第24話 掴まれたもの

 椎堂さんの後ろ姿を見送った後、尾張さんに向き直り話しかける。


「ところで、尾張さん」


「何かしら?」


 その表情は、先ほどの僕の言葉をまったく覚えていないようだった。

 ぐぬぬ。


「何かしら? ではなく。さっき言ったじゃないですか。」


「・・・・・・⁉︎」


 尾張さんは少し考えるそぶりを見せる。

 その後、いきなり頬を紅潮させると言い放つ。


「わ、私はあなたと結婚の約束なんかした覚えはないわ! だから、無効よ!」


「いえ、そっちではなく」


 そもそも、幽霊と結婚は出来ないと思う。事実婚ならともかく。


「流星群の話です」


「っ⁉︎ えっ、えぇ勿論わかっていたわよ。ちょっと紀美丹君に念を押したかっただけよ。勘違いしないでよね」


 そう言うと、肩にかかった髪を払う。

 おかしい。何故か、また振られてしまった。


「わかりました。結婚はとりあえず保留しましょう」


「いえ、保留ではなく、断っているのだけれど」


 やれやれと肩をすくめながら、仕方ない人だなぁといった顔をして尾張さんに言い放つ。


「はいはい、ツンデレ乙」


「誰がツンデレよ!」


 怒った顔も可愛いなぁ。


「からのー?」


「その絡み方、次したらあなたの世界を終わらせるわ」


 懐かしい脅し文句が尾張さんの口から飛び出す。


「現在の尾張さんに言われると妙な説得力があって、怖いんですが・・・・・・」


「現在のってなによ?」


 怪訝な顔をする尾張さんの質問を、目を逸らしながらはぐらかす。


「いえ、なんでもないです」


 二度目だとバレたら、本当に僕の世界が終わる気がする。


「そんなことより、流星群ですよ! 流星群‼︎」


 無理矢理、軌道修正する。


「な、なによ、いきなり」


 尾張さんが、僕の謎のテンションに若干引いている気がする。


「あなた、そんなに流星群が好きなの?」


「えぇ! 良いですよね流星群! もう、世界の終わりと言えば流星群ですよ‼︎」

 

 心にもないことを言う僕に、


「そうね。なかなかわかってるじゃない。紀美丹君」


 尾張さんは、フフンと上機嫌に鼻を鳴らすと、ウムウムと頷くような仕草をする。

 ちょろいなぁ。この人。


「まぁ、紀美丹君がそこまで行きたいって言うのなら付き合ってあげなくもないわ」


「えっ? 付き合ってくれるんですか?」


 食い気味な僕に対して、


付き合うって意味だからね?」


 と若干引き気味な尾張さん。


「わかってますよ。それもツンデレですよね?」


 僕のちゃんと理解してますよといった態度に、

 

「ちがうわよ‼︎」


 とツッコミが入る。

 ニヤッと笑った僕が、


「から」


 のと口に出す直前に背筋に寒気が走った。

 

「あら、どうしたの? 紀美丹君?」


「い、いえ、なんか寒気が」


 尾張さんは、口元だけで笑っている。


「紀美丹君は、犬みたいね」


「な、なんですかいきなり」


 先程とは逆に、少し引き気味になる僕に対して、尾張さんが詰め寄る。


「犬ってね、飼い主の態度を見て行動するのよ」


「はぁ、それがどうしたんですか?」


 ジワジワと距離を詰めるようにしてくる尾張さんの行動に対して、緊張で生唾を飲み込む。


「飼い主が楽しそうなら、はしゃいで。悲しそうなら、悲しげな態度をとって。飼い主が怒ってたら」


 そう言うと、尾張さんは僕の左頬に右手で触れる。


「今のあなたみたいな態度になるわね」


「・・・・・・クゥン」


 尾張さんはニッコリと口元だけで笑う。


「鳴き真似うまいわね。紀美丹君」


 取り返しのつかない何かを掴まれてしまった気がする。

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