第二章一幕 始まりはいつも突然に

「で、そろそろ仕事をしたいと思うんだ」


 夕食後。もう体の怠さはすっかり治っており、空腹も凄かったことからいつもの倍は食べてから切り出した。


「です、ね。私もサポート役としてお仕事まだやれていませんし」


「あら、シモーヌはもうできているじゃない。家事を全部やってくれているんだから」


 イヴの言う通り、家事全般全てシモーヌ一人がやっている。自分がやろうかと言っても頑なに拒む影響で手伝えていないのも、仕事を求める一つの理由でもあった。


「シモーヌは何か知らないか? 早くて割の良い仕事は。モンスター退治とか」


 他にも理由を上げるならシモーヌの給料を稼がなければというものと、自分の能力を使って一旗揚げたいという欲求である。


 イヴには考えが筒抜けなのか、あからさまにため息をついていた。しかも、


「モンスター?」


 シモーヌも小首を傾げている。


 実に可愛い仕草だが、今はそれを気にしていては話が進まないと邪念を取り払う。


「いないかな? こう人里を襲うーとか通行の邪魔になるー的なの」


「モンスター……あぁ魔物ですね。最近の魔物は大人しいのであまりその手の仕事は募集されませんね」


「へ、ないの?」


 異世界に来たなら標準的な依頼であるはずなのに、それがない? 


 どういうことだとイヴを見れば、もう一度ため息を吐いてから答えてくれた。


「先に言っておくけど魔王を倒すとかないから。それならあんたが今日会った鵝毛玄次がもうげんじ。あぁギルドマスターだけど、あいつが数十年も昔に終わらせちゃってるわよ」


「あの爺さんそんなに強いのか!?」


「言っちゃ何だけどこの世界において最強格よ。神も私と同等レベルね。まぁそれは置いといて、魔王を始末した以降、魔物は滅多に人里なんて襲わないのよ」


「は? じゃあどうするんだよ。というか能力の意味ってなんだ?」


 それでは宝の持ち腐れなのではなかろうか。


 確かに全てが全て戦いの能力を欲する人間だけではないだろうが、持っているものは多いはずだ。異世界物を当たり前のように受け入れていればいるほどその比率は高くなるはず。それは神ならば尚更把握しているのにどうして。


 確かにモンスターの情報がなかったのはこれでわかったが、結局疑問は残る。わざわざ一つ能力を分け与えられているのにどうしてだと。


能闘士マギアの意味、あんた考えたことある?」


 言われてみれば考えてなどいなかった。てっきり転生したものを分けるための名称なのだとばかり思っていただけに。


──え~っと何々。能闘士は転生者を識別させやすいための名称、か。


 なんだあってるじゃないかと思った直後にやってきた情報に思わず声が出てしまった。


「はぁ、なんだこれ」


「どうかされたのですか?」


「いや、えぇ~。これマジなのか」


「良いから口にする。シモーヌも困ってるでしょうが」


 簡単に言ってくれるがどう口にしたらいいのかわからない。いやそのまま口にすればいいのはわかってはいるが、少々躊躇われた。認めてしまうようで。


 どうしようとシモーヌを見れば純粋な好奇心で見られ、イヴを見ればガンを飛ばしてきていた。さっさとしろと。


 仕方ないと意を決して口にする。


「能闘士は能闘士同士一対一で戦いを行う。これを能闘士の集いサバトという。能闘士の集いサバトへの神の介入は厳罰に処す。総当たり戦で勝利回数が多いほど報奨金が貰える額が上昇する。拒否する場合は予め神に伝え、辞退することで回避できる。相手はランダムで決められるため、相手を把握することは神でも難しい、だと」


 全部口にしたことで満足したのか、イヴはにんまりと笑みを浮かべていた。


「なんかおかしいとは思ってたけど、イヴお前、これ狙ってたんだろ」


「当然でしょ。総当たり戦なんて言ってるけど結構ブロック別で行うから大して勝たなくてもそこそこ勝てば報酬は得る。まぁ全勝すれば金貨百はくだらないけど、あんたにそこまで求めてないわ」


「自慢じゃないが喧嘩不慣れだぞ、俺。後金作ったら経済が壊れるとかどうとか言ってたのにこれはいいのか?」


「あんたが雑魚なのは知ってるわよ。おまけに金は作ってない。これはこの世界の人間が落としていってるだけ。あんたスポーツとか格闘技の試合、生で見に行ったりしない?」


 あぁそういうことかと得心がいった。


 つまり入場料を使って報酬が払われるのだと。


「なるほど、能闘士の戦いとはそのようなものだったのですね」


 だというのに原住民であるシモーヌが感心しており、どういうことだとイヴへ目配せをする。


「あんたも理解した通り見るためには金が必要なの。いい席はそれ相応に必要だし、見えにくいところなら銀貨三十ってところかしら。いつも生活苦だったこの子は知っているだけで体験はできなかったのよ」


「でも今は俺のサポート役としているから一緒に行くこともできると」


 追加でやってきた知識をそのまま口にすると、イヴは満足そうに頷く。


 当人であるシモーヌはとういうと、自分とイヴを交互に見ており、理解していない様子だった。


「シモーヌはこれから毎回特等席で能闘士の戦いが見れるっていうことよ。誰かさんが逃げなければね」


「宜しいんですか? 私お金なんて」


「必要ないわ。寧ろこっちが払う必要があるほどだし」


 イヴの言葉にシモーヌの頬は上気し、両手を握りしめて喜んでいた。これまで見たかったけれど見れなかったのだと、彼女の反応がそれを示していた。


 それを見届けてからイヴは流し目を送ってきており、本当に性格が悪いと言う他なかった。こんな状況で断れる男なんて一体誰がいるというのだ。


「了承オーケー了解。誘いに乗るよ」


「誘い? 違うわね。あんたは私とシモーヌに誘惑されただけよ」


「言ってろ」


 呆れてシモーヌに入れてもらっていた紅茶を口に含む。やや渋みはあるが飲みやすく、香りもいいため頭の中がスッキリするようだ。


 そこでふと思い出す。聞きたかったことが他にもあることを。


「で、戦いっていつからあるんだ?」


 当然いつ、どこで行われるかわからなければ戦いようがないし準備する時間も欲しい。能力もまだ試せていないのだから。


 イヴによると能力は生命力の一部を削り取って使用するため、限界まで使い切ってしまうと気絶するらしく、起きても直ぐには動けないのだそうだ。ギルドで自分が倒れたのはそれが原因だとか。


 自分が時間を止めている事実を知覚できないから能力を停止させることもできず、生命力がすっからかんになるまで使い切ってしまう。それを回避するのが時を動かす能力なのだそうだが、まだ試せていないためどうなるかはわからない。


 生命力がやっと戻ってきたところというのもあるし、また失敗したらという不安もある。


 情けないとは思うが、取り敢えず試す精神があればそもそもギルドに行く前に使用しているため、陰気な性格は異世界に来てもそうすぐ変わらないようだ。


「本当に参加するってことでいいわけ」


「さっきも言ったろ、言ったからにはやる。で、いつなんだ」


 これは半分意地だ。もう半分はシモーヌに格好いいところを見せたいという下心だが、逃げずにやろうとしているだけ自分を褒めてやりたい。


 イヴには筒抜けなのかも知れないがそれでもと虚勢を張ってみると、満足そうに頷いてこう言った。


「今から」


「は?」


 間の抜けた声をだし、カップをテーブルに置いた瞬間視界が入れ替わった。


 いつぞやにも体験した瞬間移動が、再びと十樹を別の場所へと送ってきたのだった。


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