児相屋アキラ

ありす

第1話 児相屋アキラ

プルルルルルル

「はい、関東児童相談所です。」

「隣の家が虐待してるかもしれません。毎日子供に大声で怒鳴って、子供が1時間くらい泣き叫んでいるんです。」

「わかりました。もう少し具体的に、何時頃に多いか教えていただけますか?」


私の名前は高木美奈子。そして私が今いる場所は児童相談所。子供を虐待から守る最後の砦。大学で心理学を学んで、やっと児童福祉司になれたけど、この仕事、正直辛すぎる。


相談件数は年々増え続け、現在は年間16万件。それに対して児童福祉司の人数が3200人だから、全然足りていない。


「おい、高木くん。八木さんのお宅、安全確認行ったのか?」

「前澤所長、それが・・・。」

「また居留守か。」

「ご近所の話だと、母親が歌舞伎町で男と一緒に歩いてるのを目撃したそうです。お子さんも小学校をもう1ヶ月も休んでいるそうです。」

「まずいな、虐待されている可能性がある。」

「強制捜査の許可とりますか?」

「いや、家裁を通していては間に合わない。・・・あいつに頼むか。」(※家裁・・・家庭裁判所。強制捜査には家裁の許可が必要。)


「あいつって・・・?」


「アキラ、俺だ。Gコール(児童虐待安否確認の依頼)、頼めるか?相手は・・」

「ホスト狂いの八木、だな?」

「もう掴んでいたか。」

「ああ、奴は毎晩ホストクラブに通い、男と一緒にホテルに消えている。旦那とは離婚しているが、自宅に若い男が住み着いているな。子供はここ1週間1度も姿を見せていない。」

「まずいな。」

「強制捜査、高くつくぜ?」

「金はなんとかする。今日中に踏み込めるか?」

「男の行動パターンは把握済みだ。いつでも行ける。」

「わかった。頼む。こっちも準備しておく。」


八木のアパート。夕方、日が沈む頃。若い男がコンビニから帰り、アパートの自宅の扉を開けた瞬間、アキラが若い男の腕を掴む。


「八木さん、ですね?」

「あ?誰だてめえ?」

「落し物ですよ、お子さんの物みたいですが・・・。


そう言ってアキラはクマの絵が描かれたかわいい財布を差し出した。

若い男は不思議そうに家の中をちらっと覗いた。その時。


「ママ・・・?」

「!!てめえ!出てくるなっつっただろ!」


若い男が大声で怒鳴った先には、小さくやせ細った、7歳くらいの女の子が立っていた。髪の毛はボサボサで怯えている。アキラはその子と目が合い、その瞬間、アキラの幼い頃の記憶が蘇り、瞬時に虐待されていると悟る。アキラ、若い男の襟首を掴み、締め上げる。


「てめえぇ!!虐待してるな?」


ものすごい力で押さえつけられた男は声を上げることができない。その間にアキラの相棒鍋島が男の手首とドアノブに手錠をかける。


「はい、一丁上がり。アキラさーん、落ち着いて落ち着いて。」


鍋島はクマのおもちゃ(柔らかいボールで、握るとパフーと間の抜けた音が出る)をアキラに見せて音を鳴らす。パフーパフー。アキラはクマのおもちゃを見ると落ち着いた。若い男は気絶している。


「・・・。」

「これだけ状況証拠があれば、一時保護はできるんじゃないですかね?後は児相の皆さんに任せましょう。」



所長から安全確認を言い渡された美奈子は現場を見て驚き、所長に連絡、警察に通報していた。刑事から質問を受けるが、美奈子は何があったか全く知らず、慌てた様子を見せる。


「私が来た時はすでにこの状況で、わ、私は何も知りません。」

「・・・本当に、何も知らないようですね。」

「警部、こんなものが落ちていました。」

「クマのサイフ?子供のものか。」

「あの、この子は虐待されていた可能性があります。児童相談所で一時保護させていただきます。」

「いや、あの子にはまだ聞きたいことが・・・。」


若い刑事が美奈子の要望を遮り、少女に事情聴取をしようとしたその時、前澤所長が少女の前に立ちはだかった。


「虐待は明らかでしょう。子供のケアを優先させてください。母親の居場所も突き止めていますので、母親に事情聴取をしてください。」

「あなたは?」

「失礼、関東児童相談所の所長、前澤哲也と申します。児童相談所の権限により、この子を一時保護させていただきます。」

「児相の方でしたか。ではこの子への事情聴取は、病院で治療後にさせていただきます。」

「ご配慮、感謝します。」


路地裏で一人佇むアキラの元へ、前澤が現れた。


「アキラ、今回の報酬だ。」


そう言って前澤は札束がぎっしり詰まった茶封筒をアキラに渡す。


「あの子は?」

「今は病院で治療を受けているよ。あの若い男とホスト狂いの八木は虐待を認めた。しばらくは安全だ。」

「そうか。その先はどうするんだ?」

「わからない。親元には戻すことができないし、児童養護施設に行くことになるかもな。」

「そうか・・・。(アキラ、遠くを見つめて悲しそうな表情を浮かべその場を立ち去る。」

「アキラ、ありがとな。」



虐待相談件数は年間16万件。児童相談所は通報から48時間以内に子供の安全確認を行うルールがある。しかし、相談件数が年々増え続ける現状では、相談員は対応に追われ、本当の虐待が見逃される危険性が指摘されている。子供の虐待を見逃さないために、今日も児相屋アキラは街に目を光らせている。

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