… 30
「今日はこのまま送るよ」
暖房が強めに入れられた音と同時に声がする。
「お返し、用意してないし」
特に会話は無く、車は進んで行く。
「お返しは要らないよ……。 さっきの言葉だけで充分」
大分と暖まってきた車内で裕泰くんの横顔をしっかり見つめながらそう伝えた。下井くんと居た理由を言おうとしたけれど、後で落ち着いてメールを入れておく事に決め、その後の会話は無いまま、ただお互いの気持ちだけは通じ合っていると信じて家までの時間を大切に過ごす。
家の前ではちょうどサモサの散歩から戻ったばかりのパパと鉢合わせた。
「裕泰くん、上がっていくか?」
今日はもう遅いので帰ると断りを入れている。
「あの……おばさんは……?」
「純香か? 中に居るけど、呼ぼうか?」
「いえ、いいです……この間、食事を届けてくださって……。宜しくお伝え頂けますか」
挨拶が済むとパパは家の中へ入り、リードを受け取ったわたしはサモサと裕泰くんの車を見送った。
『メール 読んでくれてありがとう』
『お礼を言って無かったので……』
『それから、また言い訳みたいになってしまうけど、今日は有陽ちゃんと3人で食事に行ってました。 二人で居たのは電車に乗る前に少し休憩をしていただけです』
『わかった』
「わかった」の後に、「もし俺が行かなかったら……」と打ちかけたが、余計な事は附随させないでおこうと消した。
1週間後に裕泰くんとわたしの家で会う約束をした。それまでに美容院へ行っておこうと週半ば、アルバイト終わりに恵比寿へ向かう。
帰り道、目黒駅まで歩く途中、横断歩道を渡り終えてすぐに、1番前の歩道側で信号待ちをしていた車の中からわたしを呼び止める声がした。
「加世子ちゃん」
おじさま、裕泰くんのパパだった。
「久しぶりだね。 皆さん元気にされてる?」
「それはそうと、ストーカー被害は落ち着いた? 何かあったら必ず裕泰に相談してよ」
言い終わると信号が青に変わって車が発信しかけたので、わたしは歩道から乗り出していた身体を引っ込めて少しの間、車が遠くなって行くのを見ていた。
ストーカー……?
おじさまは何か勘違いをされているのか
な……?
わたしには身に覚えの無い事だし、電車の中でも考えてみたけれど、全くもって意味はわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます