抑えられない感情...  晶



 『小山田さんが加世子と話がしたいって言ってるんだけど 断っておいて良いよね?』


あんな行動に出ても、裕泰と加世子の仲が終わりを迎えることは無く、まるで自分は蚊帳の外にいるかのような現実を認めるわけにはいかないとの思いが日毎に募っていき、SNSを通して美樹にそう願い出ていた。もちろん、加世子に聞く前に、何かと理由を付けて何度か断ってはいたが、諦める様子が一向に見られないので、ためらいながらも加世子にこの休暇中起こっている経緯を話そうと思い定めたのだった。


メールを受け取った当初は困惑をしていたが、電話で話を聞いている内に、きっと「会う」と返事をするまで美樹にそんなメッセージを送り続けるのではないかと推測が出来た加世子は、覚悟を決める。


1対1でというのは絶対に避けたかったので、美樹には悪いけれど、3人でならと条件を付けて会うことになった。


指定されたのは、渋谷から歩いて10分弱位の場所にある小さなビル内にあるカフェバーのような所だった。待ち合わせ時間は15時、その20分前に駅前のレンタルビデオショップ前で美樹と一足先に落ち合う。「何も悪くないんだから自信持って」とか「挑発に呑み込まれないように」等と前もって美樹から指南を受けていたので、そのままお店へ向けて歩き始める。




エレベーターで上がる前に見えた案内では、上層階の2フロアがお店になっているらしかった。わたしの中では、学食内で罵声を浴びせられた時の記憶がまだ鮮明に残っていて、上昇して行く中でさらにそれが蘇ってきて緊張感も増してくる。


店内に入って小山田さんの名前を言うと、テラス席へと通された。一人で席に付いている女性を視界に入る範囲で伏し目がちに探っていても良くわからないまま、店員さんが立ち止まるまで付いて行く。


顔を上げると、メイクばっちりな小山田さんが座っていて、その向かいにこちらに背を向けて腰掛けている男性が一人いた。小山田さんの視線が私達の方へと外れてすぐ、その男性も同じように、何気ない感じでこちらを振り返るまでの間は、時間にしてほんの5秒間くらいの出来事だった。


「加世子っ……なんで」


目を丸くして慌てた様子でわたしに問い掛けた後、小山田さんの方を見てからもう一度わたしの顔を向き直す。



  裕泰くん……



わたしはわたしで、びっくりし過ぎて言葉にならない。


「私が呼んだのよ」


「加世子が来るなんて一言も言わなかっただろ」


「二人とも座って」


小山田さんに促され、美樹と席に着きドリンクのオーダーをするやいなや、早速口を開く。


「裕泰の前で確認しておきたいの」


「あなた、裕泰の事、どのくらい想ってるの?他にうつつをぬかしてる人、居るんでしょ?私、見たのよ、他の男とドライブデートしてるとこ」


「私は1分1秒裕泰の事を忘れる事は無い。朝も昼も夜もずっと……、ずっとよ……。それなのにあなたは何なのよ。本当に、心から好きだって言える?」


食堂での光景がフラッシュバックされてくる。今日の迫力はあの時に比べて勝るとも劣らなくて、どうしてもひるんでしまう。裕泰くんは、まるでわたしがどんな風に答えるのかを待っているように、小山田さんの “口撃” をまだ止めてはくれない。


「裕泰くんの事は本気で想っています。大好きなのでずっと仲良くしたいと思ってます……」


小山田さんに睨まれるように見つめられて、やっと出た言葉がこれだった。


「そんな子供みたいな言い方しないでよ」


呆れたように髪をクシャクシャッと触りながら下を向く。


「じゃあ、裕泰の為にどこまで思い切れる?何が出来る?……私は何だってする、何だってよ。仮に犯罪に手を染めるような事を頼まれたとしても、裕泰に言われたのなら私はやってのける自信があるから」


