いい子ちゃん

紗江 眠子

第1話 幼少期

コミュニケーション障害、またはコミュ障。

私が、自分はそれだと認識したのは高校も卒業してからの事だ。

当時はまだそのような言葉はなかったので、単なる対人恐怖の根暗。

仲良くなる事を恐れて一線を引くようになり、それが負の連鎖を生み、連鎖から抜け出せない。

仲良くなる事を恐れて、というのは少し御幣がある…。

仲良くなった先に何があるか分からない事が怖くて、が正しいかもしれない。

成長し、小中高あがる毎に、そのクセも同じように成長し、深みは増した。


            ※   ※   ※


大阪という都市部から、九州の田舎に越す事になったのは父の「甘え」からだった。大阪にいた頃、「私達」は幼稚園生。

その父の「複雑な甘え」の事など、まだ知りもしなかった。

あれよあれよと引越し、あれよあれよと新しい幼稚園へ行く事に。


初めての当園。初日から、その幼稚園のガキ大将とその群れに目を付けられた。

目を付けた理由は、私達が「おかしな話し方をするやつら」だったからである。

関西弁で話す「私達」を、九州弁が当たり前の彼らからしてみれば、奇妙だったのだろう。それはしょうがないことだ。

当の「私達」も、越してきた自覚はまだ無く、九州弁を話す彼らが奇妙だったから。園長先生も当然九州弁で、何やら色々教えてくれていたが、分らなかった。

分らなかったが頷いて、子供なりに分ってる風を装った。


何故「私達」か…

双子の妹がいる。似ても似つかぬ双子だ。

私達を知らぬ初対面の人には、友人同士だと間違われる程に似ていない。

性格も表裏のように違う。私は大人しい、妹は活発、という具合に。

そんな妹は、翌日の登園から、徐々に周囲に馴染んでいった。

ちょっかいを出してくる男子には、なんやかんやと反撃に出ていた。

関西弁で反撃に出てそれも揶揄されても、それでも反撃を続け。

まぁ、子供なりの、子供らしい反撃の仕方ではあるが…。

そういった妹の抵抗を見て、いつしか男子達は以前より妹をからかわなくなった。

私も、他の攻撃的では無い園児と一緒に遊んだ。

とはいえ妹のように上手く世渡りは出来ず、1人遊びもしていたが…。

こんな幼少の頃から、既に周囲の人間との馴染めにくさは感じていたのだ。


引っ越したそこは新興住宅地で、私の家を含めると9棟はあった。

幸い近所の子供達は同い年の子も多く、下校後は家の周りでよく遊んだ。

そのご近所の子供達の中に、ひときわやんちゃな女の子がいた。

名前は仮名で、めいちゃんとしよう。

このめいちゃんは、いわば私の初めの転換期を迎えさせる存在だ。


めいちゃんの家は大型犬を飼っていて、同時に我が家も大型犬を飼っていた。

遊ぶよりその犬を見たい一心で、よくめいちゃんの家に遊びに行っていた。

めいちゃんのお父さんの手作り、と言っていた鉄製の強固なゲージは

庭の奥に設置されていて、そこにその犬は毎日いた。朝昼夜問わず。

手入れが行き届いていたかというと、そうとは言えない状態。

同じ大型犬なのに我が家の犬よりも犬臭く、ゲージ周辺も獣の匂いがしていた。

糞尿まみれだったというわけではない。ただ、掃除は簡易的であったと思う。

しかしその犬は人懐こく、尻尾を振っていつも私を歓迎してくれた。

それが嬉しくて可愛くて、特別にゲージに入れてもらい抱きついたりもしていた。

めいちゃんの家には猫もいて、その猫はさすがに家の中で飼われていた。

どんな種類の猫だったかまでは思い出せないが、確か雌だった。


ある日のことだ

いつものように下校して家に帰りランドセルを置いて、めいちゃんの家へ行った。

ゲージに近付くと、姿が見えない。雨宿りスペースにもいない。

散歩かな?めいちゃんもう帰ってきてるかな、ピンポンしてみよう。

中から出てきたのはめいちゃんのお母さん。

「めいちゃんは?」

「まだ帰ってきてなかよ、もうそろそろ帰ってくるやろけん待っとくね?」

めいちゃんの家にあがったのはこの1回くらいで、おかげで記憶は薄い。

しかしこの1回で、この家庭は私達とは違う、という違和感を抱いた。

私の記憶の中にあるめいちゃんの家の中は、どんよりと、暗かった。


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