァルは笑顔でこちらを見る。



「そんなお堅い顔するなよー。ティナちゃんすごかったよね。あんな風の渦を押しのけちゃうなんて、お陰で命拾いだよー。渦のそばに僕たちはいたわけだしね」



 そこに難しそうな顔のルーカスが口を開く。



「ティナが分からないというならば仕方ない。よくやった。正直これだけの惨事で軽傷の者だけで済んだのは幸いだ。今日の試験は以上だ。怪我をしたもの以外は皆は寮に戻れ。怪我人は保健室だ。ユーリアはついてくるように」



 ルーカスはドニを抱えて保健室へ向かう。先輩たちも解散のようだ。




 *


 保健室に入ると綺麗な30歳くらいの女性がいた。



「あれ、ルーカス先生。今日は入学式っていうのに、もうけが人が出たのかしら」



 苦い顔をしたルーカスが現状を説明する。



「てっきり、ルーカス先生の熱の入った指導で初日から無理したのかと思ったわ」



 女性はクスクスと笑いながら生徒たちを一人一人見ていく。



「私はヴィオラこの学園の校医のようなものよ。武術クラスの子は特にここに来る機会が多いでしょうから、よろしくね。魔力切れの子は奥のベットで休んで。これは魔力の回復薬ね。怪我している子はどんどんいらっしゃい」



 ヴィオラは治癒魔法をかけたり、薬を塗ったりと手際よく処置していく。



「傷薬これ? 魔法のいる子、よろしく」



 ユーリアはスッと歩み出ると軽度の子たちの処置をしていく。

 魔法の必要な者と傷薬のみで治療可能な者を仕分けて、自分で処置できる者は次々とこなしていく。


 ヴィオラは「ええ……手際がいいわね。人数が多いから助かるけど、生徒に任せちゃってもいいのかしら」そんな言葉を言いながらも、ちゃっかりと任せている。



「お前は治療もできるんだな。調査書には実家が治療院とあったが、経験があるのか?」



 ドニを寝かせてきたのか、ルーカスが戻ってきた。ユーリアの手元を覗きながら話しかける。



「いろいろ、じいちゃんに教わった」



 治療を受ける1年生たちは「成績も優秀で治療もできるってどれだけ優秀なんだよ」と思っていた。


 そうこうしているうちにドニ以外の生徒の治療が終わる。

 皆治療が終わるとそれぞれ寮へと帰っていったので、残された生徒はユーリアとドニだけだ。




 * 


 ドニも薬を飲むと回復したようで、ヴィオラの診察を受けている。



「もう。問題は無さそうね。魔力を暴走させたんだから、なるべく数日間は魔法を使わず安静に過ごしてね。ルーカス先生いいですね」



 ヴィオラはルーカスの暴走癖を知っているのか、笑顔の中に凄みがある。



「ああ、分かっている。他の教師や担当する者には伝える。ドニしばらく実技があっても見学だ」


「はい、ご迷惑をお掛けしました……今日こそ失敗しないと思ってたのですが、申し訳ありません」



 ドニの表情は暗いまま俯いている。涙を流すのを堪えているようだ。



「魔力の暴発はよくあることという事か? あれだけの魔法を使えるのだから魔力は豊富なのだろう?」



 ルーカスは腕を組み、ヴィオラも優しい笑みを浮かべ答えをまっているようだ。



「国にいる時もありました。その……感情が高ぶったりすると余計に魔力の制御が難しいんです」



 はぁ、と2人から哀れともいうようなため息が漏れる。



「その魔力を扱うための術をこの学園で学ぶよう言われてきたという事か……」



 ドニは驚いた表情を見せた後、深妙にコクリと頷く。

魔力量だけ言えば十分に期待できるが、制御する事が出来ないのであれば戦場では不要だ。

 逆に周囲の影響から考えれば被害は大きい。

 制御する力を身につけられなければ、ドニの人生は終わりという事である。



「ドニ大丈夫」



 ユーリアはドニの涙を拭い励ます。しかしドニの涙は止まるどころか益々溢れてくる。



「大丈夫ってなんだよ。ユーリアは成績優秀だし治療だってできるんだろう。僕は魔力持ちってだけで、何もできないんだ。この魔力を制御できなければ危険視されて幽閉されるか、消されるんだ。それを簡単に大丈夫なんて……」



