一回、一万三千円の女

くっしー🐬

【短編小説】ヌキ。


「あぁ、ぁ」


一回、一万三千円。


人々は、お金ではなく、お金の先にあるものを欲しがっている。


彼女は、ブランド物のバッグだ。

企業努力のブランディングによって、まんまと釣られ、そのためにして、金を手に入れ、それをホイホイ交換しにくるわけだ。


哀れである。


だが、彼女は、世の中を簡単だと思っている。

なぜなら、見えていないからだ。

死なない程度に殺されていることを。


感覚が麻痺すると、それが平気になる。

たしかに男受けする容姿や動き、匂いをしている。

服装も少し乱れて、首筋あたりが見えていて、何か羽織っている。もちろん寒い時期だろうが関係なく、太ももがみえるニットワンピースに、絶対領域を残した黒ブーツをはいている。髪は、茶色のロングで、頭は染めが落ちてプリンになっている。甘く、デザートのようや、若返るような匂いがする。

こういう女特有なのか、よくふらついている。こけてしまいそうな降るまいに、服に着られているように揺れている。



今日も頭の毛が薄いふっくらした鼻にくる臭いがする突起物を、窓から開けたり閉めたりする。


くさい。


そしてその金で、美容に費やし、外装ばかりを整えた模型となり、自分と同じような模型を10人くらい引き連れた、何の仕事をしているかもわからないような金持ちの社長に会って、奢ってもらって、帰り用のお金もらって、『世の中簡単だ』とぷかぷか頭に浮かべてる。



とはいえ、これが彼女の生存戦略なのだ。


生まれてしまったから、生きているのだ。


もちろん彼女にも、同じように幼い頃がある。が、残酷だった。


父母は若くして別れ、シングルマザー。

毎日、違う男を家に連れ込み、夜の仕事では帰りが遅く、ろくに家事もしない。

それを見かねたアパートの大家が、目を盗んで、幼い彼女にご飯などをやっていた。


が、そんな大家も、彼女が少しずつ実ってくると、色目を使うようになり、幼児である彼女を相手に、手をまさぐったり、窓を開けたり閉めたり、効果的に神経を乱すよう狙ってきたり、妙な服を着せられたり、あれやこれやと行為がエスカレートした。最初はもちろん彼女も抵抗したが、飯のことも考えると、耐えるしかなかった。


