ロブスターなお姫様
たこまき
第一話 ロブスター病にかかったお姫様
「キャーーーーーー!」
小鳥のさえずりが、朝日が昇ったことを教えてくれた。同じ時間に、お城中に響き渡る悲鳴が、ローラ姫の部屋から聞こえた。
「ローラ姫!?何があったのですか!?」
姫の護衛役であるゴリは、扉を開けた。
そこにいたのは、オロオロと慌てふためく、人間サイズの大きさで、二本足で歩くロブスターだった。
「な、何者だ!?強そうなやつめ!」
ゴリは腰に携えた剣を抜き、構えた。それに対しロブスターはゴリの方を向き、少し冷静さを取り戻すと同時に、ムスッとした表情を浮かべた。
「何してるのよ!ゴリ!護衛役がその対象に剣を向けるなんて、ちゃんと守る気あるの!?」
その答えにゴリは数秒の間固まって、その後に、この声と言いかたはローラ姫なのではないかと思った。
「ローラ姫?本当にローラ姫ですか?」
ゴリは構えていた剣を収め、ロブスターの顔を覗き込むような形で聞いた。
「ええそうよ、こんな見た目になっちゃったけど、私はローラ姫なのよ!」
「で、ではなぜそのようなお姿に?」
「うん。それはね、昨日の夜、ベッドで寝ていたら窓から三人組の賊が侵入してきたの。私はそいつらに紐で縛られて、賊の一人が私に触れてなにか呪文のようなものを唱えてきたのよ。」
「賊がこの部屋に侵入してきたのですか!?......全く気が付かなかった。」
ゴリは、賊の犯行が見事すぎたため、少し感心したが、自身の油断が姫を危険に晒してしまった情けなさが同時に心に押し寄せ、ぐちゃぐちゃな表情を浮かべた。
「それで、呪いをかけられた時、私みたの!」
「なにをですか?」
「私に触ってきたそいつの手、ロブスターのハサミだったの!だけど私に触れて呪文を唱えた瞬間、そいつの手が人間になったのよ!」
姫は一生懸命身振り手振りで説明してくれた。
「じゃあ、王様に報告しますか。」
ゴリは姫の話を信じ、そう提案した。ローラ姫は頷き、二人は王様のところへと向かった。
「な、なんという事だ。まさか、ローラがロブスター病にかかるとは。」
王様は頭を抱えてとても辛そうな表情を浮かべている。
「ロブスター病?」
ローラ姫は首を傾げて王様に聞いた。
「あぁ、ここ数年で流行りだした謎の病でな。なんでも人型のロブスターが夢に現れて自身の体に触れ、朝起きるとロブスターになっているというものだそうだ。私の国ではほとんど聞かなかったためにあまり警戒していなかったのだが。」
王様はさらに険しい表情を浮かべた。
「しかも一週間後にはララヴィー国のサイラス王子と結婚する予定であったのだが、婚約破棄などしたら最悪戦争になりかねんぞ。」
王様はこの世が終わるかのような表情を浮かべた。
「王様、こうなったのは全て私の責任です。姫の護衛役として、最も恥ずべき行為です。どんな罰でも受ける所存でございます。」
ゴリは膝をつき、頭を下げて言った。
「お前のことはこの王国の中で最も信頼していた兵士であったのだ。そのお前でも全く気が付かなかったということは、敵は相当の手練れであると思われる。」
ゴリは、予想以上に信頼されていることに驚いた。
「ゴリよ!一週間以内に姫の姿を元に戻すのだ!さすればお前の犯した罪を全て帳消しにしようではないか。」
「汚名返上の機会を与えてくださってありがとうございます。必ずや姫の姿を元に戻しますのでご安心ください。」
ゴリは頭を深く下げると、すぐに立ち上がり、玉座を立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
立ち去ろうとしたゴリに話しかけたのは、ロブスターとなったローラ姫であった。
「私も一緒に行くわ!」
ローラ姫の発言により、玉座の間にいる全員が驚き、困惑し始めた。
