妖女の宝石

 朝顔の朝は早い。彼女はまだ寝ているサツマイモとカモノハシを踏みつけて、部屋の外へと出た。

 妖女の家のリビングは彼女が脱ぎ捨てた服や、新聞などが散らかり放題であった。


 〈幼女〉朝顔は「仕方のない妖女だな」と言い、リビングを少し片づけ始めると、玄関の呼び鈴が鳴った。まだ皆、寝ているため朝顔は致し方なく玄関へと向かった。


 訪問者はカボチャ頭であった。

 やって来たカボチャ頭は、やはり「ィィィィィィィィィィィィィ」としか言わない。

「"ィィィィィィィィィィィィィ"では分からんぞ! 何か言えぬのか?」


 カボチャ頭の頭は当然ながらカボチャである。そのカボチャは中身がくり抜かれていて、目、鼻、口に穴が開いている。中には蝋燭が1本立てられていて、火がゆらゆらと揺らめいていた。目、鼻、口の穴からカボチャ色の光が漏れている。


何か言えぬのか? と言われたカボチャ頭は蝋燭の火を揺らめしながら、

「......Mai......asA......sHi......N......Bun......」と答えた。


毎朝新聞まいあさしんぶん? 新聞がどうかしたのか? そうかお前は新聞の配達員なのだな、新聞なら郵便受けに入れておいてくれればいいぞ」と朝顔は言いながらも、カボチャ頭から新聞を受け取った。


 その新聞の一面トップには『ドゴリコ王国王妃ご懐妊』というニュースがでかでかと出ていた。


 少しすると妖女が起きてきたので、朝顔は、

「王妃がご懐妊だそうだぞ、めでたいな」と言ったが、妖女は、

「そう」とあまり興味なさげに言うだけであった。



***



 さらに、呼び鈴が鳴った。妖女が玄関のドアを開けると2人目の訪問者は王宮の前にいた兵士であった。

「朝顔はいるか?」

「朝顔さんにご用? 朝顔さん、兵士さんがいらしたわよ」と妖女は朝顔を呼んだ。


「"オートバイ"はまだか?」兵士は朝顔を見るなり言った。

「まだだぞ」


 そこへカモノハシが欠伸をしながら起きてきた。朝顔は、

「おい、お前のスケボー、"オートバイ"みたいなものだろう? この兵士にくれてやれ」とカモノハシに言った。


「イヤだし。それにスケボーと"オートバイ"はまったく違うぞ!」

「違うのか?」

「お前、"オートバイ"を知らんのか?」

「知らん」

 朝顔とカモノハシがそんなやり取りをしていると、


「......Ha......yA......Ku.....sU......Ru......nO......Da......」と兵士は言った。


 朝顔が兵士の方へと向き直ると、その兵士はなんとカボチャ頭となっていた。


「お前、やはりカボチャ頭であったか!!」と朝顔が言った瞬間、カボチャ頭となった兵士は「ィィィィィィィィィィィィィ」という奇声を発し、頭の部分だけ残し姿を消した。


 頭の部分はコロンと地表に落ち、中の蝋燭の火は消えた。

 朝顔はカボチャ頭の頭を拾い上げると、リビングへと持って行った。


「兵士がカボチャ頭になったぞ!!」と言いながら、朝顔は妖女にカボチャ頭の頭を見せた。

「まあ、頭を落としていったの? それはBadね」

「Badって何だ?」

「異国の言葉で"悪い"って意味よ」と妖女は言った。


 妖女は「困ったわね」と言うと、自分の首から下げている首飾りから赤い宝石を1つ取り外すと細いチェーンを通して〈幼女〉朝顔の首に下げてあげた。


「む? この宝石をあたいにくれるのか?」と朝顔が問うと、少し間をおいて、

「ええ、きっと何かあったとき、この石はあなたを助けてくれるはずよ......」と妖女は言った。


 しかし、その顔は少し悲しげに見えた。もちろん、朝顔はその悲しげな顔を見逃さなかったが、

「そうか、あたいは首飾りなんて初めてつけたぞ」と〈幼女〉朝顔は喜んでみせた。


 妖女がキッチンの方へ行ったので、朝顔はそっとカモノハシに聞いてみた。

「お前、妖女の名前知ってるか?」

「知らないし、教えないし」

「お前、知ってるだろ?」と朝顔は問いただしてみたが、カモノハシは少し考えてみせた後、何も答えずリビングのソファーで寝たふりをしてしまった。



 そして、開け放したままとなっていた玄関のドアから、草原から風が吹き込んできた。それは ' 悪しき風 ' であった。

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