賢者の石
〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉は最初、闇色であった。闇の中で、闇色に蠢く夥しい数の触手。それが〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉である。
〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉が何故、この世界にやってきたのかは分からない。彼には意思というモノはないのかもしれない。少なくとも人間やスライム達にとっての意思という概念に相当するものは無いであろう。
彼に意思という概念に相当するものは無い。ただ、彼の来訪によりこの ' スライム界 ' が破滅することはルキウスが予言したことであるが、闇色に蠢く夥しい数の触手を見れば、誰にももう世界の破滅は明白であることは分かったであろう。
やがて遠くで、ほのかな緑色の光が〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉へ向けて放射されたのが見えた。それは微弱な光であったが、闇の中の ' スライム界 ' をわずかに緑色に照らした。
「急ごう」
〈ユウシャ〉ガイラスは、妻であるアウレリアと、ルキウスに言った。そして、ガイラスはほのかに緑色の光を発する場所へと走った。
アウレリアはまだ小さなユリウスを抱っこしながら、ガイラスの後を追う。ユリウスはアウレリアに抱っこされながら、空を覆う闇色の蠢く夥しい数の触手を見た。
ガイラス達は走り、緑色の光を発する場所に到着した。そこにあったのは、忽然と消えたカボチャの山であった。スライムであった者達が、〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉へと微弱な光を放っていたのである。それは、悪しき訪問者への彼らの僅かながらの抵抗であったのであろう。
しかし〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉は、その微弱な光を受けても何のダメージも受ける様子も無い。やがて闇色であったその訪問者は、変幻自在に色を変えた。赤になったり青になったり黄色になったり、まるでからかうように色を変化させ、最終的には虹色のシャボン玉のように、いろいろな色を揺らめかすようになった。
それを見たアウレリアは、「お父さま、ユリウスをお願いします」と言い、〈ヨゲンシャ〉ルキウスに幼いユリウスを渡した。そして、アウレリアはカボチャの山に近づくと、そっと手を触れた。
「お前達......もういいわ。後はガイラスと私にまかせて」
アウレリアにそう言われたカボチャ達は、安心したように光の放射をやめた。そしてその瞬間、カボチャの山は緑色の小さな石に変化した。その石は後に賢者の石と呼ばれるようになる。
「ありがとう。ありがとう。本当に感謝します」アウレリアはその石にそう呟くと、石を拾いユリウスの小さな手に握らせた。
「アウレリア......」ルキウスは小さく呟いた。
「お父さま、ユリウスをお願いします」アウレリアはもう一度そう言った。
アウレリアがそう言い残すと、ガイラスとアウレリアはお互いに混ざり合い紫色の球体となった。その球体は膨張し、ほどなく ' スライム界 ' すべてを覆いつくした。
〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉のおぞましい虹色の触手が、その世界 ' スライム界 ' へと伸びる。ガイラスとアウレリアの球体に触手がふれた。触手がふれるたび、球体は生理的嫌悪を感じて縮こまった。
その瞬間、ユリウスの耳にどこからか声が聞こえた。
「どうしてこのことを言わなかったの?」
しかし、小さなユリウスには起こっていることが何なのかまだ分からなかったのである。
「――どうしてって?――」
優しい声であった。その声の主に決して責めるような気持ちは無かったであろう。
〈ゾッグ・ドゥ・ソトホート〉の触手が妖しく虹色に光った次の瞬間、世界は崩壊した。
気がつくと、ユリウスはドゴリコ王国の王都にいた。そしてこの数年後、彼は朝顔達に出会うことになるのである。
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