第55話 殺してやりたい

 こいつが。この男が尾張さんを。殺した。

 不思議と感情が冷めていくのがわかった。手の痛みも脇腹の痛みもいつのまにか感じなくなっていた。


 左手を抑えていた右手で、脇腹に刺さっていたバタフライナイフの柄を掴み引き抜く。

 そして、それを水城の頬に向けて突き刺した。


「いってぇぇぇぇぇぇ‼︎?」


 油断していた水城は、追い詰めたと思っていた獲物の突然の反撃に、ナイフに込めていた力を緩め、左手で咄嗟に顔を覆う。


 バタフライナイフを引き抜く。

 それを水城の太腿に突き刺し捻る。

 バタフライナイフの柄はそれだけで折れてしまった。


「あがっ⁉︎ いっ‼︎‼︎⁈」


 水城が肉を引きちぎられる痛みに苦悶の声を上げる。


「ちっ」


 舌打ちして、他の武器を探す。

 空の瓶ビールが目に入る。先程、水城が僕に投げつけたもののようだ。掴んで水城の頭を横から殴りつける。

 ガラス片が砕け散る音と共に水城が横倒しになる。


 馬乗りになられていた身体を起こす。

 割れた瓶ビールの鋭利な割れ口を水城のナイフを握る右手に叩きつける。

 ゴリっと骨が削れるような音がした。


「いっぎぁあああっああ⁉︎!」


 水城の叫び声が路地裏に響く。

 道徳の授業で見たビデオに映っていた、屠殺される豚の声に似ているなぁ。と場違いにも考えていた。


 フラフラと立ち上がる。地面に落ちた、水城のナイフを拾おうとしてふらつく。


「あれ?」


 そのまま、前のめりに倒れる。何故だろう、身体が重い。


 そういえば、脇腹を刺されていたんだった。血が服をベタつかせて気持ち悪い。


 ジタバタと暴れていた水城が、立ち上がる。その目は殺意に染まっていた。


「ーーーーーーーーーー‼︎‼︎」


 何を言っているのかわからない怒声をあげながら、水城が左手にナイフを持って近づいてくる。


 うるさい。


 既に指の一本も動かせない身体で、それでも心の中で悪態をつく。


 こんな奴に、殺されてたまるか。こんな所で、尾張さんを殺した奴なんかに。


 睨みつける僕に、水城はナイフを振り下ろそうとして、何故かその動きを止める。


「?」


 水城の身体がビクンッと一度痙攣する。そして、そのまま崩れ落ちる。


「なぁ、あんた。まだ生きてたりする?」


 そこには、真っ黒な装束に身を包んだ、黒い男が立っていた。

 

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