「もうやめろ」


美樹のコーヒーとわたしの紅茶が運ばれて来て、会話の内容に少しおののく店員さんを前にしてようやく裕泰くんが制止に入ると、今度は感情をぶつける矛先が裕泰くんに向けられる。


「裕泰だって、私の事、あんなに好きだって言ってくれたじゃない」


「ここだって、初めて二人だけでデートした場所、覚えてるよね? 上階うえの個室でキスしたよね? 帰りに同じビルのクラブに行って、そのまま私の家に泊まったよね?」


「いい加減にしろ」


「加世子、行くぞ」 


それ以上何も聞かせまいと、わたしの腕を掴んで椅子を引く音を大きく響かせ瞬時に立ち上がり、3、4メートルと席を離れて行く。そんな時、一段と大きな声でわたしに叫ぶように小山田さんは言い放った。


「クリスマスにブレスレット貰ったでしょ? あれ、選んだの私だから。裕泰にとってあなたなんてその程度なのよ」


振り返って裕泰くんの右手で肩を持たれ前を向き直すまでの間に見えた小山田さんは、意外に、怖いというよりも哀しそうな、必死さの中にどこか切なげな表情を醸し出していて、たった2秒くらいの間ではあったけれど、裕泰くんに対する想いだけはきっと真っ直ぐで純粋なものなのだろうと、その顔つきを見て思い知らされたような気がしていた。




少し遅れて後ろから追ってきた美樹には笑顔でお礼を言い、ビルの前で別れた。


「どこか行く?」


優しく問い掛けてくれたけれど、今日はこのまま家に帰ることにして、裕泰くんに送ってもらう。


「誤解して欲しくないから言うけど、今日はアイツの携帯の中のアルバムとかメールとか自分で消せないから消してくれって頼まれて来ただけだから」


歩きながらそう言った。


「……うん」


正直な所、さっきふたりが一緒に居る所を目の当たりにした時は、関係がまだ続いていたのかなと疑ってしまったけれど、今は裕泰くんの事を信じているし、今日の裕泰くんの様子を見た限りではわたしのがわに付いてくれていたように感じたので冷静に受け流すことが出来る。


電車の中では特に会話は無く、改札を出て歩く道中で、このまま帰ってはいけないような、話をした方が良いのではないかという気持ちになってきて、お互いの心中が重なり、家を通り越してサモサの散歩でよく通る緑道まで足を運んでいた。そして、ベンチに腰を掛け、まずはわたしが美樹と小山田さんに会いに行く事になった経緯を話した。


「今後もし、又誘われるような事があったら絶対先に言って」


確かに、後になって思えばどうして裕泰くんに知らせずに行ったのだろうと、間違った方法を取ってしまっていたのに気付く。話してさえいれば、裕泰くんに止められてわたしがあの場所に行く事は無かったかも知れないし、もし二人とも小山田さんに会いに行っていたとしても、何か攻略出来るシナリオを考えて、違った展開が待っていたかも知れないと想像を働かせてはみるけれど、結局小山田さんに裕泰くんとわたしの信頼関係のようなものを試されていた可能性だってぬぐえない。


小山田さんが冒頭で言い出したドライブデートのくだりを聞いて、あの日の事を裕泰くんが知っていたのは小山田さん発信だったんだなと知り、そうなると、裕泰くんと小山田さんは何らかの形でやり取りをしていたか、会っていたのだと推理しだすと、少し不安にはなってくる。


「小山田さんとこれからも連絡取る? 理由はどんなでも、会って欲しいって言われたら会う?」


心の内をそのままに、聞いてみた。


「もう会わない」


裕泰はすぐに返事をして、暫くは加世子の目を見ながらほんのわずか顔を上下に動かし、自分を納得させるように頷く。


小径には桜が咲き誇り、道行く人も少なくない中、そっと裕泰くんの肩に寄りかかると、左手の上に右手をふわっと、それでいてしっかり重ねてきてくれて、その手の温もりに浸りながら時々前を通り過ぎる人の足元をまばたきを忘れるほどに眺め、心の中を整理していた。



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