第29話 幕間:他人の世界の終わり方

 家を叩き出され適当にフラフラと歩く。習慣とは恐ろしいもので、無意識に駅に向かっていた。


 しかし、とてもではないが、学校に行く気分にはなれなかった。


 駅のベンチで、通学する学生や社会人達が電車に続々と乗り込んでいく姿を見送る。


 これで、何本目だろう。いつのまにか周囲には、学生の姿はほとんどなくなっていた。

 ちらほらとスーツ姿のサラリーマンらしき人物や、私服姿の若者が次の電車を待っているのみであった。


 そろそろいいかな。

 一瞬の気の迷いだったのかもしれない。

 そんなことをしても、彼女にはもう会えないと分かっているのに。

 それでも、このまま彼女のいない世界で目的もなく生きているよりはまだマシに思えた。


 ベンチから立ち上がり、フラフラと線路の方へ向かう。


 そこには、ちょうどこの駅を通過する快速の列車が向かってきているところだった。


 ここから飛び込めば、また、彼女に会えるかもしれない。

 そう、思ってしまった。


 そして、その一線を越えようと足を踏み出そうとする僕の左側から、黒い影が、線路に飛び込んだ。


 一瞬だった。


 人の形を成していた黒い影は、電車の正面に衝突し、赤黒い肉の塊へ変化した。


 悲鳴があがる。


 どうやら、それは僕の口から出ているようだった。


 我ながら、おかしかった。

 つい今まで同じことをしようとしていた人間が、その結果を目の当たりにした途端、この有様だ。


 しかし、その光景はあまりにもグロテスクで、現実感がない割に、いやに鮮明に僕の記憶に残った。


 この数日、何も食べていないはずなのに、胃の腑から湧き上がる吐き気を我慢するのは難しかった。


 駅の構内を走り、個室のトイレに駆けこむ。


 胃酸すら吐き出せず、気持ち悪さを抱えたまま、その場にしゃがみ込む。

 

 もう、この場所から動き出せる気がしなかった。


 その日駅のトイレには、しばらくの間、低く押し殺したような嗚咽が漏れ聞こえていた。

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