第75話 世界の終わりを君に捧ぐ 序 1
血と硝煙の臭いが鼻をつく。この臭いにはいつまでも慣れない。
わざと泥で汚した服を着て、誰にも見つからないように物陰に身を潜める。
一時的に静かになっていた戦場に乾いた破裂音が鳴り響く。
「始まったわね」
少女が、そう零す。
泥で汚れた青年は、その声に頷くと、倒れていく人々にカメラのレンズを向ける。
数日前。青年と少女は、日本を飛び立った。
空港で、スーツを着こなしたキャリアウーマンのような女性に渡されたお守りを首から下げて、青年は飛行機の機内へ歩いていく。
飛行機に乗るときに貰った新聞を広げる。流し見でタイトルのみを見ていくと、一つの記事に興味を惹かれ、目を留める。
「現代に現れた切り裂きジャックですって。あの殺人犯、未だに捕まってないみたいですよ?」
「おかしいわね? 見かけるたびに通報してたはずなのに」
僕達はあれからしばらくの間、止むに止まれずーー度々連続殺人犯の犯行現場を予想してはその瞬間を見る。ーーという不謹慎といえば不謹慎なデバガメのような行動を繰り返した。
ある種の追っかけである。
その度に市民の義務として、通報していたのだが、どうやら警察はいつも彼らを取り逃がしてしまうようだった。
「というか、切り裂きジャックって流石に安直過ぎませんかね? そもそもあの殺人犯のターゲットって完全ランダムだし、日付もバラバラでしたよね?」
「そっちの方が見出しとして映えるからでしょう? 切り裂きジャックに全く掠ってなくても、とりあえず目立てばいいと思ってるのよ」
情報化社会の闇ね。と尾張さんが辛辣な事を言う。
そんなことを話しているうちに、機内にシートベルトの着用を促すアナウンスが流れる。
尾張さんはそれを聞くと、いつものことだとでもいうように、前髪を顔の前に垂らして、下を向く。
「お客様ーー安全のため御着席願えますでしょうか?」
1人の若いキャビンアテンダントが尾張さんに声をかける。
どうやら、彼女には尾張さんが見えるようだ。
周囲の客が不審な目を向けるなか、僕もそれに倣う。
「あの、お客様?」
尾張さんは無言で下を向いている。
不審に思ったのか、他のキャビンアテンダントが近づいてきて、何事か話している。
「えっ⁉︎ だってそこに!」
若いキャビンアテンダントの困惑したような声を、ベテランの様に見えるキャビンアテンダントが制止し、
「よくあることよ」
とだけ言って、奥へと連れて行った。
離陸が終わり、飛行機が安定飛行に入る。
尾張さんは、アナウンスが流れるまでそのままの状態をキープしていたが、どうにも笑いが堪えられないようで、
「・・・・・・フフ、フ」
と、不気味さに拍車をかけていた。
シートベルトを外し、提供された少し味が濃い目の機内食に口をつけながら、
「いつものことですけど、やっぱり尾張さんの分もチケット購入した方がいいんでしょうかねぇ?」
と何の気なしに呟く。それに対して尾張さんは、
「チケット購入したとしても、私の事を見える人が必ず居るわけでもないじゃない。それに、私がそこに座ることで本当に必要な人が乗れなくなる方が問題じゃないかしら?」
それにお金の無駄だし。と付け足す。
「まぁ、そうですけど。毎回キャビンアテンダントの方に無駄なトラウマ植え付けるのは忍びないというか」
幽霊扱いは嫌がるくせに、こういうドッキリみたいな事は嬉々としてやり始めるのはどうなんだろう。
乙女心は複雑である。
機内サービスの白ワインに手をつける。酸味が強く独特のアルコールの匂いが鼻をついた。
「お酒って美味しいの?」
「美味しくないです」
尾張さんはジーっと白ワインの入ったカップを見つめている。
「尾張さんは未成年だからダメですよ?」
「未成年とかいう前に、物理的に飲めないわよ」
知ってます。とのたまう少年に少女は、
「この酔っ払いどうしてくれようかしら」
と不穏な台詞を吐くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます