生まれるはずだった者
最近、朝顔の幻の声をよく聴く。
「ネコル......ネコル......」
ニコル・クーン・ジュノーは、未だ洋館の屋根の上で呆けていた。そこへ小さなカボチャに乗ってスイーッとやって来たのは、アウグス・スラ・ゴドリノであった。
「ネコル......」
「吾輩はネコルではない......」
彼はそう呟いた。朝顔の声が聞こえたような気がしたのだ。アウグスはニコルに話しかけた。
「あなたはもしや、ニコルさんではありませんか?」
「......そうだ、吾輩はニコルだ......なぜ分かった?」
「僕はアウグスです。昔、ニコルさんと一緒にディエタと戦ったユリウスの息子です」
ユリウス......サツマイモのことか。
「しかし、吾輩がニコルだとなぜ分かったのだ?」
「これを見て下さい。父の形見 ' 賢者の石 ' です」
アウグスは緑色の石 ' 賢者の石 ' を見せ「この石が語りかけてくるのです、この石があなたが父と一緒に戦ったニコルさんだと教えてくれるのです」と言った。
「吾輩は......吾輩は......たしかにディエタと戦った。ユリウス、カモノハシ、そして朝顔と共に戦った。しかし、吾輩は恐ろしくなったのだ。吾輩は自分のすべての力を使って逃げた。ユリウス達はもっと戦いたかったかもしれぬが......吾輩は彼らも一緒にして空間転移をして逃げたのだ。」
「父さんは先日死にました。最後まで仲間のスライムを守って戦ったそうです。しかし、そのとき負った傷が元で死んでしまいました。」
「ユリウスも死んだのか。カモノハシももう死んでしまったよ。」
あいつは上級カモノハシになりたいとか言っていたがな......と笑った。乾いた笑いだった。そして、ニコルはカモノハシから受け取ったオレンジ色に光る石 ' 太陽の石 ' を見せた。
「スライムの少年、ユリウスの息子よ、この石を使えばユリウスのように人間になることができるが」
「ニコルさん、僕は人間になりたいなんて思わないよ」
ニコルは自嘲するように「そうだな」と笑った。
「それより、僕はディエタと戦いたいです」
アウグスはそう言って、朝顔の ' 霊 ' から受け取った赤い宝石 ' 滅びの石 ' をニコルに見せた。中にはミチザネが入れた朝顔の種が入っている。
***
チチカカは生まれるはずだった者である。
本来、ドゴリコ国王妃から生まれるはずだった者なのである。
ところがあの日、ディエタ・アハナ・ドゴリコに母親の胎を奪われたのだ。羊水に浮かんでいたチチカカ・アハナ・ドゴリコは、気づいたときには ' 虚無の海 ' にいた。
そしてこの少女は ' 虚無 ' と呼ばれる世界で生まれた。
"黒い衣を纏った者"は少女に聞いた。
「さて、お前はどうする?」
「わらわは......わらわは別に......」
***
ユリウスが乗ってきた小さなカボチャがなぜか ' 賢者の石 ' を欲しそうにしたので「これは大切なものなんだけど、そんなに欲しいのならあげるね」とユリウスは言い、カボチャの口の中に入れてあげた。
欲しがったのは ' 賢者の石 ' がカボチャとなったスライムから生まれた石であるからだろう。
「ならば、この ' 太陽の石 ' もカボチャ君にあげよう。吾輩にはもう不要のものだからな」
ニコル・クーン・ジュノーも、' 太陽の石 ' をカボチャの口の中に入れた。
緑の ' 賢者の石 ' とオレンジ色の ' 太陽の石 ' は、小さなカボチャの顔の中の蝋燭の火に照らされ、それぞれの色で煌めいていた。
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