帰路はなくとも

千秋静

第1話


 ガシャガシャと中華鍋を激しく煽る音が耳の中を荒らしてくる。あんなに音を立てないとチャーハンという食べ物は作ることができないものなのだろうか。不機嫌そうに荒く鍋を振る店主の背中を見ながら少し苛立つ。


 店の中にはカウンターに座っている私と後ろのテーブル席に座っている二人の客しかいない。私以外の客は全員男性で、食事とスマホを触ることに夢中でカウンターの向こうで調理している店主の姿など見てはいない。店主の妻であろう店員の女性も店の天井近くに置かれているテレビを突っ立って見ている。


 この店で一番記憶に残るところは冴えない味のラーメンでも、脂ぎった汚い床でもない。客のことなど考えもせず、ただ商売のことだけしか考えていなさそうな私しか見ていないこの大きな背中だった。

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