「ローラよ、なにを言っているのだ?」
「だって私の部屋に侵入してきた賊は私しかみていないのよ。ゴリ一人に行かせたって、一生かかっても見つかりっこないわ。だから私も行くのよ。」
王は、しばらく考えた後、重たい口を開いた。
「わかった。きっと、ローラの意思は相当硬いのだろう。国民には、姫は風邪をひいて寝込んでいると伝えよう。こんな事がララヴィー国に知られたら一大事だからな。」
王は、心配そうに言いながらも、笑顔で答えた。ローラ姫はニコッと笑うと、ゴリを引っ張りながら玉座の間を後にした。
ゴリは、自分の部屋に戻り、旅の準備をしている最中に、ローラ姫に質問をした。
「なんで一緒についてくるなんて言ったんですか!?城の中の方が私といるよりも安全でしょう?」
ゴリは、ローラを守れなかった自分を頼られても困ると思い、言った。その質問に対し、ローラはうつむいた。
「ごめんなさい。私、あなたのことが心配で......」
ローラは、顔を上げてまっすぐにゴリを見つめた。
「だってあなたは、王様に忠誠を誓っているわけではないのでしょう?あなたがこの国にいる理由はきっと、特にないのよね。だから!今回の件であなたはこの国からいなくなるのではないかと思ったの。」
ローラ姫は真剣な眼差しでゴリの質問に答えた。ゴリは、嬉しさと悲しさが入り混じった目をしていた。
「そうだったんですか。たしかに、一週間以内になんの手がかりも見つけられなかったら、何も言わずに国を出て行こうかと思っていました。なぜなら、私はただ強いものと戦いたいだけなのです。戦いだけが、唯一の楽しみなのです。」
ゴリは、身勝手な理由でローラ姫を見捨てようとした自分に負い目を感じ、目をそらした。
「そう、やっぱりそうなのね。幼馴染だもの。なんとなくわかっていたわ。」
ローラ姫は、悲しく笑った。
「俺の話は置いておいて、ほら、これ着てください。」
そう言ってゴリは、一枚の大きな布をローラ姫に渡した。
「そのロブスターの身を隠すマントです。自分用のマントなので少々大きいかと思いますが、それなら十分身を隠せるでしょう?」
「えぇ、そうね。」
ローラ姫は、ゴリから渡されたマントを羽織い、全身が隠れることを確認した。
「それじゃあ、さっそく行きますか!」
「行くって、どこに?」
「もちろん、町の人々に聞きに行くんですよ。昨日怪しい人物がいなかったかどうかをね。」
ゴリは、自室を出て、城下町へと向かった。
「ギャーッハッハッハ!」
ゴリの向かった店では、まだ昼間だというのに、顔を赤く染めた人々が何人かいた。
「で、なんで聞き込み調査で酒場なのよ?かなり繁盛しているようだけど。」
周りを見渡すと、その空席の少なさと、あちこちから聞こえる笑い声が繁盛している何よりの証拠だった。
「ローラ、ここは俺が行きつけの酒場なんだ。顔見知りも多いし、情報通のやつもよく来る店なんだよ。なにより、俺が酒を飲みたかったからってのが一番の理由かな!」
ゴリは、下品な笑い方をしながら、豪快にお酒をガバガバと飲んでいる。ローラ姫は、とても大きなため息をついた。
「あんたってお酒が入ると昔みたいになるわよね。私のこと呼び捨てにするし。まぁ私的には、慣れ親しんだ呼ばれ方だから、その方がいいんだけどね。」
ローラ姫は、小さな声で呟いた。
「えぇ?なんだって?」
「な、なんでもないわよ!いいからその情報通の人に早く聞いてきなさいよ!」
ローラ姫は、もともと赤い外殻を、もう少しだけ赤くして言った。
「まぁまぁ、そいつはまだ来てないから、もうちょっとここで楽しんでいこうや!」
「えぇー、いつ頃来るの?その人は?」
「だいたい夕暮れ時かなー、あいつ忙しいし。」
