うつくしいいきもの

cokoly

うつくしいいきもの

 コンドームを切らしていた。

 僕は裸の女を部屋に残して、夜の中へ飛び出した。

 家から一番近いコンビニへ駆け込んだが、コンドームは売り切れだった。

 その次に家から近いコンビニへは歩けば五分だが、走れば一分だ。

 僕は来た道を引き返し、自宅のアパートの前を通り過ぎ、二番目のコンビニへ走った。

 そのコンビニへ至る道は街灯が少なく、道は暗かった。

 危うく野良猫を蹴飛ばしそうになり、寸でのところで避けて、脱げそうになったサンダルをなんとか指先で捉えて体勢を立て直し、また走る。

 背後で恨めし気な猫の鳴き声が聞こえた。

 闇の中で光る猫の目が、僕の背中を見ている気がした。


 小さな公園の横を通った。


 街灯の下、ベンチの上で、一組のカップルが手足を絡めて抱き合っていた。

 それはまるでひとつの生き物のように見えた。

 むずむずと熱い吐息をもらす淫美な生き物。

 だがそれは美しいものには違いなかった。

 僕は美しい生き物になりたいと思った。

 そうなりたいと強く願った。

 早く自分のベッドへ戻って、女と絡まって、僕は美しい生き物に生まれ変わるのだ。


 コンビニへ辿り着いた。

 しかしなぜかここでもコンドームは売り切れだった。

 世界はこんなにコンドームを消費しているのか?

 もう、駅前まで行くしかない。

 また来た道を戻って、同じ距離をさらに加える事になる。

 歩いて十分。走って二分。途中で歩いて三分から四分だ。


 僕は焦り始めた。


 女はまだ部屋に居るだろうか。

 まだ裸で僕を待っているだろうか。

 それとも待つのに飽きて、すやすやと深い寝息を立て始めているだろうか。

 どうかまだ服を着ないでいてくれ。

 いやらしい気持ちを維持していてくれ。


 いや、これは僕の傲慢な考えだ。

 僕はまた、一から女の気持ちを波たたせ、盛り上げて、淫美な世界の潮流へと誘っていかなければならない。

 そうする努力を怠ってはならない。

 二人で美しい生き物になる為に。



 僕は来た道をまた戻っている。

 全力で走っている。


 駅前のコンビニに、コンドームはあった。

 これまでで一番来客の多いであろうこの場所に、なぜかそれは残っていた。

 レジでコンドームを叩きつけるように差し出した汗だくの男を見て、アルバイトであろう女子大生、あるいは女子高生らしき子は明らかに怯んでいた。

 それはそうだろう。

 こんなに走るんだったら、サンダルでなくスニーカーを履いてくるべきだった。

 こんな事は予想していなかったのだ。


 公園にさっきのカップルはもう居なかった。

 彼らはもう旅立ってしまったのだろう。

 麗しき潮流に流されてしまったのだろう。


 ああ、僕は一体なにをしているのだろう?


 さっき蹴飛ばしそうになった猫は地面を離れて塀の上に居た。

 きらりと妖しく光る瞳と、目が合った。

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