第56話 黒と銀

 そこにいたのは、黒い男だけではなかった。いつのまに現れたのか、十数人の男女が周囲には佇んでいた。


 黒い男は、転がる水城の死体を足でつつくと、


「うわーグロテスクな顔してんなぁ」


 っと、まるで虫の死骸でも見つけたような軽さで呟く。


「あなたに瓜二つの顔じゃない」


「ちょっと白雪さん? いくら、俺でも傷つくことはあるんですよ?」


 黒い男に、銀色の髪をした女性が話しかける。


「誰かを傷つけ続けた人間の顔はきっと、みんなこんな顔になるんでしょうね」


 そう、呟く女性に、


「いやー耳が痛い話ですね」


 と適当な返事をする黒い男。男の手には、赤黒い血がベッタリとこびりついたナイフが握られていた。

 

「なんで人ってこんな簡単に死ぬんだろうな?」


 黒い男は、こびりついた血を死体の服に擦り付け拭いながら呟く。


「あなたにもいつかわかるわ。人間になったとき」


「遠まわしに俺を人間から除外するのやめてね?」


 銀髪の女性は、不思議そうな顔をしながら、


「あら、あなた人間だったかしら?」


 と、疑問符を浮かべる。


「一応まだ人権を手放した覚えはないんでね」


「尊厳はかなぐり捨てているのにね」


 銀髪の女性がニッコリと笑いながら吐き捨てる。


「そっちもまだ捨てた覚えはないんだが・・・・・・」


 それに、苦笑いしながら男は答える。


「捨てているのは記憶の方だったかしら」

 

「むしろ、お前が記憶を捏造してないか?」


 呆れたようにやれやれと肩を竦める男に、


「それが出来たら苦労しないわよ」


 と不機嫌そうに女性が返すと、


「それもそうだな」


 と口の端を吊り上げて、男は歪に笑うのだった。

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