「夕暮れ!?いま昼間よ!?どんだけここに居るつもりなのよ!期日は一週間なのよ!その大切な時間を無駄にするつもりなの!?」
ローラ姫は驚きのあまり、大声を出してしまったため、周りにいた何人かがローラたちに向いた。ローラ姫は恥ずかしくなり、顔を下に向けた。
「まぁまぁ、なんの情報もなく探し回ったとしても、そっちの方が時間を無駄にしがちなんだから。それに、ローラの前で言うのもあれだけど、あいつが夕暮れからしか来ないのは王国のせいなんだぜ?」
「えっ?どういうことよ?」
「あいつは王様のお気に入りで、朝から晩まで王様につきっきりでお世話をしているんだ。だから来るのが遅くなるんだよ。本人はもっと自分の時間が欲しいって言ってるんだけどな、王様がそれを許してくれないんだとよ。」
「そうなのね。まぁ、お父様はそう言うでしょうね。」
「あぁ、だから俺は正直なところ、王様は血筋で決めるのではなく、国民が決めるべきだと思っている。」
ゴリは、珍しくとても真面目な顔をして、ローラ姫に話した。
「国民が?」
「あぁ、今の王様は、正直とてもいい人だ。人間性が高い人だと思う。だが、政治の能力に関してはかなり不安なところがある。それは、相手のことを信じすぎている事だ。」
「まあ確かに、お父様は人が良すぎるのよね。」
「だから、王様になるのは血筋じゃなくて、国民からの投票でなるべきだと思うんだよ!そっちの方が絶対いいでしょ?王様の好き嫌いによって人生が変わるなんておかしいんだよ!」
ゴリは、自身の心情を熱く語り出し、だんだんと大きな声で話し出した。
「そうさ!隣の国の王様なんて、気に入らない奴はみんな処刑しているって話だ。そんなことが、あっていいはずがない!今こそ!革命の時だー!一番大切なのは王ではなく、国民であるべきだ!」
ゴリの熱い語りに、周りで飲んでいた人々も盛り上がり、同調し始めた。
その様子を、カウンターの席で飲んでいた頭全体を覆う布を被った二人組が、まじまじと見つめ、話し合っていた。
「おい、あのゴリって奴、うちらに参加させた方がいいんじゃないか?見てみろよあの腕の筋肉、まるで丸太のような太さだ。あれが戦力に加われば、俺たちの作戦は万全の状態になるってもんだ。だろ?」
「たしかに、あの丸太筋肉が仲間になれば相当な戦力アップになるな。だが、あの顔、どっかで見たことあるんだよなぁ。」
「なんでもいいさ!ボスはどんな悪党でも仲間にしちまうカリスマがあるんだから。ボスに会わせれば味方になってくれるに違いないって!」
「じゃあ、行くか。」
そういうと二人組はゴリたちに近づいていった。
「なぁあんた!めちゃめちゃおもしれえ考え持ってんな!」
二人組の一人がゴリに話しかけた。
「ん?もしかして、この考え方がわかるやつか!?」
ゴリは、探し求めていたお気に入りのおもちゃを見つけた男の子のような喜び方をした。
「ああ!俺たちもそういう考え方した奴らを集めているんだ。できればボスに会って話だけでも聞いてもらいたいんだが......」
そう言って二人は頭の布を取り、素顔を晒した。
「俺の名はサブロー。こっちがマサヨシだ。よろしくな!」
サブローはそう言って、握手をしようと手を出す。ゴリも、その手をつかもうとした。その時、ローラ姫が立ち上がった。
「あーーーーー!!この二人!私をロブスターにした時にいたやつじゃん!!」
その言葉に、ゴリと二人組は時が止まったかのように数秒間固まり、お互いに顔を見合わせ、愛想笑いを浮かべた直後、二人組は目にも留まらぬ速さで酒場を抜け出した。
「ゴリ!何ぼーっとしてんの!早く追いかけて!」
「お、おう!わかった!」
ゴリは、ローラ姫に言われ、猛ダッシュで追いかけた。
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