そんなとき、それに気づいた彼女の母は、大家を怒鳴り付けた。

しかしそれは愛ではなく、訴えれば金になる、ぐらいなものだった。


むしろ、彼女をそういう道で、金儲けの道具にして、男どもに売り始めた。




生まれたときから売る女の彼女には、金づるは簡単に手に入り、麻痺した感覚は、苦にはならず、世の中簡単だ、という狭すぎる世界を見ることになった。



そんな彼女に、交通事故が襲う。


あれだけ男に襲わせていた彼女でも、車相手では、さすがに自分がイきそうになる。




記憶喪失になる。



何も覚えていない。



ひき逃げのため、犯人はまだ逃走中だそうだ。



病院には、誰も見舞いにはこない。



携帯には、しらない番号が大量にならんでいる。『ハゲ』『でぃっくさ』『ごみちゃん』『男A』『変態ごきぶりやろう』『毛もじゃ』など。もちろん客のやつだ。



病院の人も、さすがに察したが、とりあえず思い出す作業、一旦入院となった。


しかし、金はある。ブランド物の品々も。


その家に帰れるかはわからないが。


そもそも、母が勝手に売ってしまったが。


そんな中、病院に綺麗な音色が響く。病院にあるピアノを、坊主頭の女の子が弾いていた。


記憶喪失になった彼女は、まるで、いいとこのお嬢様のように、別人格だった。


ピアノの音色が、彼女と坊主頭の少女を出会わせた。


「すごく綺麗な音。」

「ありがとう。お姉ちゃんも弾いてみる?」

「うん。」


もちろん、ピアノなど弾いたこともない。


しかし、


「お姉ちゃん、すごい。ピアニストだったの??」

「わからない。でも、楽しい。」


彼女の目には、過去の男たちなど、一切写っていなかった。

ただ、夕日の差し込むゆるやかや光が、白い鍵盤に跳ねて音色を弾ませる、彼女と少女の二人の空間だけだった。


そんな病院に、彼女にきめられたおっさんたちが、話を聞き付けてやってきた。

「すみません、困ります!」

看護師の声を聞かないで、ちょっとなめ回して頭の先から、彼女のふっくらスラッとのびる二本の枕を頬張るように見てから無視した。きもい。

「おお!聞いたぞ!事故だってな!今日予約してたろ?俺は病院でもいいぜ!コスプレといこうぜ」

「お姉ちゃんに近づかないで!」

「おお?まだ小さすぎるな。もうちっと大きくなったら、いいのに育ちそうだな。そんときはおれが食べちゃうよーえへへ」


そのとき、そいつから鼻にささり、奥の方にのこる汗臭いにおいが、彼女にある記憶を思い出させた。


私が、そういう女であったことを。


彼女は走り、自分の病室にもどり、ベッドにうずくまる。


さっきのピアノの周りには、綺麗な音色に惹き付けられたのと、きもおとこの侵入の話を聞き付けて、人だかりができていた。



次の日、彼女は再びピアノを弾いた。

次の日も、その次の日も。


「あんた、ピアニストなのかい?」

「わからない。私、記憶喪失になって、入院してるけど、お金が払えないの。どうしよう。」

「そうだったのか!わしのでよかったら使ってくれ。かまわんよ!あんたのその音色と、その綺麗な姿をみたら、どんな医者よりも効く薬だ。寿命を伸ばしてもらってるからね。生きてて良かったよ。」


彼女は、その爆発したピアニストセンスで、病室でお金を少しばかりあつめたが、それでも足らない。


そんな中、ある医者が、

「入院費については、かまわない。その代わり、ここでもう少しばかり残って、ひいてくれないか?あれからみんなの病状が回復しているんだ。やっぱりすごいよ。戸籍などから、君の家がわかれば、いつ帰ってもいいよ。それまでは居ててくれないか?」



彼女のあれは、まるで前世であったかのように振る舞い、次第に今の彼女自身が、何か思い出したくない何かがあることを感じていた。


彼女の家が特定できた。

約束通り、帰ることになる。

本当の自分はどうだったのか。いや、記憶を失う前の自分は、どんな自分だったのか。


家に近づく。

見覚えのない景色。

この先に、自分の家がある。

初めて自分から友達を誘う。そんな感覚。

自分の家なのに、まるで違う。

今の彼女の家は、むしろピアノのある病院。

ここに、前の自分の家がある。

地図によれば、この古びた電柱の角を曲がったところ。



そこには、おっさんがいた。


「おぉー!やっときた!やろやろ!もうおじさん、君を失ってから他の女じゃ満たせなくてサー、溜まっちゃってるよぉ。」


不思議と彼女は受け入れていた。

麻痺した感覚は、


「記憶喪失のせい?なんか違うなー。でもこの体は健在だなぁ。このくびれといいぐらいの膨らみにさぁ、たまらないよぉ。クンクン。あぁーこの甘い匂い。クンクン。」


彼女はいつも通りだった。

売る女だった。


「さぁ、はやくこの服に着替えて。コスプレする約束だよぉ?おじさんは覚えてるよぉ?大丈夫。パチンコで勝ってきたから、ほら、こんなにお金があるんだぁー。楽しみだなぁ、久しぶりだから、おじさん、いっぱい出しちゃう!」



気がつけば、次の日になっていた。


ブランド物のバッグたちは、母によって、ゴールドのネックレスになっていた。



彼女は思い出した。



だが、



なぜ、こんなところに生まれてきたのかは、思い出せなかった。











(一部、カクヨミ様の規制により、内容を変更しております。)



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一回、一万三千円の女 くっしー🐬 @kushikushi

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