 感情を吐き捨てる。ヴィオラがドニの背中に手をやり優しく撫でる。ルーカスでさえ哀れみの目を向けている。

 12歳で過酷な現実だった。




 * 


 ユーリアは自分の額をドニの額に触れる。

 急な事でドニが目を瞬かせ、目線だけをユーリアに向ける。



「大丈夫。魔力使えるようになる。負担はかかる」



 ドニは俯いていた顔を上げ「なんなんだよ」とユーリアを睨む。

 ヴィオラは不思議そうな表情はしているが、続きに興味があるようだ。



「ヴィオラここ」



 ユーリアはそっと右肩に手を触れると、ヴィオラを見つめた。

 ヴィオラは「そんな芸当まで出来るなんて、錬金コースに埋めとくのは勿体無いわ」と呟き、ドニの首筋に手を触れた。



「そういう事ね……ユーリアあなた今からでもいいから医術クラスにこない? 全てのクラスの総括担当教師と学園長が認めれば変更できるわよ? 医術師も人手不足なのよ」



 ヴィオラはユーリアの手をとり、じっと目を見る。が、ユーリアは首を横に振った。



「学ぶ必要はない。責任も持てない。戦場も嫌い」



 ユーリアが否定した事でルーカスも割って入ってくる。



「優秀な人材が欲しいのは武術クラスも同じだ。それに本人の同意がなければクラスの変更が出来ないという説明が抜けているだろう?」



 肩を竦めると「あら残念」と肩にかかる髪を払いながら足を組み替える。



「では、この都市の治療院でのバイトはどうかしら? 人出不足で学生もいるの。申請すれば1年生でも出来るし、夜勤や休日出勤は他のバイトと比べても高額よ。必ず当直の医術師がいるから補助だけのお仕事になるけれども」



 ウフッと微笑みながら膝の上で指を組む。



「いや、稼ぐ必要はないよな。実家の仕送りだけで大丈夫だよな? 少し金を稼ぐくらいならば魔術具の作成や研究とかもあるよな?」


 ルーカスが焦った顔で間に入るが、ユーリアの目は金という言葉にぐらついているのがわかる。ルーカスは諦めの表情で頭を抱えた。



「ヴィオラありがと。考える」



 ユーリアは満面の笑みだ。




 * 


 回答を得たとヴィオラは気を良くして、何の会話が始まったか分かっていない置いてけぼりのドニに説明を始める。



「ドニ。ユーリアはね、あなたの体内の魔力の流れを指摘しているの。ここ、あなたの肩ね……ここに魔力の塊と思われるものがあるのよ。詳しくは別の医術師にも意見を伺ってみてになるんだけれど……。塊自体はまだ小さいわ。今なら少しずつ治癒魔法で回復できる」



 ドニの表情が明るくなった。ユーリアとヴィオラの顔を見ながら縋る目をする。



「本当ですか。治癒魔法ですぐには治せないんですか? なるべく早く普通に授業を受けたいんです」



 ヴィオラは首を横に降り、残念そうな表情をむける。そして、ドニの頰に手を当てた。



「ドニ、治癒魔法は絶対ではないの。人の細胞を無理やり活発化させたりするのだからね。だから、患者の状態を見て少しずつ魔力を加えていくの。多すぎる魔力は毒になる。さっきの子たち治療した時もそうだったでしょ? 深く傷ついている子は魔法を、本当に軽度の子は傷薬で治療してたじゃない? 魔術師として生きていくためには治療はしなくてはいけないわ。あなたは治癒魔法を望む、それでいいのよね?」



 ドニに問う。体に負担になってもいいのかどうかを。

 だが、ドニの心は決まっている。魔力を扱えなければ自分の人生が終わってしまうのは目に見えているからだ。


 胸の前に手をおき「先生お願いします」とヴィオラを見たのだった。

 ヴィオラは「分かったわ」というとドニの頭を軽く撫で、治療院へ案内するという。



「直接話を通した方がいいから。ドニ君、治療院へはいつ行こうかしら?」


「これからではダメでしょうか」



 ヴィオラは微笑むと立ち上がり、ドニを連れて行く。



「ルーカス先生。私が戻るまでここをよろしくね。おそらくその子に話があるんでしょう? その子がいれば大抵の処置はできると思うけど、緊急の時は別の医術師を呼びに行ってね」


「分かっている」



 ルーカスは深く溜息をつき、ユーリアとともにヴィオラたちを見送った。

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