第52話 暗闇の中で

 とぼとぼと歩きながら棚田の畝からあがる。

 自転車に跨がろうとして、ふと気づく。

 そういえば、尾張さんの自転車どうしよう。


 尾張さんがここまで乗ってきた自転車がその場に残されたままだった。


 やっぱり返さないとまずいよなぁ。


 仕方がないので、両手に二つの自転車のハンドルを持ちながら歩き出す。

 しかし、二つの自転車がフラフラと別の方向に進んでしまい安定しない。

 特に荷台にテントを積んでいる自転車がその重量のせいでコントロールしづらい。


 テント結局使わなかったな。そうだ。


 一度自転車を止めて、テントの部材を出す。

 真っ直ぐなカーボン製のテントの骨組みを二つの自転車のハンドルにゴム紐で結びつける。


「まあ、こんなものかな」


 先程まで自転車だったものは、不格好な似非四輪へと変貌していた。


 似非四輪のハンドルを持って歩き出す。まだ、安定性とは程遠いけど、先程よりはましになった。


 これに乗る気にはなれないけど、歩きたい気分だったのでちょうどよかった。


 先程までの嘘のような星のきらめきは鳴りをひそめ、あたりは、月と僅かな星の光だけが帰路に着く僕の道行きを照らしていた。


 しばらく歩いていると、やがていつもの街の明かりが見えてきた。


 尾張さんと僕が出会って、尾張さんを失って。また出会い、そして失った。

 

 いつのまにか涙が溢れていた。

 その涙を、誰にも見せたくなくて、いつもは通らない暗い路地裏の方へ進んでいく。


 その時、背後でガラス片を踏み潰したようなパキッという音が聞こえた。


 思わず振り返る。


 もしかしたら、尾張さんが戻ってきたのかもしれない。

 そんなありえない想像と、泣き顔を見られたら笑われてしまう。

 という羞恥心からの行動だった。


 我ながら情けないが、この時の一瞬の動作が僕の命を救った。


 僕の背中に熱く鋭い痛みが走る。


「っつ⁉︎」


 思わず似非四輪を手放して、後方に下がった。


 似非四輪は、自立するための支柱を失い大きな音を立てながら崩れる。


「ちっ。よけんじゃねぇよ!」


 目の前にいたのは、パーカーのフードを目深に被った中肉中背の男だった。


「はぁ?」


 意味がわからなかった。

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